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王宮から帰宅するなり、公爵邸の重厚な扉が凄まじい音を立てて開いた。
「ルミール! 貴様、自分の立場が分かっているのか!」
父であるアストレア公爵が、噴火寸前の火山のような形相で私を待ち構えていた。
その横では、妹のラーナがハンカチで目元を抑えながら、殊勝にも父の腕にすがっている。
(うわぁ、お父様お怒りだね。血管切れそう。お肉の食べすぎじゃないかな。あとラーナ、そのハンカチ、さっき目薬刺してたのバッチリ見えてるからね)
心の中では冷静に分析しているのだが、私の顔面は絶望的に連動しない。
「……っ」
私は無言のまま、父を射貫くような鋭い視線で凝視してしまった。
(違うの! お父様のネクタイがちょっと曲がってるのが気になっちゃっただけなの!)
「……その目はなんだ! 親に向かって、まだ反抗するつもりか!」
父は私の沈黙を「傲慢な肯定」と受け取ったらしい。
実際、私の顔は今、反抗どころか「隙を見せればその首を掻き切る」と言わんばかりの暗殺者の風格を漂わせているはずだ。
「お父様、もうおやめください……お姉様は昔から、私を道具としか思っていなかったのですわ」
ラーナが、待ってましたと言わんばかりに声を上げた。
「私が代わりに喋らなければ、お姉様は社交界でただの『無能な公爵令嬢』として晒し者になっていたはずです。私は、それを隠して差し上げていただけなのに……!」
(道具……。まあ、確かにあんたが勝手に『代弁者』を買って出てたけど。でもラーナ、あんたが私の代わりに喋るたびに、私の評判が『冷酷な氷の女王』に塗り替えられていったのは知ってるんだよ?)
昔、私が頑張って「こんにちは、良いお天気ですね」と小刻みに震えながら言おうとした時。
ラーナは即座に横から割り込み、「お姉様は『この程度の天候で話しかけるな』とおっしゃっていますわ」と翻訳したのだ。
(あの時の相手の令嬢の泣き顔、今でも夢に出るんだからね!)
「ラーナが今までどれほど苦労してきたか……。ルミール、貴様にはもはや公爵家の名を名乗る資格はない!」
(やった! 待ってました、そのセリフ!)
「今すぐ荷物をまとめて出て行け! 辺境の、あの呪われた別荘がお似合いだ!」
(呪われてるの!? 幽霊出るかな!? でも一人暮らしなら、幽霊の方が人間より喋らなくていいから楽かもしれない!)
歓喜。まさに人生最大のボーナスタイム到来である。
しかし、私の口から出たのは、震えるほど低く重厚な声だった。
「……承知、いたしました」
(ああっ! 短すぎて、逆に『貴様を呪い殺してやる』みたいな呪詛に聞こえたかもしれない!)
「フン、最後まで可愛げのない娘だ。ラーナ、もういい。これからはお前がアストレア公爵家の星として、エリオット殿下を支えるのだ」
「はい、お父様! 私、お姉様の分まで頑張りますわ!」
ラーナが私に、チラリと勝ち誇った笑みを向けてくる。
「お姉様、長い間お疲れ様でした。もう私の『翻訳』は必要ありませんものね。せいぜい、一人で寂しく黙りこくって生きてくださいな」
(翻訳っていうか、創作だったけどね! でも本当にありがとうラーナ! あんたのおかげで私は今日から自由の身だ!)
私はラーナの目を見つめ、心からの感謝を込めて頷いた。
だが、鏡を見るまでもなく分かる。今の私は「必ず地獄の底から引きずり出してやる」という執念の表情を浮かべていることを。
「ひっ……! お、お父様! お姉様が、お姉様が私を食べてしまいそうな顔で……!」
「ルミール! 見苦しいぞ、さっさと失せろ!」
父の怒号を背に、私は優雅に(実際は足がもつれそうになりながら)自室へと戻った。
(さて! パッキングだ! 魔法書と、お気に入りの羽ペンと、あとは非常食のクッキー!)
部屋に入るなり、私はベッドにダイブしたい衝動を抑えて荷造りを始めた。
今までラーナに「身代わり」をさせていたのは、公爵家の面目を保つためという大義名分があったからだ。
けれど、もうそんな必要はない。
喋らなくていい。笑わなくていい。誰の機嫌も取らなくていい。
(辺境の別荘……噂ではボロボロらしいけど、私の魔力があれば修繕なんて余裕だし。むしろ、自分好みに改造しちゃおうかな!)
私は、アストレア公爵家秘蔵の魔導書をこっそりトランクの底に隠した。
これは「無能」と思われている私が、夜な夜な趣味で書き写していた秘伝の写本だ。
(お父様もラーナも、私が魔法理論の天才だってこと、これっぽっちも気づいてないもんね)
翌朝、私は最低限の荷物を持って、公爵邸の門の前に立った。
用意されたのは、窓も付いていないようなおんぼろの馬車だ。
「見送りは私だけだ。公爵様もラーナ様も、お前の顔など二度と見たくないそうだ」
冷淡に言い放ったのは、家令の男だった。
私は無言で馬車に乗り込む。
(バイバイ、地獄の公爵邸! こんにちは、バラ色の引きこもりライフ!)
馬車が動き出す。
私は小さく開いた隙間から、遠ざかる屋敷を眺めた。
私の表情は、追放される悲劇のヒロイン……ではなく、獲物を仕留めた後の魔王のような不敵な笑み(のつもりの引き攣り)を浮かべていたに違いない。
馬車の御者が、バックミラー越しに私の顔を見て、「うわあああ!?」と悲鳴を上げたのがその証拠だ。
(ごめんね御者さん、怖くないよ! 私、今めちゃくちゃハッピーなんだ!)
