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「……ルミール! 貴様、いい加減に何か言ったらどうなんだ!」
シャンデリアの光が燦然と降り注ぐ夜会会場。その中央で、私の婚約者であるエリオット王子が声を荒らげた。
周囲の貴族たちは、まるで極上の見世物でも見るかのような冷ややかな視線を私に投げかけている。
私は、ただ黙っていた。
(ひっ、ひいいいいい! 怖い! 顔が近い! エリオット様の鼻息が当たる距離! っていうか静かにして! みんな見てるから! 注目を浴びすぎて心臓がバックバクだよ!)
心の中では絶叫している。しかし、現実の私はどうだろうか。
あまりの緊張に表情筋は完全に硬直。
眉間には深い皺が寄り、口元は真一文字に結ばれ、冷徹極まりない「氷の悪女」の仮面が出来上がっていた。
「その不遜な態度……! この期に及んで、罪を認めぬというのか!」
(罪って何!? 私、今日ここに来てからまだ一言も喋ってないし、壁際のタルトをチラ見してただけだよ!? ああ、もうダメだ、緊張が限界を突破して、脳みそが真っ白になっていく……!)
私は震える指先を隠すため、扇を力いっぱい握りしめた。
バキリ、と嫌な音が響いたが、それさえも周囲には「威嚇の音」と受け取られたらしい。
「ひっ……!」
エリオット王子の後ろで震えているのは、私の妹、ラーナだ。
彼女は潤んだ瞳で私を見上げ、か細い声を出した。
「お、お姉様……もうおやめください。私がエリオット様を愛してしまったのは事実です。けれど、だからといって私に毒を盛るなんて……」
(毒!? いつ!? どのタイミングで!? 私、昨日は一日中部屋で、社交界に出なくて済む魔法薬の研究をしてただけだよ! っていうか毒なんてどこで売ってるの!?)
あまりの衝撃に、私はラーナを凝視した。
極度の衝撃と困惑により、私の瞳はさらに鋭く、獲物を狩る直前の猛禽類のような輝きを放つ。
「……っ!」
ラーナは「怖い!」と叫んでエリオット王子の胸に飛び込んだ。
王子は彼女を抱き寄せ、正義のヒーローのごとき顔で私を指差す。
「見たか! 今の冷酷な眼差しを! 妹にすら情けをかけぬその心根、まさに公爵家の面汚しだ!」
(違うの、視力が悪くてピントを合わせようとしただけなの! あとラーナ、あんたさっきまで私の後ろで『お姉様、今日は私が代わりに喋ってあげるから黙っててね』って耳打ちしてたじゃない!?)
そうなのだ。私は生まれつき、人前で喋ろうとすると喉が引き攣って音が出なくなるという、絶望的なコミュ障だった。
そのため、社交の場では常に妹のラーナが私の背後に立ち、「お姉様はこうおっしゃっています」と代弁してきたのである。
ところが今日、ラーナは私を代弁する代わりに、私の「罪」を代弁し始めたのだ。
「お姉様はいつも私を虐めていました。社交界でのあの横柄な振る舞いも、すべてお姉様の指示だったのです……!」
(えええええええ!? 逆! 逆だよラーナ! 『お姉様はプライドが高いから、他の方と話したくないそうです』って勝手に言いふらしてたのあんたでしょ!?)
言いたい。喉まで出かかっている。
しかし、いざ言葉にしようとすると、声帯が「無理です」とストライキを起こす。
結局、私の口から漏れたのは、低く冷たい吐息だけだった。
「……ふん」
(「ふん」じゃないよ! 何今の!? 「ふん」って! 全力で鼻で笑ったみたいになっちゃったじゃん! 違うの、今の溜息のつもりだったの!)
会場がザワついた。
「今の聞いたか? 王子と妹君を鼻で笑ったぞ」
「恐ろしい女だ。これほど責められて、欠片も反省の色がない」
「やはり『沈黙の氷穴龍』の異名は伊達ではないな……」
(変な二つ名つけないで!? ただのコミュ障なんだってば!)
エリオット王子は顔を真っ赤にして、懐から一通の書面を取り出した。
「ルミール・フォン・アストレア! 貴様との婚約を、今この瞬間をもって破棄する!」
(………………え?)
