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(……あああああ! もう嫌! 自分の口が嫌い! なんで『こんにちは』の五文字が言えなくて、『……っ(地獄の底からの唸り声)』になっちゃうのよ!)
私はカイル様が帰った後、修復したばかりのふかふかベッドに顔を埋めて悶絶していた。
心が読まれていると分かっていても、やはり対面すると緊張して脳内の語彙が霧散してしまう。
このままでは、私はカイル様にとって「たまに面白いことを考える、顔の怖い置物」になってしまうわ!
(……待って。喋るのがダメなら、書けばいいんじゃない?)
私はガバッと起き上がった。
幸い、私はペンを持てば公爵家随一の「冷徹かつ完璧な事務処理マシン」になれるのだ。
私は早速、工房に籠もって新しい魔導具の開発に着手した。
(えーと、私の魔力に反応して、頭に浮かんだ言葉を空中に投影する……いや、それは恥ずかしすぎるから没。手元のボードに文字が浮かび上がるようにして……)
数時間後。私は一枚の美しい銀のプレートを完成させた。
名付けて『お喋りお嬢様の毒舌ボード(仮)』。
(よし。これでカイル様とも、優雅で知的な会話ができるはずだわ!)
私は期待に胸を膨らませ、そのボードを抱えてテラスへと向かった。
ちょうどそこへ、今日も今日とて「お邪魔するよ」と爽やかな笑顔でカイル様が空から(正確には、私の張った防御結界を鮮やかに飛び越えて)現れた。
「やあ、ルミール。今日は何やら面白そうなものを持っているね。……おや、心の中で『これで貴様を論破してやる』と息巻いているのが聞こえるが」
(ギクッ。……そんなこと思ってないわよ。ただ、コミュニケーションを円滑にしようという建設的な努力よ!)
私は深呼吸をして、顔面を「今まさに国家転覆の合図を出そうとする黒幕」のような険しさで固定すると、銀のボードをカイル様に突き出した。
ボードの上に、流麗な文字が浮かび上がる。
『カイル様。本日もご機嫌麗しく。素晴らしい茶葉が入りましたので、ご一緒しませんか?』
「…………ほう」
カイル様は感心したように目を細めた。
「これはすごい。君の筆跡は、まるで教会の聖典のように気高く、美しい。……だが、顔が『この茶を飲んだら最後、二度と太陽は拝めないと思え』と言っているのが玉に瑕だね」
(うるさーーーい! 顔は仕様なの! 変えられないの!)
私はボードを叩いた。
『顔のことは無視してください。これが私の「真実の声」です。さあ、どうぞ』
「真実の声……ね。心の中では『早く座って! 自慢のスコーンが冷めちゃう! あと今日の服もカッコいいですね悔しい!』と絶叫しているのに、ボードの上ではこんなに淑女然としている。……ふふ、面白い武器を手に入れたね、ルミール」
カイル様は楽しそうに椅子に座った。
(武器じゃないわよ、コミュニケーションツールよ! ……あ、そうだ。聞きたいことがあったんだ)
私はペンを走らせるように、魔力で文字を書き換えた。
『カイル様。昨日の「最初から知っていた」という言葉。……どういう意味ですか? 私たちは、どこかで会ったことがありましたか?』
私の内面は、不安と期待で渦巻いていた。
カイル様はスコーンを一口食べると、少しだけ遠くを見るような目をした。
「……覚えているかな。五年前。王立魔導図書館の裏庭で、一羽の怪我をした魔鳥を介抱していた少女のことを」
(……え?)
記憶の底から、古い情景が浮かび上がった。
そういえば、社交界デビューの直前。緊張で吐きそうになりながら逃げ込んだ図書館の裏で、羽の折れた小さな鳥を見つけたことがあった。
私は誰にも見られないように、必死に(そして顔を怖く歪めながら)治癒魔法をかけていたのだ。
「あの時、君は鳥に向かって、とても優しい声で……『痛いの痛いの、飛んでいけ』と呟いていた。……僕もあそこに、静寂を求めて隠れていたんだ」
(…………ひぎゃああああああああ!! 見られてた!? あの黒歴史級の痛いセリフを!?)
私の内面の絶叫が、あまりの衝撃で物理的な衝撃波となってテラスのティーカップを揺らした。
「ははは! そんなに赤くならないでくれ。……君はあの頃から、誰にも理解されない孤独の中で、独り言を言っていた。……僕はあの時、初めて『この人の声をもっと聴いてみたい』と思ったんだよ」
(……な、なに。なんなのこの、胸がキュンとするような告白は。ダメ、心臓が持たない。ボードに文字が書けない……!)
私は震える手で、なんとかボードに一文字だけ浮かび上がらせた。
『……バカ』
「心の中では『もう、好きになっちゃうじゃない!』と叫んでいるのに、ボードではそれだけか。……ルミール。筆談という武器、なかなか使い勝手が良さそうだね」
カイル様は、私の真っ赤になった顔(外見上は、怒りで爆発しそうな火山の如き表情)を慈しむように見つめた。
お喋りな心と、美しい筆跡。
二人の間の距離は、言葉を使わないことで、より一層縮まっていくのだった。
私はカイル様が帰った後、修復したばかりのふかふかベッドに顔を埋めて悶絶していた。
心が読まれていると分かっていても、やはり対面すると緊張して脳内の語彙が霧散してしまう。
このままでは、私はカイル様にとって「たまに面白いことを考える、顔の怖い置物」になってしまうわ!
