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第一話 「忘れる者と、拒むもの」
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教室に着くと、高瀬先生の予想に反し、35HRの生徒たちは教室で自習をしていた。
「あ、お前たち、なんで」
「西尾先生は急用で早退だそうですよ。っていうか、昼休みのときに先生が伝えてくれたじゃないですか」
「あ、そうだっけ」
、、、大雑把なのは担任もらしい。つぐみはやや呆れながらも、ひょっこり教室へ顔を覗かせる。
教室内は至って普通だ。学級崩壊している教室は掃除もおろそかになるものだが、埃っぽくもない。生徒たちは談笑している者と、自習している者が半々。雰囲気も凝り固まっておらず、心地いい。
「先生の彼女?」「じゃあ、浮気⁉︎」
「違うぞ。小花衣さんの親戚の方だ。教科書なんかを引き取りにきたそうだ。誰か、手伝える人は?」
教室の中心付近の机(多分、十葉の席だろう)に、何人かの女子生徒が集まり、教科書を出してくれた。察するに十葉の友人だろう。つぐみはその優しさに心底安心する。近頃の若者でも、血の通った者はいるらしい。何より、十葉が学校生活で孤立していなかったという証明でもある。
生徒らは、しばらくつぐみを物珍しげな目で見ていたが、あまり興味が湧かなかったのか視線は薄まった。つぐみ自身監視されることも、注目を浴びることも得意ではないため、助かる。
「これ、数学の問題集で、理科のワーク。、、、漢字帳なんかも入りますかね」
「あ、うん」
「これでしょ、これでいいんじゃない?」
あとはエコバッグの中に詰め込んでことが終わった。帰ろうとして踵を返したとき、背面黒板が目についた。学力調査の範囲表、ドッヂボール大会のエントリー表に混じって合唱祭のポスターが目についた。
「合唱祭なんてあるんだ。へー何歌うの?」
「“蒼穹”っていう曲です。そういえば、十葉ちゃんも伴奏者やりたいって言ってたよね」
「伴奏?ピアノ、弾けるんだ」
「はい。ーそうだったよね、未来」
合唱曲を教えてくれた生徒の隣には、印象の薄い女子生徒がいた。未来、と呼ばれた彼女は自信なさげに「う、うん」と返答していた。名札には“大山未来”。
つぐみはピンときた。
「もしかして、、、未来ちゃんも伴奏やりたいって名乗ってるのね」
「はい。、、、ずっとピアノは習っているので。今年も、最後ですし」
つぐみは未来の目の奥に情熱の炎を感じた。人を焼きつきそうな火力である。盗み見れば、未来の手はしなやかで筋肉の厚みをともなっていた。
「ねぇ。その曲って今、聴けたりする?」
「えっ」
「いいですよ」
心外そうな高瀬先生を一蹴し、未来は、出されたままになっていたオルガンのコードを引き出す。他の生徒の面々は、呆れに似た表情で戸惑っていた。オルガンへ駆け寄る者もいたし、話し続けている者もいた。
ただ唯一、事実として耳に飛び込んできたのは。
オルガンの音色が、オルガンではなかった。
いや、正確にはオルガンではあるのだろう。だがその機械から発せられた音は、四文字で片付けるには勿体無いくらいだった。
つぐみは、本能的に身を震わせた。これは、馬鹿にしてはいけない音だ。歌がないのだから不完全などとは言わない。すでに一つの作品となってしまっていた。
「あ、お前たち、なんで」
「西尾先生は急用で早退だそうですよ。っていうか、昼休みのときに先生が伝えてくれたじゃないですか」
「あ、そうだっけ」
、、、大雑把なのは担任もらしい。つぐみはやや呆れながらも、ひょっこり教室へ顔を覗かせる。
教室内は至って普通だ。学級崩壊している教室は掃除もおろそかになるものだが、埃っぽくもない。生徒たちは談笑している者と、自習している者が半々。雰囲気も凝り固まっておらず、心地いい。
「先生の彼女?」「じゃあ、浮気⁉︎」
「違うぞ。小花衣さんの親戚の方だ。教科書なんかを引き取りにきたそうだ。誰か、手伝える人は?」
教室の中心付近の机(多分、十葉の席だろう)に、何人かの女子生徒が集まり、教科書を出してくれた。察するに十葉の友人だろう。つぐみはその優しさに心底安心する。近頃の若者でも、血の通った者はいるらしい。何より、十葉が学校生活で孤立していなかったという証明でもある。
生徒らは、しばらくつぐみを物珍しげな目で見ていたが、あまり興味が湧かなかったのか視線は薄まった。つぐみ自身監視されることも、注目を浴びることも得意ではないため、助かる。
「これ、数学の問題集で、理科のワーク。、、、漢字帳なんかも入りますかね」
「あ、うん」
「これでしょ、これでいいんじゃない?」
あとはエコバッグの中に詰め込んでことが終わった。帰ろうとして踵を返したとき、背面黒板が目についた。学力調査の範囲表、ドッヂボール大会のエントリー表に混じって合唱祭のポスターが目についた。
「合唱祭なんてあるんだ。へー何歌うの?」
「“蒼穹”っていう曲です。そういえば、十葉ちゃんも伴奏者やりたいって言ってたよね」
「伴奏?ピアノ、弾けるんだ」
「はい。ーそうだったよね、未来」
合唱曲を教えてくれた生徒の隣には、印象の薄い女子生徒がいた。未来、と呼ばれた彼女は自信なさげに「う、うん」と返答していた。名札には“大山未来”。
つぐみはピンときた。
「もしかして、、、未来ちゃんも伴奏やりたいって名乗ってるのね」
「はい。、、、ずっとピアノは習っているので。今年も、最後ですし」
つぐみは未来の目の奥に情熱の炎を感じた。人を焼きつきそうな火力である。盗み見れば、未来の手はしなやかで筋肉の厚みをともなっていた。
「ねぇ。その曲って今、聴けたりする?」
「えっ」
「いいですよ」
心外そうな高瀬先生を一蹴し、未来は、出されたままになっていたオルガンのコードを引き出す。他の生徒の面々は、呆れに似た表情で戸惑っていた。オルガンへ駆け寄る者もいたし、話し続けている者もいた。
ただ唯一、事実として耳に飛び込んできたのは。
オルガンの音色が、オルガンではなかった。
いや、正確にはオルガンではあるのだろう。だがその機械から発せられた音は、四文字で片付けるには勿体無いくらいだった。
つぐみは、本能的に身を震わせた。これは、馬鹿にしてはいけない音だ。歌がないのだから不完全などとは言わない。すでに一つの作品となってしまっていた。
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