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領地へと向かう道中、馬車が中継地点の宿場町に差し掛かった時のことだ。
キサキが予定通り十五分間の「休息兼・地域物価調査」を行っていると、派手な装飾の馬車が砂埃を上げて急停車した。
中から現れたのは、ピンク色のフリルをこれでもかとあしらったドレスに身を包んだ、聖女リリィだった。
「見つけましたわ、キサキ様! あんなに捨て台詞を吐いて逃げるように立ち去るなんて、あまりに無作法ではなくて?」
リリィは潤んだ瞳をパチパチとさせ、首を十五度ほど傾けてキサキを見つめる。
世の男性なら守ってあげたくなるような「あざとい」仕草だが、キサキは手元のメモ帳から目を離さなかった。
「……リリィ様。貴女がここに来るまでの馬車の速度と、この宿場町の制限速度を照らし合わせると、三分の時間超過です。お急ぎだったようですが、何か緊急の要件でも?」
「要件……? ふふ、お可哀想なキサキ様。強がっていらっしゃるのね。殿下を失ったショックで、まともな会話もできなくなってしまったのでしょう?」
リリィはハンカチで口元を覆い、クスクスと笑う。
その動作一つ一つが、計算された「可愛らしさ」に満ちていた。
「わたくし、殿下に頼み込んで追いかけてきたんですの。『キサキ様が一人で寂しく泣いていないか心配です』って。殿下は本当にお優しいから、わたくしのわがままを許してくださって……」
「リリィ様。一つお伺いしてもよろしいかしら」
キサキがようやく顔を上げ、無機質な瞳でリリィを捉えた。
「何かしら? 慰めの言葉なら、いくらでも差し上げますわよ?」
「いえ、先ほどから繰り返しているその『首を傾ける動作』と『過剰な瞬き』についてです。それ、非常にエネルギー効率が悪いと思いませんか?」
「……は?」
リリィの完璧な笑顔が、わずかにピクリと引きつる。
「貴女の現在の心拍数と呼吸の深さから推測するに、その『あざとい仕草』を維持するために、通常の会話時の約一・二倍のカロリーを消費しています。さらに、首を傾けることで頸椎に不自然な負荷がかかり、将来的な肩こりの原因になりますわ。結論として、その動作は百害あって一利なしです」
「な、何を……わたくしは、女の子として可愛く見えるように……!」
「『可愛く見える』ことによる経済的リターンが、その健康被害とエネルギー消費を上回っているとお考えですか? 殿下はすでに貴女の手中に落ちている。ならば、これ以上の過剰なアピールは資源の無駄遣い、いわゆる『過剰投資』です」
キサキは淡々と、しかし容赦なくリリィの「あざとさ」を解体していく。
「それに、その上目遣い。眼輪筋への負荷が強すぎて、目尻に小じわができるリスクが三割増しですわ。五年後の資産価値……失礼、美貌の維持を考えるなら、今すぐ直立不動で話すべきです」
「小じわ……!? 嘘よ、わたくしは聖女の力でいつまでも若々しく……」
「聖女の魔力を美容液代わりに使うのも非効率です。魔力の変換効率を考えれば、市販の高級クリームを塗って、さっさと寝る方がよほど合理的ですわ。貴女がここで私に嫌がらせをするために費やしているこの十分間で、貴女の肌細胞は確実に老化を進めています。……ああ、今も一秒ごとに老化が進行していますね」
キサキが懐中時計の秒針を指差すと、リリィの顔はみるみるうちに青ざめていった。
「……っ! な、なんて可愛くない女なの! 殿下が貴女を嫌う理由がよく分かったわ!」
「ええ、殿下は非効率を愛する方ですから。私のような最適化された人間とは相容れないのは当然です。それよりリリィ様、お帰りの際は馬車の速度を十キロ落としてください。その方が燃費が良く、貴女の体への振動ストレスも軽減されますわ。……それでは、私は予定通り出発しますので」
キサキは優雅に、しかし電光石火の速さで馬車に乗り込んだ。
「あ、それから。次に私に会いに来る際は、事前にアジェンダを提出してください。内容に生産性がない場合は、面会を拒否させていただきます」
「な……な……!」
言葉を失い、宿場町の真ん中で固まるリリィを置き去りにして、キサキの馬車は定刻通りに発車した。
馬車の中で、キサキは静かに手帳に書き込む。
『聖女リリィとの接触。所要時間、六分四十秒。
得られた知見:感情的な挑発は、相手の老化を促進させる効果があるが、自分の時間を奪われるリスクの方が高い。
今後の対策:次回からは等身大のパネルでも置いておけば、彼女は勝手に喋って自滅するだろう』
「……ふう。無駄な時間を過ごしてしまいましたわ。少しだけ読書の速度を上げて、遅れを取り戻さなくては」
キサキは窓の外を見ることもなく、領地の行政資料へと再び没頭した。
