任せていたら、いつの間にか稀代の悪女として婚約破棄されました

萩月

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ガタガタと揺れる馬車の中で、私は一人、静かに感動に打ち震えていた。


(……静かだ。誰にも話しかけられない。妹のラーナの『お姉様はこうおっしゃっています(嘘)』という幻聴も聞こえない。なんて素晴らしい世界なの!)


窓のない馬車は暗く、埃っぽい。普通なら令嬢が嘆き悲しむ環境だが、私にとっては極上のプライベート空間だ。


私は座席の隅に置かれていた、昨日の日付の新聞を手に取った。


どうやら御者の忘れ物らしいが、そこにはデカデカと私の顔(の肖像画)と、刺激的な見出しが踊っていた。


『稀代の毒婦、ルミール・フォン・アストレアの罪状一覧!』


(おっ、私の特集記事だ。どれどれ、どんなことが書かれてるのかな?)


ワクワクしながら読み進めると、そこには驚天動地の「冤罪」が並べ立てられていた。


一、妹ラーナが大切にしていた青い小鳥を、嫉妬のあまり空へ放流した。


(放流って! あれはラーナが『掃除が面倒だから逃がしちゃえ』って言ったのを、私が必死に止めたやつでしょ! 結局逃げちゃって、私、三日三晩泣いたんだからね!?)


二、王宮の庭園に咲き誇るバラを、「色が気に入らない」という理由で全て枯らした。


(枯らしてない! あれは私が新開発した『植物成長促進剤』の調合をミスって、一時的に葉っぱが茶色くなっただけ! 一週間後には元の三倍の大きさで咲いたでしょ!?)


三、婚約者であるエリオット王子の誕生日に、呪いの込められた手編みのマフラーを贈った。


(呪い!? ただの防寒魔法を付与しようとして、魔力が暴走してちょっと発熱しすぎただけだよ! エリオット様が『熱っ、首が焼ける!』って叫んで投げ捨てた時はショックだったなぁ……)


読み進めるごとに、私の心の中のツッコミが追いつかなくなる。


記事の最後には、ラーナの「涙ながらのインタビュー」まで掲載されていた。


『お姉様は、私の声を奪うのがお好きでした。私が何か話そうとすると、その冷たい瞳で私を射すくめ、沈黙を強要するのです……』


(違う! あんたが私の代わりにペラペラ嘘を喋るから、私が『あ、あの……』って口を挟もうとするたびに、あんたが私の口を塞いでたんでしょ!?)


あまりの理不尽な内容に、私の表情筋がピクピクと痙攣を始めた。


(……落ち着け、私。こんなの、もうどうでもいいことじゃない。私はこれから自由になるんだから。ふふ、ふふふ……)


私は新聞を畳み、口角を上げようと努力した。


喜びと、呆れと、そして解放感。それらが混ざり合った結果、私の顔面は「読んだ記事の内容に激怒し、執筆者と関係者全員を暗殺することを決意した魔王」の形相に固定された。


「ひいいいいいっ!?」


馬車の小窓から中を覗き見た御者が、悲鳴を上げて窓を閉めた。


「だ、旦那! お嬢様が……お嬢様が新聞を読みながら、血も凍るような笑みを浮かべておいでです! これは、王都に呪いをかける準備をされていますぜ!」


(違うの御者さん! 今の私、内心めちゃくちゃ笑ってるの! 『ウケるー!』って思ってるだけなの!)


言いたい。しかし、声が出ない。


私はただ、ガタガタと震える馬車の揺れに身を任せるしかなかった。


(……でも、これだけ嫌われていれば、誰も辺境まで追いかけてこないよね。完璧な隠居生活が送れそうだわ)


私はトランクの中から、一本の古い杖を取り出した。


公爵家の倉庫に眠っていた、誰も使いこなせなかった年代物の魔導杖だ。


私はこれを使って、辺境の別荘を最高の要塞……もとい、快適な引きこもりシェルターに改造する計画を練り始めた。


(まずは温泉。魔法で地下水を掘り当てて、全自動で温度調節できる露天風呂を作るの。それから、本棚を自動で整理してくれる魔法生物も作りたいな……)


想像が膨らみ、私の心のボルテージは最高潮に達する。


気づけば、馬車は急勾配の山道に入っていた。


王都から数日。ようやく、私の「楽園」が見えてくるはずだ。


(お喋りな妹も、浮気性の王子も、冷酷な父親も、もういない。待ってて、私のスローライフ!)


馬車が大きく揺れて止まった。


「……お嬢様。着きましたぜ。ここが……例の別荘です」


御者の声が、妙に震えている。


私は意気揚々と馬車を降りた。


目の前に広がっていたのは、草木がぼうぼうに生い茂り、屋根が半分崩れ落ち、壁には不気味な蔦が絡まりついた、正真正銘の「幽霊屋敷」だった。


(……素晴らしい。リフォームのやりがいがありすぎるじゃない!)


私は感動のあまり、無言で杖を強く握りしめた。


「うわあああ! やっぱり魔法を使う気だ! お助けをー!」


御者は私の荷物を地面に放り出すと、脱兎のごとく馬車を走らせて去っていった。


静寂が訪れる。


風に揺れる蔦の音と、遠くで鳴く鳥の声。


私はボロボロの門を潜り、一人、その屋敷を見上げた。


(さて……。まずは玄関を爆破……じゃなくて、開錠することから始めようかな)


私の、本当の意味での「沈黙の戦い」が幕を開けたのである。
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