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「……お父様。今、なんとおっしゃいました? 私の耳が、ついに怠惰のあまり幻聴を聞き始めたのかしら」
私は、自室のソファで「最高級どら焼き」を頬張りながら、目の前に立つ父を半眼で見上げた。
「幻聴ではない。明日の午後、隣国のバルトシュ公爵家の嫡男とお見合いをしてもらう。これは決定事項だ、ディアナ」
父は珍しく、威厳のある表情で腕を組んでいる。
「嫌ですわ。明日の午後は、庭の木漏れ日が一番美しく差し込む時間帯に、テラスで『無』になる予定が入っていますもの」
「お前の予定は、いつも『無』か『寝る』か『食べる』の三択ではないか! 流石に、婚約破棄から一ヶ月も経ってこれでは、親として世間に顔向けできん!」
父は、机の上に一枚の肖像画を叩きつけた。
そこに描かれていたのは、いかにも「誠実さが服を着て歩いています」と言わんばかりの、爽やかな美青年だった。
「見てみろ。バルトシュ公爵家のゼノス殿だ。剣術の達人で、性格も温厚。お前の『定休日』についても、事前に『お疲れなのでしょう』と理解を示してくれているぞ」
「……理解? それは一番厄介なタイプですわね。そういう『優しい包容力』のある男性は、結婚した途端に『君もそろそろ社会復帰しようか』なんて、爽やかな笑顔でナイフを突きつけてくるものよ」
私はどら焼きの最後の一口を飲み込み、重い腰を上げた。
「結婚とは、私にとって『終身雇用の再契約』に他なりません。私はもう、誰かの妻という役職に就くつもりはないのです」
「しかし、相手は既に王都に来ているのだぞ! 断るにしても、一度は会わねば角が立つ。……いいか、ディアナ。明日は公爵令嬢らしく、最高に美しく装って迎えるのだ」
「……。わかりました。そこまでおっしゃるのなら、お会いしましょう」
私は、不敵な笑みを浮かべた。
「ただし、お相手が私に絶望して、泣きながら逃げ出しても責任は取りませんわよ?」
「……? まあ、お前の美貌なら、そんなことは起こり得んだろうが。頼んだぞ」
父が部屋を出ていくと同時に、私はクローゼットの奥から「秘蔵のアイテム」を取り出した。
「……お嬢様。まさか、それを?」
影のように控えていたセバスが、不安げに問いかける。
「ええ。セバス。明日の私は、公爵令嬢ではありません。……『生理的に受け付けない女』になるのよ」
「具体的には、どのような作戦で?」
「まずは、この『一番派手でセンスの悪いドレス』。次に、この『目がチカチカするほど塗りたくった化粧』。そして仕上げに……」
私は、鏡の前で顔の筋肉を最大限に動かした。
「……この『変顔』よ!」
鏡の中には、鼻の穴を膨らませ、目をあさっての方向に向け、口を歪めた「元・氷の悪役令嬢」がいた。
「……。お嬢様。そのお顔は、国家間の友好を物理的に破壊するレベルでございます」
「最高のご褒美ね。これなら、どんな聖人君子でも『あ、この人とは一生を共にできない』と確信するはずだわ」
翌日。お見合いの会場となったサロン。
私は、父の言いつけ通り(?)に着飾っていた。
ただし、ドレスは真っ赤と真っ黄色のストライプ柄。頭には巨大な羽飾りがこれでもかと突き刺さっている。
扉が開き、バルトシュ公爵家のゼノス殿が入ってきた。
「……初めまして、ディアナ様。本日はお招きいただき、誠に……」
ゼノス殿が私を見た瞬間、彼の動きがピタリと止まった。
無理もない。目の前に座っているのは、極彩色のドレスに身を包み、今まさに「全力の変顔」で彼を睨みつけている女なのだから。
「ほ、ふぉんじつは、おこひいただき……ぁりがとうごじゃいまふ」
私は、わざと発音を崩し、さらに白目を剥いて彼に手を差し出した。
(さあ、逃げなさい! 『この女は狂っている』と叫んで、今すぐ屋敷を飛び出すのよ!)
私は心の中で、勝利のガッツポーズを予感していた。
しかし。
「……。……素晴らしい」
「……は?」
ゼノス殿は、ハッとしたように目を見開くと、私の手を両手で包み込んだ。
「なんて……なんて個性的なんだ! 王都の令嬢たちは皆、同じような顔をして同じようなことを言う。だが、あなたは違う! その、常識を遥か彼方に置き去りにしたような表現力……感動しました!」
「……。え、あ、ちょっ……?」
「ディアナ様! もっと、もっとそのお顔を見せてください! 私の魂が、今、かつてないほど激しく揺さぶられています!」
(……嘘でしょう!? この男、そっちの属性(マニア)だったの!?)
