任せていたら、いつの間にか稀代の悪女として婚約破棄されました

萩月

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(……な、なに。なんなの、この完璧すぎるシチュエーションは。夕陽が沈んで空が紫とオレンジのグラデーションになって、風が花の香りを運んできて、目の前には最高級の正装をしたイケメン公爵……)


私は、魔改造によって自動調光機能を備えたバルコニーの特等席で、石像のように固まっていた。


舞踏会から戻って数日。私たちの別荘……もとい、私の「聖域」には、以前にも増して穏やかで、けれどどこか甘い空気が流れていた。


カイル様は、手にしたティーカップをテーブルに置くと、真っ直ぐに私を見つめた。


(ひっ……! 目が、目が合ってる! 心臓が太鼓の達人みたいなリズムを刻んでる! これ、絶対聞こえてるよね!? 恥ずかしい、今すぐ光合成して消えてしまいたい!!)


あまりの緊張と高揚により、私の表情筋は「愛する者を自らの手で葬り、その美しさを永遠に固定しようと決意した狂気の貴公子」のような凄絶な色香と恐怖を放っていた。


「……ルミール。君はいつも、心の中ではそんなに賑やかなのに。……僕の前では、一言もくれないんだね」


カイル様の声は、いつになく低く、震えていた。


(ち、違うの! 言いたいことは山ほどあるの! 「今日のネクタイの色も素敵ですね」とか「フレンチトーストのおかわりをありがとう」とか、もっと大事な……「貴方が好きです」とか!)


「……っ」


私は口を開こうとしたが、やはり喉が引き攣って音にならない。


私の顔面は、自分の不甲斐なさに激昂し、「全世界の喉という喉を破壊してやる」という呪詛を吐きそうな気迫に満ちていた。


カイル様は苦笑し、椅子から立ち上がると、私の前に跪いた。


「((((((((((ひぎゃああああああああ!? ひ、膝をついた!? 王子でもやらないような、ガチの騎士の礼だわこれ!!)))))))))))


「ルミール。……僕は、他人の本音が聞こえてしまうこの呪われた耳を、ずっと忌み嫌っていたんだ。誰もが仮面を被り、心の中で醜い欲望を叫んでいる。そんな世界に、僕は絶望していた」


カイル様は私の手をとり、その細い指先に、熱い唇を寄せた。


「……けれど。君に会って、世界が変わった。君の心は、いつだって驚くほど真っ直ぐで、騒がしくて……そして、誰よりも温かい。……僕は、君の『真実の声』に、救われたんだ」


(カイル様……。……私、ただのコミュ障で、魔法オタクで、ポテチが好きなだけの女だよ? そんな、世界が変わったなんて、大げさだわ……)


「大げさじゃない。……ルミール。僕は、君の隣で、その賑やかすぎる愛の歌を、一生聴いていたいんだ。……僕と、結婚してくれないか?」


(…………けっ、けっ、けっこん!? ウェディングドレス!? 披露宴!? また人がたくさん集まるところに行かなきゃいけないの!?)


私の脳内は一瞬、パニックに染まった。


しかし。カイル様の手の温かさと、その瞳に宿る真剣な光を見た瞬間。


(……でも。カイル様と一緒なら。二人きりで、この別荘で、時々温泉に入って、お茶を飲んで、魔法の研究をして……。……うん。それなら、悪くない。……ううん。それが、私の本当の『幸せ』なんだわ)


私は、真っ赤になった顔(外見は「死を覚悟した敵将に、最後の一撃を食らわせる直前の覇王」)で、カイル様を凝視した。


そして、銀のボードを取り出すことも忘れ、心の中で、これ以上ないほど大きな声で叫んだ。


((((((((((はい! 私でよければ、喜んで!! 世界で一番、貴方のことが大好きです!!)))))))))))


私の「心の叫び」は、あまりの魔圧により、周囲の空気をバチバチと放電させた。


カイル様は、眩しいものを見るように目を細め、幸せそうに笑った。


「……ああ。聞こえたよ。……今、君の心が、太陽よりも明るく輝いたのが見えた」


カイル様は私を抱き寄せ、その広い胸の中に私を閉じ込めた。


(……温かい。カイル様の匂いだ。……あ。私、今、すごく幸せ……)


私の内面は、これまでの孤独を全て溶かすような、柔らかな光に包まれていった。


「……っ、ルミール! 今の心の声、もう一度言ってくれないか? 『大好き』のところを、あと百回くらい!」


(えっ!? 無理! 恥ずかしい! 百回も叫んだら、魔力が空っぽになってこの屋敷が爆発しちゃうわよ!)


私の「幸せな悲鳴」は、辺境の静かな夜に、どこまでも賑やかに響き渡るのだった。
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