お見通しですわ。婚約破棄、承りましたわ。

萩月

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アデレード領、年に一度の「大収穫祭」。
本来であれば、酔っ払いが騒ぎ、屋台の前には長蛇の列ができる無秩序な祭典である。
しかし、広場の入り口に掲げられた看板には、驚くべき一文が記されていた。

『効率的な祭りの楽しみ方:歩行ルートは時計回り厳守。滞在時間は各屋台につき三分以内を推奨します』

「……見てください、ゼノス閣下。人流の密度が完璧に均一化されていますわ。これなら衝突による事故率を零・〇二パーセントまで抑えられます」

キサキは、高台から広場を見下ろしながら、ストップウォッチを片手に満足げに頷いた。

「素晴らしいな、キサキ。屋台のメニューも『片手で食べられ、かつ三口で完食できるもの』に統一されている。これによって歩行中の咀嚼による速度低下を防いでいるわけか」

ゼノスもまた、計算尺を手に人々の動きを分析している。
二人の周囲だけは、祭りの喧騒とは無縁の「管制塔」のような緊張感が漂っていた。

そこへ、一団のガラの悪い男たちが、人混みを逆走するように現れた。
彼らはキサキの作った「時計回りルール」を無視し、わざと屋台の列を乱そうとしている。

「おいおい! なんだこの堅苦しい祭りはよぉ! もっと自由に暴れさせろよ!」

男の一人が、近くの屋台のテーブルをひっくり返そうと手をかけた。
だが、その手が届くよりも速く、キサキの声が響き渡った。

「そこ、三時の方向の不審者。貴方の現在の動作は、公共の利益を著しく損なう『負の外部性』ですわ。警備隊、確保まで五秒」

「な、なんだと……ぐわっ!?」

言葉が終わるか終わらないかのうちに、周囲に潜伏していた警備隊が、音もなく男たちを取り押さえた。
彼らの動きもまた、キサキの計算による「最短捕縛ルート」に基づいていた。

キサキは悠然と階段を下り、捕らえられた男たちの前に立った。

「……その懐にあるのは、王宮の紋章が入った袋ですね? 聖女リリィ様に雇われたのでしょう?」

「な、なぜそれを……!」

「この祭りの混乱を狙って火を放つ、あるいは食中毒を偽装する。リリィ様の思考回路から推測すれば、三つのシナリオが導き出されます。私は一週間前から、その全ての対策をコンマ単位でシミュレーション済みですの」

キサキは、男の懐から一通の書面を抜き取った。
そこには、案の定、リリィの拙い筆跡で『キサキを困らせて、祭りをめちゃくちゃにしてください』という指示が書かれていた。

「……形式不備、戦略の欠如、さらに実行犯の知能レベルの低さ。リリィ様、罠を仕掛ける際のリサーチが甘すぎますわ。これは罠ではなく、ただの『事務作業の追加』に過ぎません」

ゼノスがキサキの隣に並び、冷ややかに男たちを見下ろした。

「キサキ、この者たちはどうする? 帝国の法に照らせば、公務執行妨害とテロ未遂で即座に投獄だが」

「いいえ、閣下。投獄は維持費がかかります。それこそ非効率の極みですわ。彼らには、この祭りの後の『清掃作業』と『資材運搬』を無償で行っていただきます」

「清掃……だと?」

男たちが呆然とする中、キサキは不敵に微笑んだ。

「ええ。貴方たちの頑丈そうな筋肉を、社会の役に立つエネルギーへと変換して差し上げるのです。休息は三時間に一回、十五分間のみ。私の管理下で、一秒の無駄もなく働いていただきますわよ」

「ひ、人殺しーっ!」

「人聞きが悪いわね。これは『更生プログラムの最適化』ですわ。さあ、警備隊、彼らを資材置き場へ移送して。移動時間は三十二秒以内で」

男たちは、叫び声を上げながらドナドナと運ばれていった。
聖女リリィが送り込んだ刺客たちは、こうして、領地の発展に貢献する「無料の労働力」へとリサイクルされたのである。

「……ふう。不規則な変数(トラブル)が一件片付きましたわ。ゼノス閣下、予定より十秒遅れていますが、次の視察へ向かいましょう」

「ああ、承知した。しかし、キサキ。君のあの『労働力への変換』という発想、帝国の刑務所改革にも応用できそうだな。後で詳しく検討しよう」

「もちろんですわ、閣下。無駄な人間など、この世に一人もいませんもの。使い道が悪いだけですわよ」

二人は、効率化された祭りの喧騒の中を、再び颯爽と歩き出した。
キサキにとって、聖女の罠など、生産性を向上させるための「ちょっとしたスパイス」に過ぎなかったのである。
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