私の「お見合いぶち壊し作戦」は、予想だにしない方向へと転がり始めた。
私は、自室のソファで「最高級どら焼き」を頬張りながら、目の前に立つ父を半眼で見上げた。
「幻聴ではない。明日の午後、隣国のバルトシュ公爵家の嫡男とお見合いをしてもらう。これは決定事項だ、ディアナ」
父は珍しく、威厳のある表情で腕を組んでいる。
「嫌ですわ。明日の午後は、庭の木漏れ日が一番美しく差し込む時間帯に、テラスで『無』になる予定が入っていますもの」
「お前の予定は、いつも『無』か『寝る』か『食べる』の三択ではないか! 流石に、婚約破棄から一ヶ月も経ってこれでは、親として世間に顔向けできん!」
父は、机の上に一枚の肖像画を叩きつけた。
そこに描かれていたのは、いかにも「誠実さが服を着て歩いています」と言わんばかりの、爽やかな美青年だった。
「見てみろ。バルトシュ公爵家のゼノス殿だ。剣術の達人で、性格も温厚。お前の『定休日』についても、事前に『お疲れなのでしょう』と理解を示してくれているぞ」
「……理解? それは一番厄介なタイプですわね。そういう『優しい包容力』のある男性は、結婚した途端に『君もそろそろ社会復帰しようか』なんて、爽やかな笑顔でナイフを突きつけてくるものよ」
私はどら焼きの最後の一口を飲み込み、重い腰を上げた。
「結婚とは、私にとって『終身雇用の再契約』に他なりません。私はもう、誰かの妻という役職に就くつもりはないのです」
「しかし、相手は既に王都に来ているのだぞ! 断るにしても、一度は会わねば角が立つ。……いいか、ディアナ。明日は公爵令嬢らしく、最高に美しく装って迎えるのだ」
「……。わかりました。そこまでおっしゃるのなら、お会いしましょう」
私は、不敵な笑みを浮かべた。
「ただし、お相手が私に絶望して、泣きながら逃げ出しても責任は取りませんわよ?」
「……? まあ、お前の美貌なら、そんなことは起こり得んだろうが。頼んだぞ」
父が部屋を出ていくと同時に、私はクローゼットの奥から「秘蔵のアイテム」を取り出した。
「……お嬢様。まさか、それを?」
影のように控えていたセバスが、不安げに問いかける。
「ええ。セバス。明日の私は、公爵令嬢ではありません。……『生理的に受け付けない女』になるのよ」
「具体的には、どのような作戦で?」
「まずは、この『一番派手でセンスの悪いドレス』。次に、この『目がチカチカするほど塗りたくった化粧』。そして仕上げに……」
私は、鏡の前で顔の筋肉を最大限に動かした。
「……この『変顔』よ!」
鏡の中には、鼻の穴を膨らませ、目をあさっての方向に向け、口を歪めた「元・氷の悪役令嬢」がいた。
「……。お嬢様。そのお顔は、国家間の友好を物理的に破壊するレベルでございます」
「最高のご褒美ね。これなら、どんな聖人君子でも『あ、この人とは一生を共にできない』と確信するはずだわ」
翌日。お見合いの会場となったサロン。
私は、父の言いつけ通り(?)に着飾っていた。
ただし、ドレスは真っ赤と真っ黄色のストライプ柄。頭には巨大な羽飾りがこれでもかと突き刺さっている。
扉が開き、バルトシュ公爵家のゼノス殿が入ってきた。
「……初めまして、ディアナ様。本日はお招きいただき、誠に……」
ゼノス殿が私を見た瞬間、彼の動きがピタリと止まった。
無理もない。目の前に座っているのは、極彩色のドレスに身を包み、今まさに「全力の変顔」で彼を睨みつけている女なのだから。
「ほ、ふぉんじつは、おこひいただき……ぁりがとうごじゃいまふ」
私は、わざと発音を崩し、さらに白目を剥いて彼に手を差し出した。
(さあ、逃げなさい! 『この女は狂っている』と叫んで、今すぐ屋敷を飛び出すのよ!)
私は心の中で、勝利のガッツポーズを予感していた。
しかし。
「……。……素晴らしい」
「……は?」
ゼノス殿は、ハッとしたように目を見開くと、私の手を両手で包み込んだ。
「なんて……なんて個性的なんだ! 王都の令嬢たちは皆、同じような顔をして同じようなことを言う。だが、あなたは違う! その、常識を遥か彼方に置き去りにしたような表現力……感動しました!」
「……。え、あ、ちょっ……?」
「ディアナ様! もっと、もっとそのお顔を見せてください! 私の魂が、今、かつてないほど激しく揺さぶられています!」
(……嘘でしょう!? この男、そっちの属性(マニア)だったの!?)
私の「お見合いぶち壊し作戦」は、予想だにしない方向へと転がり始めた。
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