お見通しですわ。婚約破棄、承りましたわ。

萩月

文字の大きさ
17 / 28

17

しおりを挟む
翌朝、領地の外れにある新設道路の工事現場。
そこには、昨夜の祭りで暴れようとしていた刺客たちが、死んだ魚のような目で整列していた。
彼らの前には、ストップウォッチを首から下げたキサキと、軍用の計算尺を手にしたゼノスが立っている。

「おはようございます、資源(リソース)の皆様。現在、午前六時零分。労働開始の定刻ですわ」

「お、おい……冗談じゃねえぞ! 俺たちは王都でも名の知れた暗殺ギルドの精鋭なんだ! なんで泥にまみれて穴を掘らなきゃいけねえんだよ!」

リーダー格の男、グロッグが声を荒らげた。
だが、キサキは眉一つ動かさず、手元のバインダーにチェックを入れた。

「『精鋭』。その自己評価を裏付ける客観的なデータが不足していますわ。昨夜、貴方たちが捕縛されるまでにかかった時間は平均四・二秒。これは、我が領地の平均的な農夫が牛を追う速度よりも遅い。つまり、貴方たちの戦闘員としての市場価値はゼロです」

「ゼ、ゼロだと!? ふざけるな!」

「ですが、安心なさい。貴方たちの無駄に発達した大胸筋と広背筋には、物理的な土木作業における『馬力』としての価値が認められました。これは、一日の労働で銀貨三枚分に相当します。聖女リリィ様から支払われるはずだった報酬より、よほど確実な収入だと思いませんか?」

「……銀貨三枚? そりゃあ、あの小娘が提示した額よりは高いが……」

グロッグが毒気を抜かれたように呟くと、隣のゼノスが眼鏡を冷たく光らせた。

「キサキ、甘いな。彼らの食事代と管理コストを差し引けば、手残りは銅貨数枚だ。だが、その代わりに私が帝国から取り寄せた『超高速・掘削マニュアル』を叩き込んでやろう。これを習得すれば、作業効率はさらに二割向上する」

「さすが閣下。教育投資を怠らない姿勢、尊敬しますわ。……さあ、資源の皆様。まずはシャベルの持ち方から矯正します。脇を十五度締めなさい。無駄な遠心力は、筋肉の疲労を早めるだけですわ」

「……なあ、頭、どうなってんだよこの女……」

「黙って掘りなさい。お喋りは、口の筋肉を動かすエネルギーの無駄ですわよ」

キサキの冷徹な指揮のもと、暗殺者たちの「強制労働(スキルアップ研修)」が始まった。
彼らが少しでも手を休めようものなら、キサキの鋭い指摘が飛ぶ。

「そこの三番! 土を捨てる角度が三度ズレています。その三度の差が、一日の終わりにはトラック一台分の土砂の差となって現れるのですよ!」

「ひいっ! 分かった、分かりましたよ!」

「七番! 汗を拭く動作に二秒もかけないで。速乾性のタオルを支給しましたでしょう? 〇・五秒で済ませなさい!」

「……もう暗殺者に戻る気力もねえよ……。普通に働いた方が楽なんじゃねえか、これ……」

数時間後、現場を訪れたバーンズ執務官は、腰を抜かさんばかりに驚いた。
そこには、見たこともないスピードで道路を切り拓いていく「元・刺客」たちの姿があった。
彼らはもはやキサキの指示を待たずとも、互いに「角度が甘いぞ!」「効率を上げろ!」と叱り合っていたのである。

「お、お嬢様……これはいったい……。彼ら、さっきから『最短ルート!』と叫びながら、ものすごい勢いで働いておりますが……」

「バーンズ、これが『適切な目標設定』と『徹底したプロセス管理』の成果ですわ。彼らには、この区間を予定より早く終わらせれば、夕食にプロテイン入りの特製スープを付けると約束しましたの」

「プロテイン……?」

「筋肉の修復を早め、明日の作業効率を維持するための戦略的投資ですわ」

ゼノスも満足げにグラフを書き換えている。

「キサキ、見てくれ。このペースなら、新設道路の開通は予定より一週間早まる。これは帝国の物流に数万金貨の利益をもたらす計算だ」

「素晴らしいわ、ゼノス閣下。暗殺者という『負の資産』が、これほどまでに輝かしい『正の資産』に変換されるなんて……。リリィ様には、感謝状でも送りたくなりますわね。もちろん、一番安い紙で」

二人は、泥まみれで働く男たちを眺めながら、うっとりとした表情で語り合った。
そこには、血なまぐさい暗殺劇の気配など微塵もなく、ただただ「数字が改善されていく快感」だけが満ち溢れていた。

「……お嬢様。彼ら、なんだかんだで楽しそうに見えるのは気のせいでしょうか」

「気のせいではありませんわ、バーンズ。人間、無駄なことを考えている時が一番不幸なのです。極限まで効率化された作業に没頭することは、ある種の瞑想に近い心の平穏をもたらしますのよ」

キサキの言葉通り、元・刺客たちは、もはや暗殺の依頼を受けたことすら忘れ、完璧な角度でシャベルを振り下ろすことに全神経を注いでいた。
彼らの心は今、効率という名の新たな信仰によって、かつてないほど清らかに研ぎ澄まされていたのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛想を尽かした女と尽かされた男

火野村志紀
恋愛
※全16話となります。 「そうですか。今まであなたに尽くしていた私は側妃扱いで、急に湧いて出てきた彼女が正妃だと? どうぞ、お好きになさって。その代わり私も好きにしますので」

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています

猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。 しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。 本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。 盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。

貴方が側妃を望んだのです

cyaru
恋愛
「君はそれでいいのか」王太子ハロルドは言った。 「えぇ。勿論ですわ」婚約者の公爵令嬢フランセアは答えた。 誠の愛に気がついたと言われたフランセアは微笑んで答えた。 ※2022年6月12日。一部書き足しました。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。  史実などに基づいたものではない事をご理解ください。 ※話の都合上、残酷な描写がありますがそれがざまぁなのかは受け取り方は人それぞれです。  表現的にどうかと思う回は冒頭に注意喚起を書き込むようにしますが有無は作者の判断です。 ※更新していくうえでタグは幾つか増えます。 ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして

東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。 破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。

【完結】旦那に愛人がいると知ってから

よどら文鳥
恋愛
 私(ジュリアーナ)は旦那のことをヒーローだと思っている。だからこそどんなに性格が変わってしまっても、いつの日か優しかった旦那に戻ることを願って今もなお愛している。  だが、私の気持ちなどお構いなく、旦那からの容赦ない暴言は絶えない。当然だが、私のことを愛してはくれていないのだろう。  それでも好きでいられる思い出があったから耐えてきた。  だが、偶然にも旦那が他の女と腕を組んでいる姿を目撃してしまった。 「……あの女、誰……!?」  この事件がきっかけで、私の大事にしていた思い出までもが崩れていく。  だが、今までの苦しい日々から解放される試練でもあった。 ※前半が暗すぎるので、明るくなってくるところまで一気に更新しました。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

処理中です...