捨てられた悪役令嬢は、自由を買いたい!

萩月

文字の大きさ
5 / 28

5

しおりを挟む
 王都の一等街区。かつては由緒正しい宝飾店だった建物が、一夜にして「異様な空間」へと変貌を遂げていた。

 看板には、無駄を一切省いた極細のフォントでこう記されている。
『ブリリアント効率化コンサルティング ―時間は金なり、無駄は罪なり―』

 スゥは、ガランとしたオフィスの中央で、ストップウォッチを片手に仁王立ちしていた。

「……遅い。三・五秒、オーバーです」

 彼女の視線の先では、山のような書類を運ぶ新米事務員たちが、生まれたての小鹿のように膝を震わせていた。

「も、申し訳ございません、スゥ代表! ですが、この配置ではどうしても角を曲がる際に減速せざるを得ず……!」

「言い訳はカロリーの無駄です。角の角度が急だと言うなら、棚の配置を十五度傾けなさい。そうすれば遠心力を利用して最短経路で突破できるはずです」

 スゥは手元の計算盤をパチパチと弾き、新たなレイアウト図を事務員の顔面に突きつけた。

「いいですか、皆様。私が王家から毟り取った……いえ、正当に回収した慰謝料は、いわば『不採算な過去』を『高利回りな未来』へ変換するための種銭(シードマネー)です」

「は、はい……」

「内装に金をかけるのは最低限でよろしい。シャンデリア? 不要です。光量さえ確保できれば、裸電球の方がメンテナンス効率が高い。ふかふかの絨毯? 論外です。歩行抵抗が増えて、移動速度が秒速〇・三メートル低下します」

 スゥの執務室は、もはや「部屋」というより「計算機の中身」のようだった。
 壁一面には、王都の主要ギルドの収益予測グラフと、謎の数式がびっしりと書き込まれている。

 そこへ、公爵家から派遣された会計責任者が、青い顔をして駆け込んできた。

「お嬢様……いえ、代表! 大変です! 王家から支払われた第一期分の慰謝料ですが……その半分が既に、無名の魔導具工房への投資に回されています! これはあまりにリスクが高すぎるのでは……」

「リスク? いいえ、これは確定した勝利への投資ですよ、会計士さん」

 スゥは、窓の外を走る馬車を眺めながら、不敵な笑みを浮かべた。

「私が投資したのは、若き魔導具師カイル・ヴァン・ランドール伯爵の工房です。彼は変人ですが、その回路設計の思想は極めて合理的。彼が開発中の『自動集計機』が完成すれば、この国の帳簿係の九割は不要になります」

「き、九割!? そんなことになれば、失業者が溢れて暴動が……」

「その失業者たちを、私が新たに立ち上げる『流通最適化ギルド』で再雇用する。これが私の描く、国家規模のリストラクチャリング(事業再構築)です。……無駄な労働を減らし、価値ある生産に人員を回す。これこそが愛という名のバグに惑わされない、真の統治というものですよ」

 スゥは、机の上に置かれた一通の招待状を手に取った。
 王家主催の、夜会への招待状。差出人は、あのリュカ王太子だ。

「……ふふ。婚約破棄した相手に、まだこんな紙切れを送ってくるなんて。インク代と紙代、そして配達人の人件費を合計すれば、パンが五つは買えるというのに」

「いかがなさいますか? 欠席の返事を出されますか?」

「いいえ。出席します。ただし、滞在時間は最短の十五分。その間に、王家がどれほど『非効率な浪費』で腐敗しているかを、招待客全員の目の前で数値化して差し上げます」

 スゥは招待状をシュレッダー(自作の魔導具)に放り込んだ。
 バリバリという快音とともに、王家の権威がただの紙屑へと変わっていく。

「さて、仕事に戻りましょう。……皆様、休憩時間はあと四十二秒で終了です。心拍数を整え、次のタスクへの初速を最大化させてください」

 彼女の頭脳は、既に次の利益確定(利確)へと向かっていた。

 慰謝料。
 それは彼女にとって、愛の対価ではない。
 世界を「最適化」するための、最強の武器なのだ。

 その頃、王宮の執務室では、スゥがいなくなったことで山積みになった書類を前に、リュカ王太子が「スゥなら一瞬で終わらせていたのに……!」と頭を抱えていたが、スゥにとってそれは、もはや観測する価値もない統計データの一部でしかなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