一瞬、時が止まった。
(婚約破棄……? ってことは、もう王子妃になるための地獄のレッスンも受けなくていいの? 夜会にも出なくていいの? ずっと部屋に引きこもって、お菓子を食べながら魔法書を読んでていいの?)
驚きと、そして背中を駆け抜けるような圧倒的な解放感。
あまりの嬉しさに、私は思わず天を仰いだ。
目尻には、喜びのあまり涙が滲む。
「おい、泣いているのか……?」
エリオット王子が少しだけ怯んだような声を出す。
しかし、私の脳内は今、お祭り騒ぎだった。
(やったああああああ! 自由だ! シャバの空気だ! ありがとうエリオット様、ありがとうラーナ! あんたたちがデキてようが毒を盛ったことにされようが、この自由の前では些細なことだよ!)
満面の笑みを浮かべたい。だが、私の顔面はそんな高度な芸を許さなかった。
込み上げる喜びを堪えようとした結果、表情は「屈辱に耐えながら、いつか全員を血祭りにあげると誓う復讐鬼」のそれになった。
「……よ、いいだろう。その悔しそうな顔を見るだけで十分だ」
エリオット王子は震えながら言った。
「貴様は明日、この王都から追放とする! 辺境の古い別荘で、一生その凍りついた心と共に朽ち果てるがいい!」
(辺境の別荘! 最高! ご近所付き合いもなさそう! ありがとう、本当にありがとう!)
私は深々と一礼した。
感謝の気持ちを込めた、優雅で完璧な礼。
しかし周囲には、「貴様らなど相手にする価値もない」という最後通牒にしか見えなかった。
私は誰とも目を合わせないように(緊張で目が泳ぐのを防ぐため)、堂々と、かつ迅速に会場を後にした。
(早く帰ってパジャマに着替えよう! 明日からの引きこもりプランを立てなきゃ!)
背後でラーナが勝ち誇ったような笑い声を上げているのが聞こえたが、今の私には天使の歌声にしか聞こえなかった。
こうして、私の「悪役令嬢」としての輝かしい追放生活が始まったのである。
シャンデリアの光が燦然と降り注ぐ夜会会場。その中央で、私の婚約者であるエリオット王子が声を荒らげた。
周囲の貴族たちは、まるで極上の見世物でも見るかのような冷ややかな視線を私に投げかけている。
私は、ただ黙っていた。
(ひっ、ひいいいいい! 怖い! 顔が近い! エリオット様の鼻息が当たる距離! っていうか静かにして! みんな見てるから! 注目を浴びすぎて心臓がバックバクだよ!)
心の中では絶叫している。しかし、現実の私はどうだろうか。
あまりの緊張に表情筋は完全に硬直。
眉間には深い皺が寄り、口元は真一文字に結ばれ、冷徹極まりない「氷の悪女」の仮面が出来上がっていた。
「その不遜な態度……! この期に及んで、罪を認めぬというのか!」
(罪って何!? 私、今日ここに来てからまだ一言も喋ってないし、壁際のタルトをチラ見してただけだよ!? ああ、もうダメだ、緊張が限界を突破して、脳みそが真っ白になっていく……!)
私は震える指先を隠すため、扇を力いっぱい握りしめた。
バキリ、と嫌な音が響いたが、それさえも周囲には「威嚇の音」と受け取られたらしい。
「ひっ……!」
エリオット王子の後ろで震えているのは、私の妹、ラーナだ。
彼女は潤んだ瞳で私を見上げ、か細い声を出した。
「お、お姉様……もうおやめください。私がエリオット様を愛してしまったのは事実です。けれど、だからといって私に毒を盛るなんて……」
(毒!? いつ!? どのタイミングで!? 私、昨日は一日中部屋で、社交界に出なくて済む魔法薬の研究をしてただけだよ! っていうか毒なんてどこで売ってるの!?)
