お見通しですわ。婚約破棄、承りましたわ。

萩月

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アラルド皇太子は、領都の安宿に留まっていた。
「不法侵入者」として追い出されたものの、彼はまだ諦めていなかったのである。
むしろ、キサキの冷徹な態度を「自分への強い愛の裏返し(反動形成)」と脳内変換し、再度の接触を画策していた。

しかし、その前に立ちはだかったのは、眼鏡の奥に冷徹な知性を宿したゼノスだった。

「……また貴公か。アラルド殿下。貴方の滞在時間は、すでに当初の予定を三時間超過している。この無駄な延泊が、我がガルシア帝国の外交スケジュールにどれほどのノイズを混入させているか、理解しているのか?」

ゼノスは宿のロビーで、アラルドを書類の束で指し示した。
アラルドは、格下の(と本人は思っている)隣国の宰相を見下すように鼻を鳴らす。

「フン、宰相風ぜを吹かすな。私はキサキと話しに来たのだ。部外者は黙っていろ」

「部外者? 定義に誤りがあるな。私は現在、キサキ殿と『国家間物流最適化プロジェクト』を共同運営している。彼女の時間は私の管理下にあると言っても過言ではない。つまり、君が彼女の五分を奪うことは、私の資産を横領することと同義だ」

「横領だと!? 婚約者だった私には、彼女を説得する権利がある!」

ゼノスは小さく溜息をつき、手帳から一枚のグラフを取り出した。

「権利、か。では、論理的に説明しよう。これが、君がキサキ殿の婚約者であった期間の、王国の経済成長率だ。そしてこちらが、彼女が自由の身となってからの二週間の、当領地の成長率だ」

「……なんだ、この垂直に近い線は」

「これこそが、君という『非効率な重し』から解放されたキサキ殿の本来の出力だ。君が彼女の元に戻ることは、この成長曲線を再びどん底に叩き落とす行為に他ならない。一言で言えば、君は彼女の才能に対する『最大のデバフ(弱体化要因)』なのだ」

ゼノスの言葉は、ナイフのように鋭くアラルドのプライドを切り裂いた。

「デ、デバフ……!? 私は王子だぞ! 私の隣にいることが、女性としての最高の栄誉……」

「その『栄誉』とやらで、パンが焼けますか? 道が舗装されますか? キサキ殿が求めているのは、中身のない称号ではなく、一分一秒が価値を生む確かな手応えだ。君の存在は、彼女の計算式において常に『マイナス変数』として処理されている。気づくのが遅すぎたな」

ゼノスは一歩歩み寄り、アラルドの胸元に人差し指を突き立てた。

「これ以上の接触は、帝国の安全保障上の脅威とみなし、相応の論理的対抗措置を講じさせてもらう。具体的には、君のこれまでの失政をデータ化し、世界中の新聞社に『効率の悪い統治の見本』としてリリースする準備ができている」

「き、貴様……正気か!? そんなことをすれば国際問題になるぞ!」

「いいや。世界は常に『正解』を求めている。非効率を淘汰するのは、文明の摂理だ」

ゼノスの背後に、まるで巨大な城壁のような「論理の壁」がそびえ立っているように見えた。
アラルドは、その圧倒的な正論の前に、言葉を失った。

そこへ、事務作業を終えたキサキが通りかかった。

「あら、ゼノス閣下。不法投棄物の処理は終わりましたか?」

「ああ、キサキ。今ちょうど、この変数がこれ以上計算を邪魔しないように、恒久的な削除(デリート)を勧告していたところだ」

「助かりますわ。私の脳内キャッシュから彼のデータを消去するのに、三秒もかかってしまいましたもの」

キサキはアラルドを一瞥もせず、ゼノスの隣に並んだ。

「さあ、閣下。夕食の栄養摂取まで、あと五分です。移動時間を考慮して、早歩きで行きましょう」

「ああ。君の歩幅に合わせて、私も歩行ピッチを調整しよう」

二人は息の合った動作で、アラルドを置き去りにして去っていった。
アラルドは、もはや怒る気力さえ奪われ、その場にへたり込んだ。

「……論理……デバフ……マイナス変数……。私は……私は、ただ愛されたかっただけなのに……」

「殿下、愛を語る前に、まずは算数からやり直すべきでしたな」

いつの間にか後ろに立っていたバーンズ執務官が、哀れみの目を向けていた。

ゼノスが築いた「論理の壁」は、アラルドの甘い幻想を完膚なきまでに粉砕したのである。
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