【完結】子爵令嬢の秘密

りまり
恋愛
私は記憶があるまま転生しました。 転生先は子爵令嬢です。 魔力もそこそこありますので記憶をもとに頑張りたいです。

四人の令嬢と公爵と

オゾン層
恋愛
「貴様らのような田舎娘は性根が腐っている」  ガルシア辺境伯の令嬢である4人の姉妹は、アミーレア国の王太子の婚約候補者として今の今まで王太子に尽くしていた。国王からも認められた有力な婚約候補者であったにも関わらず、無知なロズワート王太子にある日婚約解消を一方的に告げられ、挙げ句の果てに同じく婚約候補者であったクラシウス男爵の令嬢であるアレッサ嬢の企みによって冤罪をかけられ、隣国を治める『化物公爵』の婚約者として輿入という名目の国外追放を受けてしまう。  人間以外の種族で溢れた隣国ベルフェナールにいるとされる化物公爵ことラヴェルト公爵の兄弟はその恐ろしい容姿から他国からも黒い噂が絶えず、ガルシア姉妹は怯えながらも覚悟を決めてベルフェナール国へと足を踏み入れるが…… 「おはよう。よく眠れたかな」 「お前すごく可愛いな!!」 「花がよく似合うね」 「どうか今日も共に過ごしてほしい」  彼らは見た目に反し、誠実で純愛な兄弟だった。  一方追放を告げられたアミーレア王国では、ガルシア辺境伯令嬢との婚約解消を聞きつけた国王がロズワート王太子に対して右ストレートをかましていた。 ※初ジャンルの小説なので不自然な点が多いかもしれませんがご了承ください

勝手にしろと言われたので、勝手にさせていただきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
子爵家の私は自分よりも身分の高い婚約者に、いつもいいように顎でこき使われていた。ある日、突然婚約者に呼び出されて一方的に婚約破棄を告げられてしまう。二人の婚約は家同士が決めたこと。当然受け入れられるはずもないので拒絶すると「婚約破棄は絶対する。後のことなどしるものか。お前の方で勝手にしろ」と言い切られてしまう。 いいでしょう……そこまで言うのなら、勝手にさせていただきます。 ただし、後のことはどうなっても知りませんよ? * 他サイトでも投稿 * ショートショートです。あっさり終わります

【完結】見えてますよ!

ユユ
恋愛
“何故” 私の婚約者が彼だと分かると、第一声はソレだった。 美少女でもなければ醜くもなく。 優秀でもなければ出来損ないでもなく。 高貴でも無ければ下位貴族でもない。 富豪でなければ貧乏でもない。 中の中。 自己主張も存在感もない私は貴族達の中では透明人間のようだった。 唯一認識されるのは婚約者と社交に出る時。 そしてあの言葉が聞こえてくる。 見目麗しく優秀な彼の横に並ぶ私を蔑む令嬢達。 私はずっと願っていた。彼に婚約を解消して欲しいと。 ある日いき過ぎた嫌がらせがきっかけで、見えるようになる。 ★注意★ ・閑話にはR18要素を含みます。  読まなくても大丈夫です。 ・作り話です。 ・合わない方はご退出願います。 ・完結しています。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。

緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」  そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。    私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。  ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。  その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。 「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」  お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。 「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」  

悪役令息の婚約者になりまして

どくりんご
恋愛
 婚約者に出逢って一秒。  前世の記憶を思い出した。それと同時にこの世界が小説の中だということに気づいた。  その中で、目の前のこの人は悪役、つまり悪役令息だということも同時にわかった。  彼がヒロインに恋をしてしまうことを知っていても思いは止められない。  この思い、どうすれば良いの?

【完結】最愛から2番目の恋

Mimi
恋愛
 カリスレキアの第2王女ガートルードは、相手有責で婚約を破棄した。  彼女は醜女として有名であったが、それを厭う婚約者のクロスティア王国第1王子ユーシスに男娼を送り込まれて、ハニートラップを仕掛けられたのだった。  以前から婚約者の気持ちを知っていたガートルードが傷付く事は無かったが、周囲は彼女に気を遣う。  そんな折り、中央大陸で唯一の獣人の国、アストリッツァ国から婚姻の打診が届く。  王太子クラシオンとの、婚約ではなく一気に婚姻とは……  彼には最愛の番が居るのだが、その女性の身分が低いために正妃には出来ないらしい。  その事情から、醜女のガートルードをお飾りの妃にするつもりだと激怒する両親や兄姉を諌めて、クラシオンとの婚姻を決めたガートルードだった……  ※ 『きみは、俺のただひとり~神様からのギフト』の番外編となります  ヒロインは本編では名前も出ない『カリスレキアの王女』と呼ばれるだけの設定のみで、本人は登場しておりません  ですが、本編終了後の話ですので、そちらの登場人物達の顔出しネタバレが有ります  

処理中です...