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第一の事件 「浮き花の姫」事件
玖
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「一樺、帰るよ」
「琳!」
突然琳が顔を覗かせ、告げる。もう少し、ためらいやら申し訳なさを出して欲しいものだが、そのようなもの琳に期待してはいけない。
「では、わたしめがお送りしましょう」
と言い、珠原は立ち上がった。なんとも好青年である。琳と同じように足音が小さいのが、一樺はどこか引っかかっていた。
「なら、道は混んでいるので、青嵐堂の舟で、水路を動きましょうか」
琳はどこか弾んだ声で珠原へ返した。
「ありがとうございます」と。
まさか。
階段を下っているときには、珠原へ質問を続けていた。
小声で琳が問う。
「あの御母堂は、薫留さんを気に入ってはいらっしゃらないのですか」
「なぜ、そのようなこと」
「いいえ。話ぶりから察しただけですが、、、あまりにも光留さんを贔屓にしているように聴こえて」
「わたしめは会ったことはないのでなんとも言えませんが、、、よく働いている者はいいますね。光留さんはよくできた娘さんだったと」
「へぇ、、、」
琳と珠原が話している間、放っておかれたようになった一樺は、少しため息をついた。もしかしたら、一番損をしている役なのだろうか。
「ったく、光留さんと薫留は別物でしょうに。あー全然わからんな」
「光留さん?」
独り言が大きすぎたらしい。耳聡い青嵐堂の者が反応した。
「いいえ。、、、あの、つかぬことをお伺いするのですが。光留さんって、誰かに恨まれてたりは、、、?」
「いいや。なんも。ただ、今年、紫陽花が変なのよねぇ」
「、、、紫陽花?」
「はい。前までは全部赤色だったのに、今年は一株だけ青色なんですよ」
紫陽花。やけに話に出てくる。浮城で暮らす者にとっては身近な花だ。水が豊富なため、アキツクニのどこよりも長い期間、花を咲かせる。
「それと、もう一つ」
「?」
コソコソと教えてもらったある事実は、一樺を心底驚かせた。
慌てて一樺が店のすぐ脇の水路に辿り着いたときには、既に二人が待ち構えていた。
「遅いよ。全く、一樺は話が始まったら終わらないんだから」
「琳には言われたくはないなー。話し始めたら毎度相手を怒らせるなんて、なんなの?」
「別に怒らせたいわけではないし。事実を言ってるだけじゃない」
「あのねぇ、人にとっては事実とか事象とかってのは、酷な場合もあるんだからね?」
「はいはい。これからのご参考にさせていただきますよ、一樺さん」
なぜ一樺がやり込められているのだ。というかどう考えてみても、頭脳担当の琳に口で勝てるわけがないのだが。だいだい一日に一回はこのような会話が行われてはいるが、勝てた試しはない。
家までご同行しましょうか、という珠原の申し出を丁重に断り二人、小舟に乗って水路を進んでいく。
いつもは青嵐堂の荷を運んでいるのであろう舟は、少し木の板が歪んでいた。確かに、絹や帯という代物は重量がありそうだ。
「琳、どう?」
「だいだいは分かったかな。うん、、、」
「そう、、、」
「ところで、船頭さん」
「はい?」
振り返った船頭は、女性だった。一目見て、変わった人だと思う。目は子供のように輝いているし、声も軽やかだ。
「お名前は?」
「結護と言います。結が苗字ですね」
「へー。明日は休みですか」
「はい。、、、何か?」
琳は不敵な笑みを浮かべて、結へ言った。
「ひとつ、お頼みしたいことがあるのです」
「琳!」
突然琳が顔を覗かせ、告げる。もう少し、ためらいやら申し訳なさを出して欲しいものだが、そのようなもの琳に期待してはいけない。
「では、わたしめがお送りしましょう」
と言い、珠原は立ち上がった。なんとも好青年である。琳と同じように足音が小さいのが、一樺はどこか引っかかっていた。
「なら、道は混んでいるので、青嵐堂の舟で、水路を動きましょうか」
琳はどこか弾んだ声で珠原へ返した。
「ありがとうございます」と。
まさか。
階段を下っているときには、珠原へ質問を続けていた。
小声で琳が問う。
「あの御母堂は、薫留さんを気に入ってはいらっしゃらないのですか」
「なぜ、そのようなこと」
「いいえ。話ぶりから察しただけですが、、、あまりにも光留さんを贔屓にしているように聴こえて」
「わたしめは会ったことはないのでなんとも言えませんが、、、よく働いている者はいいますね。光留さんはよくできた娘さんだったと」
「へぇ、、、」
琳と珠原が話している間、放っておかれたようになった一樺は、少しため息をついた。もしかしたら、一番損をしている役なのだろうか。
「ったく、光留さんと薫留は別物でしょうに。あー全然わからんな」
「光留さん?」
独り言が大きすぎたらしい。耳聡い青嵐堂の者が反応した。
「いいえ。、、、あの、つかぬことをお伺いするのですが。光留さんって、誰かに恨まれてたりは、、、?」
「いいや。なんも。ただ、今年、紫陽花が変なのよねぇ」
「、、、紫陽花?」
「はい。前までは全部赤色だったのに、今年は一株だけ青色なんですよ」
紫陽花。やけに話に出てくる。浮城で暮らす者にとっては身近な花だ。水が豊富なため、アキツクニのどこよりも長い期間、花を咲かせる。
「それと、もう一つ」
「?」
コソコソと教えてもらったある事実は、一樺を心底驚かせた。
慌てて一樺が店のすぐ脇の水路に辿り着いたときには、既に二人が待ち構えていた。
「遅いよ。全く、一樺は話が始まったら終わらないんだから」
「琳には言われたくはないなー。話し始めたら毎度相手を怒らせるなんて、なんなの?」
「別に怒らせたいわけではないし。事実を言ってるだけじゃない」
「あのねぇ、人にとっては事実とか事象とかってのは、酷な場合もあるんだからね?」
「はいはい。これからのご参考にさせていただきますよ、一樺さん」
なぜ一樺がやり込められているのだ。というかどう考えてみても、頭脳担当の琳に口で勝てるわけがないのだが。だいだい一日に一回はこのような会話が行われてはいるが、勝てた試しはない。
家までご同行しましょうか、という珠原の申し出を丁重に断り二人、小舟に乗って水路を進んでいく。
いつもは青嵐堂の荷を運んでいるのであろう舟は、少し木の板が歪んでいた。確かに、絹や帯という代物は重量がありそうだ。
「琳、どう?」
「だいだいは分かったかな。うん、、、」
「そう、、、」
「ところで、船頭さん」
「はい?」
振り返った船頭は、女性だった。一目見て、変わった人だと思う。目は子供のように輝いているし、声も軽やかだ。
「お名前は?」
「結護と言います。結が苗字ですね」
「へー。明日は休みですか」
「はい。、、、何か?」
琳は不敵な笑みを浮かべて、結へ言った。
「ひとつ、お頼みしたいことがあるのです」
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