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「……はぁ。やっと静かになったわね、セバス」
私はサロンのソファにぐったりと沈み込み、氷水で冷やしたタオルを顔に乗せた。
変顔を維持し続けたせいで、頬の筋肉がプルプルと震えている。まさか「変顔」が「アバンギャルドな芸術」として絶賛されるなんて、人生何が起こるか分からないわね。
「お疲れ様でございました、お嬢様。ゼノス様は今頃、王宮の地下室で書類の不備について執拗な尋問を受けているはずです」
「……カイルの仕業ね、間違いなく。あいつ、相変わらずやり方がえげつないわ」
タオル越しに文句を言っていると、向かいのソファに誰かが座る気配がした。タオルの隙間から片目だけ覗くと、そこには眉間にこれでもかと深い皺を刻んだカイルが座っていた。
「えげつないとは心外だな。私は正当な手続きに従って、不審な他国の貴族を調査しただけだ」
「嘘おっしゃい。あなたのその『正当な手続き』で、今まで何人の貴族が再起不能になったと思っているのよ」
私はタオルを剥ぎ取り、カイルをジロリと睨んだ。カイルは動じることなく、手元のティーカップを口に運ぶ。
「それよりディアナ、話がある。……君の『定休日』は、このままでは崩壊するぞ」
「……なんですって? 私の聖域が脅かされているというの?」
「当たり前だろう。今回のお見合い騒動で証明された。君は放っておくと、変な虫を引き寄せる。……あのような変態的芸術家気取りを、いちいち私が追い払うのにも限界がある」
「あら、あなたが勝手にやってることじゃない。私はただ、寝ていたいだけなのよ」
カイルはカチャリとカップを置き、真っ直ぐに私を見据えた。
「だから、実力行使に出ることにした」
「……実力行使? 護衛でも増やすの?」
「いいえ。私が君の『隣』に常駐する」
私が聞き返す前に、サロンの扉が勢いよく開いた。そこには、数人の公爵邸の使用人たちが、大きな執務机や書棚、そして山のような書類を運び込んでくる姿があった。
「……ちょっと待ちなさい。何をしているの?」
「見ての通りだ。私の執務室を、一時的に君の寝室の隣の客間に移転させた。……これからは、君に会いたいという不届き者はすべて私が検閲する」
カイルは事務的な口調で淡々と告げた。
「客間……? 私の部屋のすぐ隣じゃない! ほぼ同居じゃないの!」
「語弊があるな。公的な『監視』だ。それに、君の父親……公爵閣下からも許可は得ている。『カイル君がいてくれるなら安心だ』と、泣いて喜んでいたぞ」
「お父様ぁ……! 娘を安売りしすぎよ!」
運び込まれる荷物の中には、書類だけでなく、カイルの着替えや私物の本、さらには枕まで混じっていた。
「……ねえカイル。あなた、まさか私の『定休日』に混ざるつもりじゃないでしょうね?」
「混ざる? まさか。私は仕事をする。君は寝る。……ただ、場所を共有するだけだ」
カイルはそう言いながら、運び込まれたばかりの椅子に座り、さっそくペンを握った。
「……でも、あなたが隣にいたら、私がポテトチップスを食べる音が聞こえちゃうじゃない」
「構わん。私は雑音には強い。……それに、君が一人で不健康な食生活を送っていないか、私がしっかり管理してやる」
「管理……!? 冗談じゃないわ! 『管理』なんて言葉、私の辞書からは削除したはずよ!」
「なら、新しい辞書をプレゼントしよう。一頁目には私の名前が書いてあるやつだ」
カイルはニヤリと、冷徹ながらもどこか楽しげな笑みを浮かべた。
「……。あなた、確信犯ね。私の自由を奪う代わりに、自分も休もうとしているんでしょ」
「……。さて、何のことかな。さあ、ディアナ。君は君の『公務』に戻れ。私は私の『監視』を始める」
「公務って……昼寝のこと?」
「そうだ。……いいか、私の目が届く範囲で、しっかりダラけるんだ。変な男に変な顔を見せる暇があったらな」
私は呆れて肩をすくめたが、どこか心の奥で、ほんの少しだけ安心している自分に気づいてしまった。
一人で戦う「定休日」は、意外と騒がしくて疲れる。
でも、この口うるさい幼馴染が隣でカリカリとペンを走らせているなら……その音をBGMに、もう少し深く眠れるかもしれない。
「……ふん。勝手にしなさい。その代わり、私のイビキがうるさくても文句言わないでよ?」
「ああ。君のイビキなら、もう十数年前から聞き慣れている」
「……一言余計よ!」
私はクッションをカイルに向かって投げつけ、自分の部屋へと逃げ込んだ。
背後でカイルがクスクスと笑う声が聞こえた。
