14 / 28
14
しおりを挟む
アラルド皇太子が警備員によって「物理的に最速で」排除されてから一時間。
領都の役所には、再び重苦しい空気が漂っていた。
と言っても、それは悲壮感ではなく、キサキから放たれる「作業の邪魔をされたことへの苛立ち」という名のプレッシャーである。
「……五分ですわ」
キサキは冷たく言い放ち、目の前に積み上げられた『王宮からの正式要請書』の束を睨みつけた。
「五分で、この紙の束を全て処理します。バーンズ、タイマーをセットして。一秒でも遅れたら、今日の貴方のティータイムを三秒削ります」
「ひ、三秒も!? 分かりました、スタートですぞ!」
バーンズが震える手でタイマーを押すと同時に、キサキの指が踊るように動き出した。
それは、一通目の書類を封筒から引き抜くと同時に、内容を網膜に焼き付け、即座に「却下」の判を叩きつけるという、神業に近い速度だった。
「第一条、王宮の財政再建アドバイザー就任依頼。理由、報酬が低すぎる上に、意思決定プロセスの階層が多すぎます。リソースの無駄。却下」
ドスン、と力強い音が響く。所要時間、〇・三秒。
「第二条、聖女リリィへの『効率的礼儀作法』の個人教授。理由、教える側の精神的摩耗コストを算出すると、金貨一万枚でも足りません。不採算案件。却下」
再び、却下の判が書類を抉るように押された。
隣でその様子を見ていたゼノスが、面白そうに眼鏡を光らせる。
「……キサキ、三通目の『王立学園での特別講義』はどうする? これは将来の優秀なリソースを確保する投資としては悪くないと思うが」
「却下ですわ、閣下。講義資料の作成時間と、学生たちの理解度のばらつきを考慮すると、教育効果が期待値を下回ります。それより、ガルシア帝国のエリート官僚に直接マニュアルを配布する方が、一万倍効率的ですもの」
「なるほど、一理ある。ではその案件は私が預かり、我が国のプロジェクトとして統合しよう」
二人の間で、王国の威信をかけた書類がゴミのように、あるいは効率的な燃料のように処理されていく。
そこへ、扉が遠慮がちに開き、アラルドの側近である役人が顔を出した。
彼は、先ほどつまみ出された主人の代わりに、最後の一枚を届けに来たのだ。
「あ、あの……キサキ様。これだけは、これだけは殿下からの切実な……『個人的な和解の提案書』でございます!」
役人が震える手で差し出したのは、金縁の豪華な封筒だった。
中には、アラルドが涙ながらに綴った(と思われる)「僕が悪かった、戻ってきてくれたら公爵家の税を免除するし、リリィとも距離を置く」という、情に訴えかける内容が記されていた。
キサキはそれを、封筒から出すことすらなく、端を少しだけ見て判断を下した。
「〇・五秒で却下します」
「ええっ!? 中身、まだ一行目も読んでいらっしゃいませんよね!?」
役人が絶叫する。キサキは冷徹な瞳で彼を射抜いた。
「紙質で分かりますわ。この無駄に厚く、重く、香りまでついた紙。これを選んでいる時点で、相手の読む時間を尊重する気がありません。内容以前に、形式が非効率の極みです。却下」
キサキはそのまま、その豪華な封筒をシュレッダー(魔導式高速裁断機)へと放り込んだ。
ガガガッ、という小気味よい音と共に、アラルドの「和解の心(自称)」は、一瞬で紙吹雪へと変わった。
「そ、そんな……殿下が三時間かけて書いたお手紙が……!」
「三時間もかけてその程度の出力しかできないのであれば、殿下の脳のアップグレードを検討されるべきですわ。……はい、五分経過。全二十八案件、全て処理完了です」
キサキはパチンと指を鳴らし、完璧に整理された「却下済み」の山をバーンズに渡した。
タイマーは四分五十五秒を指して止まっている。
「素晴らしい。キサキ、君の判断力はもはや芸術の域だ。特に、情に流されず紙質で切り捨てる潔さ……。これこそが次世代のリーダーに求められる直感だ」
ゼノスが惜しみない拍手を送る。
キサキは少しだけ頬を染め、サポーターをつけた指で髪を整えた。
「閣下に褒められると、計算速度がさらに二パーセント上がってしまいそうですわ。……さて、邪魔者は消えました。次は、領内の街道に設置する『最速の乗合馬車停留所』の配置図を完成させましょう」
「ああ。私の計算では、停車時間を三秒短縮することで、物流コストが年間でこれだけ浮くはずだ……」
二人は再び、一般人には理解できない数字の羅列が並ぶ世界へと没頭していった。
役人は、シュレッダーから吐き出された紙屑を見つめながら、悟った。
(……この二人が組んでいる限り、王太子殿下に勝ち目はない。そもそも、土俵が違うのだ。殿下は『愛のドラマ』を演じようとしているが、この二人は『世界の最適化』というゲームを楽しんでいるんだ……!)
