お見通しですわ。婚約破棄、承りましたわ。

萩月

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煌びやかなシャンデリアが輝く、卒業パーティーの真っ最中だった。
会場の中央、人だかりを割って進み出たのは、この国の第一王子であるアラルド。
その隣には、守ってやりたくなるような儚げな風貌をした聖女リリィが寄り添っている。

アラルドは、扇を手に優雅に佇む公爵令嬢キサキを指差した。

「キサキ・フォン・アデレード! 貴様の悪行は全て把握している。聖女リリィへの度重なる嫌がらせ……。これほどまでに心の醜い女が、王妃の座に就くなどあってはならん!」

静まり返る会場。誰もがキサキの悲鳴か、あるいは怒りの反論を期待していた。
しかし、キサキは懐から銀時計を取り出し、カチリと蓋を開けた。

「殿下。そのお話、あと何分で終わりますか?」

「……は?」

アラルドの動きが止まる。劇的な断罪のクライマックスを腰折られた彼は、拍子抜けしたような声を上げた。

「何分とは、どういう意味だ。俺は今、貴様の罪を……」

「現在、午後八時二分です。この後、私は領地へ向かう特急馬車を八時三十分に予約しております。屋敷での荷造りと着替え、移動時間を考慮しますと、ここで割ける時間は残り四分三十秒が限界です。要点だけを、三分以内にまとめていただけますか?」

キサキは淀みなく言い切り、無表情のまま時計を閉じた。
彼女の瞳には、婚約者への未練など一ミリも存在しなかった。
あるのはただ、「予定が狂うことへの不快感」だけである。

「三分だと!? 馬鹿にするな! これはお前の人生がかかった、重大な断罪の場なのだぞ!」

「ええ、承知しております。婚約破棄、および国外追放、あるいは修道院行き。そのあたりの着地点で間違いありませんね? でしたら合意いたしますので、手続きを簡略化しましょう」

キサキはドレスの隠しポケットから、あらかじめ用意していた数枚の書面を取り出した。

「こちら、『婚約解消合意書』の草案です。殿下側の言い分として『聖女への嫌がらせ』を全面的に認める形にしておきました。いちいち証拠を並べて検証する時間は無駄ですので、私がやったということで結構です」

「認めるのか!? あんなに否定していたのに!」

「否定しても、殿下は納得されないでしょう? 説得にかかる推定時間は約三時間。それに対し、認めて判を押すまでの時間は五秒。効率の差は一千倍以上です。私は合理的な選択を好みます」

会場の貴族たちがざわめき出した。
泣き崩れるどころか、事務的に断罪を処理しようとする令嬢の姿は、あまりにも異様だった。
リリィが震える声で口を挟む。

「キサキ様……そんなに投げやりに……。私へのいじめも、そんな事務的なお気持ちでされていたのですか?」

キサキはリリィを一度だけ一瞥し、淡々と答えた。

「リリィ様。貴方の教科書を隠したり、階段から突き落とそうとしたりする行為に、どれほどのカロリーが必要か計算したことはありますか? そんな生産性のない嫌がらせに、私の貴重なリソースを割くはずがありません。ですが、殿下が『やった』と言い張るなら、計算上は『やった』ことにした方が話が早い。それだけのことです」

「き、貴様というやつは……!」

アラルドの顔が真っ赤に染まる。
彼が一番我慢ならなかったのは、キサキにとって自分との決別が、まるで「不要な在庫の処分」程度にしか見えていないことだった。

「いいだろう! そこまで言うなら今すぐサインしてやる! 二度とその面を見せるな!」

「ありがとうございます。では、こちらに署名を。あ、ペンはこちらをお使いください。速乾性のインクですので、すぐに畳めます」

キサキが差し出したペンで、アラルドは殴り書きのような署名を記した。
それを受け取ると、キサキは流れるような動作で確認し、満足げに頷いた。

「よし、完了です。あ、ついでにこちらの請求書も置いておきますね」

「……請求書だと?」

「はい。これまでの『婚約者維持経費』の清算分です。殿下とのデートで私が支払った茶菓子代、殿下の誕生日に贈った(が、リリィ様に横流しされた)魔導具の代金。および、今この瞬間の断罪によって奪われた私の自由時間の損失補填。しめて、金貨五百枚になります」

「ふ、五百……!? 高すぎるだろう!」

「私の時給をなめないでいただきたい。公爵家の令嬢として、領地の会計を三割改善させた私の五分間が、どれほどの価値を生むか。……おっと、あと二分ですね。では、殿下、リリィ様。どうぞ末永く、非効率な愛を育んでくださいませ。失礼いたします」

キサキは完璧なカーテシーを一瞬で済ませると、振り返りもせずに歩き出した。
その歩幅は一定、速度は時速五キロ。
人混みを避ける最短ルートを計算し尽くした、迷いのない足取りだった。

「待て! まだ話は終わって……!」

アラルドの叫びを背中で聞きながら、キサキは心の中でガッツポーズを作った。

(よし、予定より三十秒早く退場できた。これなら馬車に乗る前に、駅前のパン屋でクロワッサンを買う時間が捻出できるわね)

彼女にとって、婚約破棄の悲しみよりも、焼きたてのクロワッサンを食べる権利の方が、はるかに重要だったのである。

「あ、そうだわ」

キサキは出口の扉を開ける直前、一度だけ立ち止まった。

「殿下、一点だけアドバイスを。先ほどの断罪の演説、形容詞が多すぎて中身がスカスカでした。次の方を断罪する際は、結論から述べることをお勧めします。それでは」

パタン、と。
重厚な扉が閉まり、キサキの姿は消えた。

後に残されたのは、呆然と立ち尽くす皇太子と、使い道のない哀れみを含んだ沈黙だけだった。

キサキ・フォン・アデレード。
彼女の「効率的すぎる第二の人生」は、今この瞬間、定刻通りに幕を開けたのである。
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