任せていたら、いつの間にか稀代の悪女として婚約破棄されました

萩月

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(……待って。ありえないわ。その手、今すぐ離しなさい。その虹色の輝き、サクサクの造形、それこそが私が今日この修羅場に降臨した唯一の理由なのよ!)


マカロンの山が築かれたテーブルの端。


最後の一つの「虹色マカロン」へと伸ばされた私の手と、同時にそのマカロンを掴もうとした謎の手。


私は反射的に、その手の主を「我が一族を皆殺しにした仇敵を奈落の果てまで追い詰め、魂の一滴まで搾り取ろうとする執念の鬼」のような形相で睨みつけた。


「……っ!」


「ひ、ひぎゃあああ!? なんだ、この凄まじい魔圧は!? 目が、目が合っただけで寿命が三年縮んだぞ!」


悲鳴を上げたのは、豪華な王冠を少し斜めに被った、恰幅の良い初老の男性だった。


(……王冠? え、まさか。カイル様の国の、国王様!? 大変、私、マカロン一つで一国の王を暗殺しかけたわ!)


「……叔父上。残念ですが、そのマカロンは彼女のものです。これ以上彼女を刺激すると、この城の屋根が物理的に吹き飛びますよ」


カイル様が溜息混じりに割って入り、国王の手からマカロンをひょいと奪って私に差し出した。


「あ、ああ……カイル。この娘が、噂の『賢者』か。賢者というより、もはや『災厄』に近い気迫だが……。すまない、マカロンは譲ろう。命の方が大事だ」


国王は震えながら後退り、私は無言でマカロンを受け取った。


(やった……! ついに。ついに私の手に! ああ、輝いてる。食べるのが勿体ない……けど食べる!)


私が一口、至福のマカロンを噛み締め、そのあまりの美味しさに「全宇宙を等しく無に帰し、新たな神として君臨することを決意した超越者」のような恍惚の表情を浮かべていた、その時。


「……いい加減になさい! こんな茶番、認められませんわ!」


背後から、再びラーナの金切り声が響いた。


彼女はエリオット王子の腕を振り払い、床に転がっていた魔導具の破片を指差して叫ぶ。


「カイル公爵! 貴方はこの女の魔力に惑わされているだけです! お姉様は昔から、こうして周囲を威圧して、思い通りに物事を運んできたのです! 私の声を奪い、私の手柄を奪い、挙句の果てには毒を……!」


(……まだやるの? しつこいわね。マカロンの余韻に浸らせてよ。今、私の脳内では天使が合唱してる最中なんだから!)


「……ルミール。君は、自分の声で反論する気はないのかい?」


カイル様が、優しく私に問いかけた。


(反論? 無理よ、口の中にマカロンが入ってるし、そもそも一言も出ないわよ!)


私は首を横に振り、鋭い眼光をラーナに向けた。


「……嘘、だ」


(「貴方の言っていることは全て出鱈目です。いい加減に現実を見なさい」という、冷徹な一喝!)


「嘘!? 証拠もなしによくそんなことが言えますわね! 証拠なら私の涙が……!」


「証拠なら、ここにあるよ」


カイル様が、懐から小さな銀色の宝珠を取り出した。


それは、隣国に伝わる禁忌の魔導具の一つ、『真実の回想録(メモリー・オブ・ルナ)』。


「これは、特定の人物が過去に発した『悪意ある声』を記録し、再生する魔法具だ。……先日、僕が君たちの公爵邸を『視察』した際に、少しだけ設置させてもらってね」


(カイル様、いつの間に!? っていうか、不法侵入の上に盗聴までしてたの!? やっぱりこの人、一番怒らせちゃいけないタイプだわ!)


カイル様が宝珠を指先で弾くと、会場の中央に巨大な魔法陣が展開された。


そして、そこから聞こえてきたのは、ラーナの、隠しきれない本音の混じった声だった。


『——お姉様、今日は私が代わりに喋ってあげるから黙っててね。……ふふ、あのアホ面。私が適当に「毒を盛る」って言えば、王子様はコロッと信じてくれるわ』


『——お姉様の書いた外交文書、私の名前に書き換えるの、もう慣れちゃったわ。あんなコミュ障、利用されるために生きてるようなものですもの』


会場が、水を打ったように静まり返った。


エリオット王子の顔が、青を通り越して真っ白になっていく。


(……わぁ。高音質。私の脳内のツッコミがそのまま録音されてるみたいだわ)


「こ、これは捏造ですわ! お姉様の魔法ですわ!」


「……残念ながら、この魔導具は王家の紋章が刻印された公的なものだ。捏造は不可能だよ」


カイル様の冷たい声が、逃げ場のないラーナを追い詰める。


「さあ、王子。君が信じていた『真実』の正体だ。……どう責任を取るつもりだい?」


エリオット王子はガタガタと震え、隣にいるラーナの手を汚いものでも見るかのように振り払った。


「ら、ラーナ……貴様、私を、私を騙していたのか……!」


「エ、エリオット様!? 違います、これは……!」


断罪の天秤は、一瞬にして逆転した。


私は、最後の一口のマカロンを飲み込み、優雅に(実際は緊張で指先が震えながら)銀のボードを掲げた。


『マカロン、ごちそうさまでした。とても美味しかったです。……あ、お話の続きは、衛兵さんたちとごゆっくりどうぞ』


私の「満面の笑み(=人類滅亡の宣告)」を受けたラーナは、その場で泡を吹いて倒れ込んだ。


(……ふぅ。これでやっと、静かに次のスイーツが食べられるわね)


私の「真実を暴く夜」は、砂糖の甘い香りと共に、華やかに幕を閉じたのである。
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