(……待って。喋るのがダメなら、書けばいいんじゃない?)
私はガバッと起き上がった。
幸い、私はペンを持てば公爵家随一の「冷徹かつ完璧な事務処理マシン」になれるのだ。
私は早速、工房に籠もって新しい魔導具の開発に着手した。
(えーと、私の魔力に反応して、頭に浮かんだ言葉を空中に投影する……いや、それは恥ずかしすぎるから没。手元のボードに文字が浮かび上がるようにして……)
数時間後。私は一枚の美しい銀のプレートを完成させた。
名付けて『お喋りお嬢様の毒舌ボード(仮)』。
(よし。これでカイル様とも、優雅で知的な会話ができるはずだわ!)
私は期待に胸を膨らませ、そのボードを抱えてテラスへと向かった。
ちょうどそこへ、今日も今日とて「お邪魔するよ」と爽やかな笑顔でカイル様が空から(正確には、私の張った防御結界を鮮やかに飛び越えて)現れた。
「やあ、ルミール。今日は何やら面白そうなものを持っているね。……おや、心の中で『これで貴様を論破してやる』と息巻いているのが聞こえるが」
(ギクッ。……そんなこと思ってないわよ。ただ、コミュニケーションを円滑にしようという建設的な努力よ!)
私は深呼吸をして、顔面を「今まさに国家転覆の合図を出そうとする黒幕」のような険しさで固定すると、銀のボードをカイル様に突き出した。
ボードの上に、流麗な文字が浮かび上がる。
『カイル様。本日もご機嫌麗しく。素晴らしい茶葉が入りましたので、ご一緒しませんか?』
「…………ほう」
カイル様は感心したように目を細めた。
「これはすごい。君の筆跡は、まるで教会の聖典のように気高く、美しい。……だが、顔が『この茶を飲んだら最後、二度と太陽は拝めないと思え』と言っているのが玉に瑕だね」
(うるさーーーい! 顔は仕様なの! 変えられないの!)
私はボードを叩いた。
『顔のことは無視してください。これが私の「真実の声」です。さあ、どうぞ』
「真実の声……ね。心の中では『早く座って! 自慢のスコーンが冷めちゃう! あと今日の服もカッコいいですね悔しい!』と絶叫しているのに、ボードの上ではこんなに淑女然としている。……ふふ、面白い武器を手に入れたね、ルミール」
カイル様は楽しそうに椅子に座った。
(武器じゃないわよ、コミュニケーションツールよ! ……あ、そうだ。聞きたいことがあったんだ)
私はペンを走らせるように、魔力で文字を書き換えた。
『カイル様。昨日の「最初から知っていた」という言葉。……どういう意味ですか? 私たちは、どこかで会ったことがありましたか?』
私の内面は、不安と期待で渦巻いていた。
カイル様はスコーンを一口食べると、少しだけ遠くを見るような目をした。
「……覚えているかな。五年前。王立魔導図書館の裏庭で、一羽の怪我をした魔鳥を介抱していた少女のことを」
(……え?)
記憶の底から、古い情景が浮かび上がった。
そういえば、社交界デビューの直前。緊張で吐きそうになりながら逃げ込んだ図書館の裏で、羽の折れた小さな鳥を見つけたことがあった。
私は誰にも見られないように、必死に(そして顔を怖く歪めながら)治癒魔法をかけていたのだ。
「あの時、君は鳥に向かって、とても優しい声で……『痛いの痛いの、飛んでいけ』と呟いていた。……僕もあそこに、静寂を求めて隠れていたんだ」
(…………ひぎゃああああああああ!! 見られてた!? あの黒歴史級の痛いセリフを!?)
私の内面の絶叫が、あまりの衝撃で物理的な衝撃波となってテラスのティーカップを揺らした。
「ははは! そんなに赤くならないでくれ。……君はあの頃から、誰にも理解されない孤独の中で、独り言を言っていた。……僕はあの時、初めて『この人の声をもっと聴いてみたい』と思ったんだよ」
(……な、なに。なんなのこの、胸がキュンとするような告白は。ダメ、心臓が持たない。ボードに文字が書けない……!)
私は震える手で、なんとかボードに一文字だけ浮かび上がらせた。
『……バカ』
「心の中では『もう、好きになっちゃうじゃない!』と叫んでいるのに、ボードではそれだけか。……ルミール。筆談という武器、なかなか使い勝手が良さそうだね」
カイル様は、私の真っ赤になった顔(外見上は、怒りで爆発しそうな火山の如き表情)を慈しむように見つめた。
お喋りな心と、美しい筆跡。
二人の間の距離は、言葉を使わないことで、より一層縮まっていくのだった。
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