こうして、私の「定休日」は、鉄壁の(そして少々過保護な)番人付きの生活へと変貌を遂げたのである。
私はサロンのソファにぐったりと沈み込み、氷水で冷やしたタオルを顔に乗せた。
変顔を維持し続けたせいで、頬の筋肉がプルプルと震えている。まさか「変顔」が「アバンギャルドな芸術」として絶賛されるなんて、人生何が起こるか分からないわね。
「お疲れ様でございました、お嬢様。ゼノス様は今頃、王宮の地下室で書類の不備について執拗な尋問を受けているはずです」
「……カイルの仕業ね、間違いなく。あいつ、相変わらずやり方がえげつないわ」
タオル越しに文句を言っていると、向かいのソファに誰かが座る気配がした。タオルの隙間から片目だけ覗くと、そこには眉間にこれでもかと深い皺を刻んだカイルが座っていた。
「えげつないとは心外だな。私は正当な手続きに従って、不審な他国の貴族を調査しただけだ」
「嘘おっしゃい。あなたのその『正当な手続き』で、今まで何人の貴族が再起不能になったと思っているのよ」
私はタオルを剥ぎ取り、カイルをジロリと睨んだ。カイルは動じることなく、手元のティーカップを口に運ぶ。
「それよりディアナ、話がある。……君の『定休日』は、このままでは崩壊するぞ」
「……なんですって? 私の聖域が脅かされているというの?」
「当たり前だろう。今回のお見合い騒動で証明された。君は放っておくと、変な虫を引き寄せる。……あのような変態的芸術家気取りを、いちいち私が追い払うのにも限界がある」
「あら、あなたが勝手にやってることじゃない。私はただ、寝ていたいだけなのよ」
カイルはカチャリとカップを置き、真っ直ぐに私を見据えた。
「だから、実力行使に出ることにした」
「……実力行使? 護衛でも増やすの?」
「いいえ。私が君の『隣』に常駐する」
私が聞き返す前に、サロンの扉が勢いよく開いた。そこには、数人の公爵邸の使用人たちが、大きな執務机や書棚、そして山のような書類を運び込んでくる姿があった。
「……ちょっと待ちなさい。何をしているの?」
「見ての通りだ。私の執務室を、一時的に君の寝室の隣の客間に移転させた。……これからは、君に会いたいという不届き者はすべて私が検閲する」
カイルは事務的な口調で淡々と告げた。
「客間……? 私の部屋のすぐ隣じゃない! ほぼ同居じゃないの!」
「語弊があるな。公的な『監視』だ。それに、君の父親……公爵閣下からも許可は得ている。『カイル君がいてくれるなら安心だ』と、泣いて喜んでいたぞ」
「お父様ぁ……! 娘を安売りしすぎよ!」
運び込まれる荷物の中には、書類だけでなく、カイルの着替えや私物の本、さらには枕まで混じっていた。
「……ねえカイル。あなた、まさか私の『定休日』に混ざるつもりじゃないでしょうね?」
「混ざる? まさか。私は仕事をする。君は寝る。……ただ、場所を共有するだけだ」
カイルはそう言いながら、運び込まれたばかりの椅子に座り、さっそくペンを握った。
「……でも、あなたが隣にいたら、私がポテトチップスを食べる音が聞こえちゃうじゃない」
「構わん。私は雑音には強い。……それに、君が一人で不健康な食生活を送っていないか、私がしっかり管理してやる」
「管理……!? 冗談じゃないわ! 『管理』なんて言葉、私の辞書からは削除したはずよ!」
「なら、新しい辞書をプレゼントしよう。一頁目には私の名前が書いてあるやつだ」
カイルはニヤリと、冷徹ながらもどこか楽しげな笑みを浮かべた。
「……。あなた、確信犯ね。私の自由を奪う代わりに、自分も休もうとしているんでしょ」
「……。さて、何のことかな。さあ、ディアナ。君は君の『公務』に戻れ。私は私の『監視』を始める」
「公務って……昼寝のこと?」
「そうだ。……いいか、私の目が届く範囲で、しっかりダラけるんだ。変な男に変な顔を見せる暇があったらな」
私は呆れて肩をすくめたが、どこか心の奥で、ほんの少しだけ安心している自分に気づいてしまった。
一人で戦う「定休日」は、意外と騒がしくて疲れる。
でも、この口うるさい幼馴染が隣でカリカリとペンを走らせているなら……その音をBGMに、もう少し深く眠れるかもしれない。
「……ふん。勝手にしなさい。その代わり、私のイビキがうるさくても文句言わないでよ?」
「ああ。君のイビキなら、もう十数年前から聞き慣れている」
「……一言余計よ!」
私はクッションをカイルに向かって投げつけ、自分の部屋へと逃げ込んだ。
背後でカイルがクスクスと笑う声が聞こえた。
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