あまりの衝撃に、私はラーナを凝視した。
極度の衝撃と困惑により、私の瞳はさらに鋭く、獲物を狩る直前の猛禽類のような輝きを放つ。
「……っ!」
ラーナは「怖い!」と叫んでエリオット王子の胸に飛び込んだ。
王子は彼女を抱き寄せ、正義のヒーローのごとき顔で私を指差す。
「見たか! 今の冷酷な眼差しを! 妹にすら情けをかけぬその心根、まさに公爵家の面汚しだ!」
(違うの、視力が悪くてピントを合わせようとしただけなの! あとラーナ、あんたさっきまで私の後ろで『お姉様、今日は私が代わりに喋ってあげるから黙っててね』って耳打ちしてたじゃない!?)
そうなのだ。私は生まれつき、人前で喋ろうとすると喉が引き攣って音が出なくなるという、絶望的なコミュ障だった。
そのため、社交の場では常に妹のラーナが私の背後に立ち、「お姉様はこうおっしゃっています」と代弁してきたのである。
ところが今日、ラーナは私を代弁する代わりに、私の「罪」を代弁し始めたのだ。
「お姉様はいつも私を虐めていました。社交界でのあの横柄な振る舞いも、すべてお姉様の指示だったのです……!」
(えええええええ!? 逆! 逆だよラーナ! 『お姉様はプライドが高いから、他の方と話したくないそうです』って勝手に言いふらしてたのあんたでしょ!?)
言いたい。喉まで出かかっている。
しかし、いざ言葉にしようとすると、声帯が「無理です」とストライキを起こす。
結局、私の口から漏れたのは、低く冷たい吐息だけだった。
「……ふん」
(「ふん」じゃないよ! 何今の!? 「ふん」って! 全力で鼻で笑ったみたいになっちゃったじゃん! 違うの、今の溜息のつもりだったの!)
会場がザワついた。
「今の聞いたか? 王子と妹君を鼻で笑ったぞ」
「恐ろしい女だ。これほど責められて、欠片も反省の色がない」
「やはり『沈黙の氷穴龍』の異名は伊達ではないな……」
(変な二つ名つけないで!? ただのコミュ障なんだってば!)
エリオット王子は顔を真っ赤にして、懐から一通の書面を取り出した。
「ルミール・フォン・アストレア! 貴様との婚約を、今この瞬間をもって破棄する!」
(………………え?)
一瞬、時が止まった。
(婚約破棄……? ってことは、もう王子妃になるための地獄のレッスンも受けなくていいの? 夜会にも出なくていいの? ずっと部屋に引きこもって、お菓子を食べながら魔法書を読んでていいの?)
驚きと、そして背中を駆け抜けるような圧倒的な解放感。
あまりの嬉しさに、私は思わず天を仰いだ。
目尻には、喜びのあまり涙が滲む。
「おい、泣いているのか……?」
エリオット王子が少しだけ怯んだような声を出す。
しかし、私の脳内は今、お祭り騒ぎだった。
(やったああああああ! 自由だ! シャバの空気だ! ありがとうエリオット様、ありがとうラーナ! あんたたちがデキてようが毒を盛ったことにされようが、この自由の前では些細なことだよ!)
満面の笑みを浮かべたい。だが、私の顔面はそんな高度な芸を許さなかった。
込み上げる喜びを堪えようとした結果、表情は「屈辱に耐えながら、いつか全員を血祭りにあげると誓う復讐鬼」のそれになった。
「……よ、いいだろう。その悔しそうな顔を見るだけで十分だ」
エリオット王子は震えながら言った。
「貴様は明日、この王都から追放とする! 辺境の古い別荘で、一生その凍りついた心と共に朽ち果てるがいい!」
(辺境の別荘! 最高! ご近所付き合いもなさそう! ありがとう、本当にありがとう!)
私は深々と一礼した。
感謝の気持ちを込めた、優雅で完璧な礼。
しかし周囲には、「貴様らなど相手にする価値もない」という最後通牒にしか見えなかった。
私は誰とも目を合わせないように(緊張で目が泳ぐのを防ぐため)、堂々と、かつ迅速に会場を後にした。
(早く帰ってパジャマに着替えよう! 明日からの引きこもりプランを立てなきゃ!)
背後でラーナが勝ち誇ったような笑い声を上げているのが聞こえたが、今の私には天使の歌声にしか聞こえなかった。
こうして、私の「悪役令嬢」としての輝かしい追放生活が始まったのである。
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