アデレード領の事務室は、今日も今日とて、感情という名のノイズを排した「超高速の愛」に満ち溢れていた。
領都の役所には、再び重苦しい空気が漂っていた。
と言っても、それは悲壮感ではなく、キサキから放たれる「作業の邪魔をされたことへの苛立ち」という名のプレッシャーである。
「……五分ですわ」
キサキは冷たく言い放ち、目の前に積み上げられた『王宮からの正式要請書』の束を睨みつけた。
「五分で、この紙の束を全て処理します。バーンズ、タイマーをセットして。一秒でも遅れたら、今日の貴方のティータイムを三秒削ります」
「ひ、三秒も!? 分かりました、スタートですぞ!」
バーンズが震える手でタイマーを押すと同時に、キサキの指が踊るように動き出した。
それは、一通目の書類を封筒から引き抜くと同時に、内容を網膜に焼き付け、即座に「却下」の判を叩きつけるという、神業に近い速度だった。
「第一条、王宮の財政再建アドバイザー就任依頼。理由、報酬が低すぎる上に、意思決定プロセスの階層が多すぎます。リソースの無駄。却下」
ドスン、と力強い音が響く。所要時間、〇・三秒。
「第二条、聖女リリィへの『効率的礼儀作法』の個人教授。理由、教える側の精神的摩耗コストを算出すると、金貨一万枚でも足りません。不採算案件。却下」
再び、却下の判が書類を抉るように押された。
隣でその様子を見ていたゼノスが、面白そうに眼鏡を光らせる。
「……キサキ、三通目の『王立学園での特別講義』はどうする? これは将来の優秀なリソースを確保する投資としては悪くないと思うが」
「却下ですわ、閣下。講義資料の作成時間と、学生たちの理解度のばらつきを考慮すると、教育効果が期待値を下回ります。それより、ガルシア帝国のエリート官僚に直接マニュアルを配布する方が、一万倍効率的ですもの」
「なるほど、一理ある。ではその案件は私が預かり、我が国のプロジェクトとして統合しよう」
二人の間で、王国の威信をかけた書類がゴミのように、あるいは効率的な燃料のように処理されていく。
そこへ、扉が遠慮がちに開き、アラルドの側近である役人が顔を出した。
彼は、先ほどつまみ出された主人の代わりに、最後の一枚を届けに来たのだ。
「あ、あの……キサキ様。これだけは、これだけは殿下からの切実な……『個人的な和解の提案書』でございます!」
役人が震える手で差し出したのは、金縁の豪華な封筒だった。
中には、アラルドが涙ながらに綴った(と思われる)「僕が悪かった、戻ってきてくれたら公爵家の税を免除するし、リリィとも距離を置く」という、情に訴えかける内容が記されていた。
キサキはそれを、封筒から出すことすらなく、端を少しだけ見て判断を下した。
「〇・五秒で却下します」
「ええっ!? 中身、まだ一行目も読んでいらっしゃいませんよね!?」
役人が絶叫する。キサキは冷徹な瞳で彼を射抜いた。
「紙質で分かりますわ。この無駄に厚く、重く、香りまでついた紙。これを選んでいる時点で、相手の読む時間を尊重する気がありません。内容以前に、形式が非効率の極みです。却下」
キサキはそのまま、その豪華な封筒をシュレッダー(魔導式高速裁断機)へと放り込んだ。
ガガガッ、という小気味よい音と共に、アラルドの「和解の心(自称)」は、一瞬で紙吹雪へと変わった。
「そ、そんな……殿下が三時間かけて書いたお手紙が……!」
「三時間もかけてその程度の出力しかできないのであれば、殿下の脳のアップグレードを検討されるべきですわ。……はい、五分経過。全二十八案件、全て処理完了です」
キサキはパチンと指を鳴らし、完璧に整理された「却下済み」の山をバーンズに渡した。
タイマーは四分五十五秒を指して止まっている。
「素晴らしい。キサキ、君の判断力はもはや芸術の域だ。特に、情に流されず紙質で切り捨てる潔さ……。これこそが次世代のリーダーに求められる直感だ」
ゼノスが惜しみない拍手を送る。
キサキは少しだけ頬を染め、サポーターをつけた指で髪を整えた。
「閣下に褒められると、計算速度がさらに二パーセント上がってしまいそうですわ。……さて、邪魔者は消えました。次は、領内の街道に設置する『最速の乗合馬車停留所』の配置図を完成させましょう」
「ああ。私の計算では、停車時間を三秒短縮することで、物流コストが年間でこれだけ浮くはずだ……」
二人は再び、一般人には理解できない数字の羅列が並ぶ世界へと没頭していった。
役人は、シュレッダーから吐き出された紙屑を見つめながら、悟った。
(……この二人が組んでいる限り、王太子殿下に勝ち目はない。そもそも、土俵が違うのだ。殿下は『愛のドラマ』を演じようとしているが、この二人は『世界の最適化』というゲームを楽しんでいるんだ……!)
アデレード領の事務室は、今日も今日とて、感情という名のノイズを排した「超高速の愛」に満ち溢れていた。
0
あなたにおすすめの小説
愛想を尽かした女と尽かされた男
火野村志紀
恋愛
※全16話となります。
「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」
裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
貴方が側妃を望んだのです
cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。
「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。
誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。
※2022年6月12日。一部書き足しました。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
史実などに基づいたものではない事をご理解ください。
※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。
表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。
※更新していくうえでタグは幾つか増えます。
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
【完結】旦那様、わたくし家出します。
さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。
溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。
名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。
名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。
登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*)
第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中
【完結】旦那に愛人がいると知ってから
よどら文鳥
恋愛
私(ジュリアーナ)は旦那のことをヒーローだと思っている。だからこそどんなに性格が変わってしまっても、いつの日か優しかった旦那に戻ることを願って今もなお愛している。
だが、私の気持ちなどお構いなく、旦那からの容赦ない暴言は絶えない。当然だが、私のことを愛してはくれていないのだろう。
それでも好きでいられる思い出があったから耐えてきた。
だが、偶然にも旦那が他の女と腕を組んでいる姿を目撃してしまった。
「……あの女、誰……!?」
この事件がきっかけで、私の大事にしていた思い出までもが崩れていく。
だが、今までの苦しい日々から解放される試練でもあった。
※前半が暗すぎるので、明るくなってくるところまで一気に更新しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる