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翌朝、領地の外れにある新設道路の工事現場。
そこには、昨夜の祭りで暴れようとしていた刺客たちが、死んだ魚のような目で整列していた。
彼らの前には、ストップウォッチを首から下げたキサキと、軍用の計算尺を手にしたゼノスが立っている。
「おはようございます、資源(リソース)の皆様。現在、午前六時零分。労働開始の定刻ですわ」
「お、おい……冗談じゃねえぞ! 俺たちは王都でも名の知れた暗殺ギルドの精鋭なんだ! なんで泥にまみれて穴を掘らなきゃいけねえんだよ!」
リーダー格の男、グロッグが声を荒らげた。
だが、キサキは眉一つ動かさず、手元のバインダーにチェックを入れた。
「『精鋭』。その自己評価を裏付ける客観的なデータが不足していますわ。昨夜、貴方たちが捕縛されるまでにかかった時間は平均四・二秒。これは、我が領地の平均的な農夫が牛を追う速度よりも遅い。つまり、貴方たちの戦闘員としての市場価値はゼロです」
「ゼ、ゼロだと!? ふざけるな!」
「ですが、安心なさい。貴方たちの無駄に発達した大胸筋と広背筋には、物理的な土木作業における『馬力』としての価値が認められました。これは、一日の労働で銀貨三枚分に相当します。聖女リリィ様から支払われるはずだった報酬より、よほど確実な収入だと思いませんか?」
「……銀貨三枚? そりゃあ、あの小娘が提示した額よりは高いが……」
グロッグが毒気を抜かれたように呟くと、隣のゼノスが眼鏡を冷たく光らせた。
「キサキ、甘いな。彼らの食事代と管理コストを差し引けば、手残りは銅貨数枚だ。だが、その代わりに私が帝国から取り寄せた『超高速・掘削マニュアル』を叩き込んでやろう。これを習得すれば、作業効率はさらに二割向上する」
「さすが閣下。教育投資を怠らない姿勢、尊敬しますわ。……さあ、資源の皆様。まずはシャベルの持ち方から矯正します。脇を十五度締めなさい。無駄な遠心力は、筋肉の疲労を早めるだけですわ」
「……なあ、頭、どうなってんだよこの女……」
「黙って掘りなさい。お喋りは、口の筋肉を動かすエネルギーの無駄ですわよ」
キサキの冷徹な指揮のもと、暗殺者たちの「強制労働(スキルアップ研修)」が始まった。
彼らが少しでも手を休めようものなら、キサキの鋭い指摘が飛ぶ。
「そこの三番! 土を捨てる角度が三度ズレています。その三度の差が、一日の終わりにはトラック一台分の土砂の差となって現れるのですよ!」
「ひいっ! 分かった、分かりましたよ!」
「七番! 汗を拭く動作に二秒もかけないで。速乾性のタオルを支給しましたでしょう? 〇・五秒で済ませなさい!」
「……もう暗殺者に戻る気力もねえよ……。普通に働いた方が楽なんじゃねえか、これ……」
数時間後、現場を訪れたバーンズ執務官は、腰を抜かさんばかりに驚いた。
そこには、見たこともないスピードで道路を切り拓いていく「元・刺客」たちの姿があった。
彼らはもはやキサキの指示を待たずとも、互いに「角度が甘いぞ!」「効率を上げろ!」と叱り合っていたのである。
「お、お嬢様……これはいったい……。彼ら、さっきから『最短ルート!』と叫びながら、ものすごい勢いで働いておりますが……」
「バーンズ、これが『適切な目標設定』と『徹底したプロセス管理』の成果ですわ。彼らには、この区間を予定より早く終わらせれば、夕食にプロテイン入りの特製スープを付けると約束しましたの」
「プロテイン……?」
「筋肉の修復を早め、明日の作業効率を維持するための戦略的投資ですわ」
ゼノスも満足げにグラフを書き換えている。
「キサキ、見てくれ。このペースなら、新設道路の開通は予定より一週間早まる。これは帝国の物流に数万金貨の利益をもたらす計算だ」
「素晴らしいわ、ゼノス閣下。暗殺者という『負の資産』が、これほどまでに輝かしい『正の資産』に変換されるなんて……。リリィ様には、感謝状でも送りたくなりますわね。もちろん、一番安い紙で」
二人は、泥まみれで働く男たちを眺めながら、うっとりとした表情で語り合った。
そこには、血なまぐさい暗殺劇の気配など微塵もなく、ただただ「数字が改善されていく快感」だけが満ち溢れていた。
「……お嬢様。彼ら、なんだかんだで楽しそうに見えるのは気のせいでしょうか」
「気のせいではありませんわ、バーンズ。人間、無駄なことを考えている時が一番不幸なのです。極限まで効率化された作業に没頭することは、ある種の瞑想に近い心の平穏をもたらしますのよ」
キサキの言葉通り、元・刺客たちは、もはや暗殺の依頼を受けたことすら忘れ、完璧な角度でシャベルを振り下ろすことに全神経を注いでいた。
彼らの心は今、効率という名の新たな信仰によって、かつてないほど清らかに研ぎ澄まされていたのである。
そこには、昨夜の祭りで暴れようとしていた刺客たちが、死んだ魚のような目で整列していた。
彼らの前には、ストップウォッチを首から下げたキサキと、軍用の計算尺を手にしたゼノスが立っている。
「おはようございます、資源(リソース)の皆様。現在、午前六時零分。労働開始の定刻ですわ」
「お、おい……冗談じゃねえぞ! 俺たちは王都でも名の知れた暗殺ギルドの精鋭なんだ! なんで泥にまみれて穴を掘らなきゃいけねえんだよ!」
リーダー格の男、グロッグが声を荒らげた。
だが、キサキは眉一つ動かさず、手元のバインダーにチェックを入れた。
「『精鋭』。その自己評価を裏付ける客観的なデータが不足していますわ。昨夜、貴方たちが捕縛されるまでにかかった時間は平均四・二秒。これは、我が領地の平均的な農夫が牛を追う速度よりも遅い。つまり、貴方たちの戦闘員としての市場価値はゼロです」
「ゼ、ゼロだと!? ふざけるな!」
「ですが、安心なさい。貴方たちの無駄に発達した大胸筋と広背筋には、物理的な土木作業における『馬力』としての価値が認められました。これは、一日の労働で銀貨三枚分に相当します。聖女リリィ様から支払われるはずだった報酬より、よほど確実な収入だと思いませんか?」
「……銀貨三枚? そりゃあ、あの小娘が提示した額よりは高いが……」
グロッグが毒気を抜かれたように呟くと、隣のゼノスが眼鏡を冷たく光らせた。
「キサキ、甘いな。彼らの食事代と管理コストを差し引けば、手残りは銅貨数枚だ。だが、その代わりに私が帝国から取り寄せた『超高速・掘削マニュアル』を叩き込んでやろう。これを習得すれば、作業効率はさらに二割向上する」
「さすが閣下。教育投資を怠らない姿勢、尊敬しますわ。……さあ、資源の皆様。まずはシャベルの持ち方から矯正します。脇を十五度締めなさい。無駄な遠心力は、筋肉の疲労を早めるだけですわ」
「……なあ、頭、どうなってんだよこの女……」
「黙って掘りなさい。お喋りは、口の筋肉を動かすエネルギーの無駄ですわよ」
キサキの冷徹な指揮のもと、暗殺者たちの「強制労働(スキルアップ研修)」が始まった。
彼らが少しでも手を休めようものなら、キサキの鋭い指摘が飛ぶ。
「そこの三番! 土を捨てる角度が三度ズレています。その三度の差が、一日の終わりにはトラック一台分の土砂の差となって現れるのですよ!」
「ひいっ! 分かった、分かりましたよ!」
「七番! 汗を拭く動作に二秒もかけないで。速乾性のタオルを支給しましたでしょう? 〇・五秒で済ませなさい!」
「……もう暗殺者に戻る気力もねえよ……。普通に働いた方が楽なんじゃねえか、これ……」
数時間後、現場を訪れたバーンズ執務官は、腰を抜かさんばかりに驚いた。
そこには、見たこともないスピードで道路を切り拓いていく「元・刺客」たちの姿があった。
彼らはもはやキサキの指示を待たずとも、互いに「角度が甘いぞ!」「効率を上げろ!」と叱り合っていたのである。
「お、お嬢様……これはいったい……。彼ら、さっきから『最短ルート!』と叫びながら、ものすごい勢いで働いておりますが……」
「バーンズ、これが『適切な目標設定』と『徹底したプロセス管理』の成果ですわ。彼らには、この区間を予定より早く終わらせれば、夕食にプロテイン入りの特製スープを付けると約束しましたの」
「プロテイン……?」
「筋肉の修復を早め、明日の作業効率を維持するための戦略的投資ですわ」
ゼノスも満足げにグラフを書き換えている。
「キサキ、見てくれ。このペースなら、新設道路の開通は予定より一週間早まる。これは帝国の物流に数万金貨の利益をもたらす計算だ」
「素晴らしいわ、ゼノス閣下。暗殺者という『負の資産』が、これほどまでに輝かしい『正の資産』に変換されるなんて……。リリィ様には、感謝状でも送りたくなりますわね。もちろん、一番安い紙で」
二人は、泥まみれで働く男たちを眺めながら、うっとりとした表情で語り合った。
そこには、血なまぐさい暗殺劇の気配など微塵もなく、ただただ「数字が改善されていく快感」だけが満ち溢れていた。
「……お嬢様。彼ら、なんだかんだで楽しそうに見えるのは気のせいでしょうか」
「気のせいではありませんわ、バーンズ。人間、無駄なことを考えている時が一番不幸なのです。極限まで効率化された作業に没頭することは、ある種の瞑想に近い心の平穏をもたらしますのよ」
キサキの言葉通り、元・刺客たちは、もはや暗殺の依頼を受けたことすら忘れ、完璧な角度でシャベルを振り下ろすことに全神経を注いでいた。
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