こうして、私は意気揚々と辺境へと旅立ったのである。
「ルミール! 貴様、自分の立場が分かっているのか!」
父であるアストレア公爵が、噴火寸前の火山のような形相で私を待ち構えていた。
その横では、妹のラーナがハンカチで目元を抑えながら、殊勝にも父の腕にすがっている。
(うわぁ、お父様お怒りだね。血管切れそう。お肉の食べすぎじゃないかな。あとラーナ、そのハンカチ、さっき目薬刺してたのバッチリ見えてるからね)
心の中では冷静に分析しているのだが、私の顔面は絶望的に連動しない。
「……っ」
私は無言のまま、父を射貫くような鋭い視線で凝視してしまった。
(違うの! お父様のネクタイがちょっと曲がってるのが気になっちゃっただけなの!)
「……その目はなんだ! 親に向かって、まだ反抗するつもりか!」
父は私の沈黙を「傲慢な肯定」と受け取ったらしい。
実際、私の顔は今、反抗どころか「隙を見せればその首を掻き切る」と言わんばかりの暗殺者の風格を漂わせているはずだ。
「お父様、もうおやめください……お姉様は昔から、私を道具としか思っていなかったのですわ」
ラーナが、待ってましたと言わんばかりに声を上げた。
「私が代わりに喋らなければ、お姉様は社交界でただの『無能な公爵令嬢』として晒し者になっていたはずです。私は、それを隠して差し上げていただけなのに……!」
(道具……。まあ、確かにあんたが勝手に『代弁者』を買って出てたけど。でもラーナ、あんたが私の代わりに喋るたびに、私の評判が『冷酷な氷の女王』に塗り替えられていったのは知ってるんだよ?)
昔、私が頑張って「こんにちは、良いお天気ですね」と小刻みに震えながら言おうとした時。
ラーナは即座に横から割り込み、「お姉様は『この程度の天候で話しかけるな』とおっしゃっていますわ」と翻訳したのだ。
(あの時の相手の令嬢の泣き顔、今でも夢に出るんだからね!)
「ラーナが今までどれほど苦労してきたか……。ルミール、貴様にはもはや公爵家の名を名乗る資格はない!」
(やった! 待ってました、そのセリフ!)
「今すぐ荷物をまとめて出て行け! 辺境の、あの呪われた別荘がお似合いだ!」
(呪われてるの!? 幽霊出るかな!? でも一人暮らしなら、幽霊の方が人間より喋らなくていいから楽かもしれない!)
歓喜。まさに人生最大のボーナスタイム到来である。
しかし、私の口から出たのは、震えるほど低く重厚な声だった。
「……承知、いたしました」
(ああっ! 短すぎて、逆に『貴様を呪い殺してやる』みたいな呪詛に聞こえたかもしれない!)
「フン、最後まで可愛げのない娘だ。ラーナ、もういい。これからはお前がアストレア公爵家の星として、エリオット殿下を支えるのだ」
「はい、お父様! 私、お姉様の分まで頑張りますわ!」
ラーナが私に、チラリと勝ち誇った笑みを向けてくる。
「お姉様、長い間お疲れ様でした。もう私の『翻訳』は必要ありませんものね。せいぜい、一人で寂しく黙りこくって生きてくださいな」
(翻訳っていうか、創作だったけどね! でも本当にありがとうラーナ! あんたのおかげで私は今日から自由の身だ!)
私はラーナの目を見つめ、心からの感謝を込めて頷いた。
だが、鏡を見るまでもなく分かる。今の私は「必ず地獄の底から引きずり出してやる」という執念の表情を浮かべていることを。
「ひっ……! お、お父様! お姉様が、お姉様が私を食べてしまいそうな顔で……!」
「ルミール! 見苦しいぞ、さっさと失せろ!」
父の怒号を背に、私は優雅に(実際は足がもつれそうになりながら)自室へと戻った。
(さて! パッキングだ! 魔法書と、お気に入りの羽ペンと、あとは非常食のクッキー!)
部屋に入るなり、私はベッドにダイブしたい衝動を抑えて荷造りを始めた。
今までラーナに「身代わり」をさせていたのは、公爵家の面目を保つためという大義名分があったからだ。
けれど、もうそんな必要はない。
喋らなくていい。笑わなくていい。誰の機嫌も取らなくていい。
(辺境の別荘……噂ではボロボロらしいけど、私の魔力があれば修繕なんて余裕だし。むしろ、自分好みに改造しちゃおうかな!)
私は、アストレア公爵家秘蔵の魔導書をこっそりトランクの底に隠した。
これは「無能」と思われている私が、夜な夜な趣味で書き写していた秘伝の写本だ。
(お父様もラーナも、私が魔法理論の天才だってこと、これっぽっちも気づいてないもんね)
翌朝、私は最低限の荷物を持って、公爵邸の門の前に立った。
用意されたのは、窓も付いていないようなおんぼろの馬車だ。
「見送りは私だけだ。公爵様もラーナ様も、お前の顔など二度と見たくないそうだ」
冷淡に言い放ったのは、家令の男だった。
私は無言で馬車に乗り込む。
(バイバイ、地獄の公爵邸! こんにちは、バラ色の引きこもりライフ!)
馬車が動き出す。
私は小さく開いた隙間から、遠ざかる屋敷を眺めた。
私の表情は、追放される悲劇のヒロイン……ではなく、獲物を仕留めた後の魔王のような不敵な笑み(のつもりの引き攣り)を浮かべていたに違いない。
馬車の御者が、バックミラー越しに私の顔を見て、「うわあああ!?」と悲鳴を上げたのがその証拠だ。
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こうして、私は意気揚々と辺境へと旅立ったのである。
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