彼女にとって、聖女の嫌がらせなど、道端に転がる石を避ける程度の、些細な障害に過ぎなかったのである。
キサキが予定通り十五分間の「休息兼・地域物価調査」を行っていると、派手な装飾の馬車が砂埃を上げて急停車した。
中から現れたのは、ピンク色のフリルをこれでもかとあしらったドレスに身を包んだ、聖女リリィだった。
「見つけましたわ、キサキ様! あんなに捨て台詞を吐いて逃げるように立ち去るなんて、あまりに無作法ではなくて?」
リリィは潤んだ瞳をパチパチとさせ、首を十五度ほど傾けてキサキを見つめる。
世の男性なら守ってあげたくなるような「あざとい」仕草だが、キサキは手元のメモ帳から目を離さなかった。
「……リリィ様。貴女がここに来るまでの馬車の速度と、この宿場町の制限速度を照らし合わせると、三分の時間超過です。お急ぎだったようですが、何か緊急の要件でも?」
「要件……? ふふ、お可哀想なキサキ様。強がっていらっしゃるのね。殿下を失ったショックで、まともな会話もできなくなってしまったのでしょう?」
リリィはハンカチで口元を覆い、クスクスと笑う。
その動作一つ一つが、計算された「可愛らしさ」に満ちていた。
「わたくし、殿下に頼み込んで追いかけてきたんですの。『キサキ様が一人で寂しく泣いていないか心配です』って。殿下は本当にお優しいから、わたくしのわがままを許してくださって……」
「リリィ様。一つお伺いしてもよろしいかしら」
キサキがようやく顔を上げ、無機質な瞳でリリィを捉えた。
「何かしら? 慰めの言葉なら、いくらでも差し上げますわよ?」
「いえ、先ほどから繰り返しているその『首を傾ける動作』と『過剰な瞬き』についてです。それ、非常にエネルギー効率が悪いと思いませんか?」
「……は?」
リリィの完璧な笑顔が、わずかにピクリと引きつる。
「貴女の現在の心拍数と呼吸の深さから推測するに、その『あざとい仕草』を維持するために、通常の会話時の約一・二倍のカロリーを消費しています。さらに、首を傾けることで頸椎に不自然な負荷がかかり、将来的な肩こりの原因になりますわ。結論として、その動作は百害あって一利なしです」
「な、何を……わたくしは、女の子として可愛く見えるように……!」
「『可愛く見える』ことによる経済的リターンが、その健康被害とエネルギー消費を上回っているとお考えですか? 殿下はすでに貴女の手中に落ちている。ならば、これ以上の過剰なアピールは資源の無駄遣い、いわゆる『過剰投資』です」
キサキは淡々と、しかし容赦なくリリィの「あざとさ」を解体していく。
「それに、その上目遣い。眼輪筋への負荷が強すぎて、目尻に小じわができるリスクが三割増しですわ。五年後の資産価値……失礼、美貌の維持を考えるなら、今すぐ直立不動で話すべきです」
「小じわ……!? 嘘よ、わたくしは聖女の力でいつまでも若々しく……」
「聖女の魔力を美容液代わりに使うのも非効率です。魔力の変換効率を考えれば、市販の高級クリームを塗って、さっさと寝る方がよほど合理的ですわ。貴女がここで私に嫌がらせをするために費やしているこの十分間で、貴女の肌細胞は確実に老化を進めています。……ああ、今も一秒ごとに老化が進行していますね」
キサキが懐中時計の秒針を指差すと、リリィの顔はみるみるうちに青ざめていった。
「……っ! な、なんて可愛くない女なの! 殿下が貴女を嫌う理由がよく分かったわ!」
「ええ、殿下は非効率を愛する方ですから。私のような最適化された人間とは相容れないのは当然です。それよりリリィ様、お帰りの際は馬車の速度を十キロ落としてください。その方が燃費が良く、貴女の体への振動ストレスも軽減されますわ。……それでは、私は予定通り出発しますので」
キサキは優雅に、しかし電光石火の速さで馬車に乗り込んだ。
「あ、それから。次に私に会いに来る際は、事前にアジェンダを提出してください。内容に生産性がない場合は、面会を拒否させていただきます」
「な……な……!」
言葉を失い、宿場町の真ん中で固まるリリィを置き去りにして、キサキの馬車は定刻通りに発車した。
馬車の中で、キサキは静かに手帳に書き込む。
『聖女リリィとの接触。所要時間、六分四十秒。
得られた知見:感情的な挑発は、相手の老化を促進させる効果があるが、自分の時間を奪われるリスクの方が高い。
今後の対策:次回からは等身大のパネルでも置いておけば、彼女は勝手に喋って自滅するだろう』
「……ふう。無駄な時間を過ごしてしまいましたわ。少しだけ読書の速度を上げて、遅れを取り戻さなくては」
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