任せていたら、いつの間にか稀代の悪女として婚約破棄されました

萩月

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(……ひっ、人が多い! 空気が薄い! 全員が私を「今から誰を呪うのかしら」という目で見てるわ! 帰りたい、今すぐ辺境の土になりたい!)


馬車の扉が開いた瞬間、王城の舞踏会場から溢れ出した光と喧騒に、私の精神は瞬時に崩壊の危機を迎えた。


エスコートするカイル様の腕を、私は骨が軋むほどの力で握りしめる。


あまりの恐怖と緊張に、私の顔面は「この会場にいる者すべての魂を等しく地獄へ引きずり込もうとする死神」の如き凄絶な迫力を放っていた。


「……っ!」


私が一歩、レッドカーペットに足を踏み出した瞬間。


それまで賑やかだった会場が、まるで魔法で時を止められたかのように、静まり返った。


「……あ、あれは、ルミール様……?」


「追放されたはずなのに、なんて恐ろしいオーラなの……。隣国のカイル公爵を従えているなんて……」


(従えてないわよ! むしろ、私がこの人に捕獲されて連れてこられたのよ! 助けて、衛兵さん! このイケメンを不法侵入罪で捕まえて!)


私は必死に助けを求めたが、私の眼光を受けた衛兵たちは、一斉に視線を逸らして直立不動の姿勢を取った。


「ははは。ルミール、君が歩くたびに道が開けるね。モーゼの十戒を見ているようだ」


(笑い事じゃないわよカイル様! 私の胃は今、マカロンを求めて戦場のような悲鳴を上げているんだから!)


会場の奥へと進むと、そこには案の定、私たちの到着を待ち構えていた一団がいた。


エリオット王子と、その腕にしがみつくラーナだ。


「お、お姉様……! よくも、よくもまた、厚顔無恥にも私たちの前に姿を現せましたわね!」


ラーナが、待ってましたと言わんばかりに声を張り上げた。


会場中の注目が、再び私たちに集まる。


(……あー、始まった。ラーナの「被害者ごっこ」第二幕。今日のシナリオは何かしら? 毒? 呪い? それとも私の顔が怖すぎて、会場の装飾が枯れたとか?)


ラーナは潤んだ瞳で周囲を見渡し、大げさに肩を震わせた。


「皆様、聞いてください! この方は、隣国のカイル公爵を誘惑し、禁忌の魔法を使って私を……私の声を奪おうとしたのですわ!」


(奪ってないわよ! っていうか、あんたのその金切り声、会場中に響き渡ってるじゃない。元気すぎて耳が痛いわ!)


ラーナはなおも続ける。


「あの日、辺境へお見舞いに行った私に、お姉様は……あんなに恐ろしい呪いの言葉を吐きかけました! エリオット様も、その証人ですわ!」


「……そうだ、ルミール」


エリオット王子が、どこか陶酔したような、気味の悪い視線を私に向けてきた。


「あの日、君が私に放ったあの『愛の告白』……。憎しみすら超えた、執着の塊のようなあの言葉、私は忘れていない。だが、やりすぎだ。ラーナを怯えさせて私を困らせるなど、淑女のすることではないぞ」


(……愛の告白? 私が? いつ!? 「地獄へ落ちろ」って言ったのが、この王子の脳内では「一生一緒にいてくれ」に変換されたの!? 怖い! ラーナよりこの王子の脳内の方が、よっぽど禁忌の魔法だわ!)


私はあまりの嫌悪感に、顔面を「今すぐこの男の脳味噌を洗浄し、記憶を全て消去した上で奈落に突き落とそうと企む魔女」の表情に歪ませた。


「……キ、モい」


(「貴方の思考回路が理解不能すぎて、吐き気がします」という、魂からの拒絶!)


私の地を這うような低い声に、周囲の貴族たちが「ヒッ!」と短い悲鳴を上げて後退りした。


「お、お姉様! またそうやって、公衆の面前で恐ろしい呪いを……! ああ、エリオット様、私はもう……!」


ラーナがその場に倒れ込もうとした、その時。


「……おや、面白いことを言うね」


カイル様が、一歩前に出た。


その圧倒的な美貌と、冷ややかな魔圧に、ラーナの「倒れる演技」が途中で止まる。


「僕の婚約者候補が、そんな効率の悪い魔法を使うと思うかい? 彼女は『賢者』だよ。君のような……そう、中身のない声を奪うくらいなら、一瞬でこの会場の酸素を消し去る術式を組む方が、彼女にとっては簡単だろうに」


(カイル様! フォローになってないわよ! 私が大量殺戮兵器みたいじゃないの!)


「カ、カイル公爵! 貴方は騙されているのです! その女は……!」


「騙されている? ……いいや、僕は彼女の『真実の声』を、世界で一番よく知っているんだ」


カイル様は、跪くようにして私の手を取った。


「彼女が今、心の中で何を叫んでいるか、教えてあげようか? ……『早くマカロンを食べたい。邪魔をする奴は、岩石のゴーレムにして庭の肥やしにしてやる』……だそうだよ」


(…………あ。バレた)


私は、図星を突かれて、思わず顔を背けた。


しかし、その動作は「これ以上僕を怒らせると、本当にこの会場を更地にするぞ」という沈黙の脅迫に見えたらしい。


「ひ、ひいいいっ……!」


ラーナは今度こそ、本気で腰を抜かして床にヘタリ込んだ。


エリオット王子も、私の「マカロンへの執念(=魔王の気迫)」に圧され、何も言えずに立ち尽くしている。


「……さあ、ルミール。邪魔者は消えた。マカロンの山が、君を待っているよ」


カイル様は、私の肩を抱き、呆然とする群衆の中を悠々と歩き出した。


(……やった。マカロン。ついにマカロンへ手が届くわ! ラーナも王子も、甘い砂糖菓子の前では、ただの障害物でしかないわ!)


私の「断罪の再演」は、こうして「食欲による圧勝」というシュールな結末で幕を閉じた。


だが、マカロンのテーブルに辿り着いた瞬間、私の目の前に現れたのは。


最後の一つのマカロンを手に取ろうとする、見覚えのある別の「敵」の手だった。
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