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「……カイル。あなた、さっきから一頁も進んでいないわよ。その『最新版・関税法規集』、そんなに難解なのかしら?」
私は、カウチソファに寝そべってクッションを抱えながら、デスクに向かう男の背中に声をかけた。
窓からは午後の柔らかな陽光が差し込み、部屋の中には古書の香りと、カイルが淹れた紅茶の香りが混ざり合っている。
カイルはペンを置き、ゆっくりとこちらを振り返った。その手元にあるのは、法規集ではなく……。
「……。失礼な。これは『隣国における午睡の文化とその経済的影響』という、非常に重要な資料だ」
「嘘おっしゃい。それ、私が昨日読み捨てた『騎士団長と秘密の果実』っていう、ただの恋愛小説じゃない」
「……。バレたか。いや、あまりにも君が幸せそうに寝息を立てるものだから、何がそんなに君を眠りに誘うのかと研究していたんだ」
カイルは悪びれる様子もなく、本を閉じて眼鏡を外した。
「……ふん。仕事の鬼が、ついに私の『定休日』に毒されたわね。いい傾向だわ」
「毒されたのではない。順応したと言ってほしいな。……それにしても、静かだ」
カイルは窓の外、静まり返った公爵邸の庭園に視線を向けた。
「ええ、本当に。王子が騒ぐことも、お見合い相手が絶叫することもない。……あなたが隣に居座ってから、驚くほど平穏だわ」
「私の鉄拳……いや、鉄壁の事務処理のおかげだな。君に届く手紙は、すべて私が『重要度・低(ゴミ箱行き)』に分類しているからね」
「……。私のプライバシーはどこへ行ったのかしら」
私はそう言いながらも、カウチの上でさらに体を丸めた。
不思議なことに、カイルが同じ空間にいると、一人の時よりも「静か」に感じるのだ。
「ねえ、カイル。あなた、疲れていないの? 王宮の仕事を引き受けて、さらに私の番人までして」
「疲れていないと言えば嘘になる。だが、こうして君がダラだらとしている姿を眺めるのは、意外と悪くない休息だよ」
「……。私の廃人姿が、あなたにとっての癒やしだなんて、趣味が悪いわね」
「自覚はある。……さて、休憩は終わりだ。次は君が私に奉仕する番だぞ、ディアナ」
カイルは立ち上がり、私の隣、カウチのわずかな隙間に腰を下ろした。
「……!? ちょっと、狭いわよ。何をするつもり?」
「膝を貸せ。……五分だけでいい。私も『定休日』の恩恵に預かりたい」
「な、何を……。宰相閣下が令嬢の膝で寝るなんて、不敬罪どころじゃないわよ!」
「誰も見ていない。……それに、私は君の『監視』という重労働をしているんだ。これくらいの手当は妥当だろう?」
カイルは私の抗議を無視して、すとんと私の膝に頭を預けた。
柔らかな髪が私の手に触れ、彼の重みがじんわりと伝わってくる。
「……。あなたって人は、本当に強引なんだから」
「……。黙れ。……君の膝は、意外と……いいクッションに……なる……」
カイルの声が、次第に小さくなっていく。
整った顔立ちが、眠りの中でわずかに緩んでいくのを見て、私は毒気を抜かれてしまった。
(……全く。私を廃人呼ばわりしておいて、自分だって相当なものじゃない)
私は溜息をつき、手近にあったブランケットを、眠りについた彼の肩にそっとかけた。
外では小鳥が囀り、時間はゆっくりと、しかし確実に過ぎていく。
誰に媚びることも、誰かを演じることもない、ただの静かな時間。
「……おやすみなさい、カイル。私の定休日に、付き合わせてあげるわ」
私はカイルの寝顔を眺めながら、自分もまた、深い微睡みの中へと引きずり込まれていった。
二人の呼吸が重なり、部屋の中には完璧な平和が満ちていた。
これが、私たちが手に入れた、世界で一番贅沢で、一番怠惰な「休日」だった。
私は、カウチソファに寝そべってクッションを抱えながら、デスクに向かう男の背中に声をかけた。
窓からは午後の柔らかな陽光が差し込み、部屋の中には古書の香りと、カイルが淹れた紅茶の香りが混ざり合っている。
カイルはペンを置き、ゆっくりとこちらを振り返った。その手元にあるのは、法規集ではなく……。
「……。失礼な。これは『隣国における午睡の文化とその経済的影響』という、非常に重要な資料だ」
「嘘おっしゃい。それ、私が昨日読み捨てた『騎士団長と秘密の果実』っていう、ただの恋愛小説じゃない」
「……。バレたか。いや、あまりにも君が幸せそうに寝息を立てるものだから、何がそんなに君を眠りに誘うのかと研究していたんだ」
カイルは悪びれる様子もなく、本を閉じて眼鏡を外した。
「……ふん。仕事の鬼が、ついに私の『定休日』に毒されたわね。いい傾向だわ」
「毒されたのではない。順応したと言ってほしいな。……それにしても、静かだ」
カイルは窓の外、静まり返った公爵邸の庭園に視線を向けた。
「ええ、本当に。王子が騒ぐことも、お見合い相手が絶叫することもない。……あなたが隣に居座ってから、驚くほど平穏だわ」
「私の鉄拳……いや、鉄壁の事務処理のおかげだな。君に届く手紙は、すべて私が『重要度・低(ゴミ箱行き)』に分類しているからね」
「……。私のプライバシーはどこへ行ったのかしら」
私はそう言いながらも、カウチの上でさらに体を丸めた。
不思議なことに、カイルが同じ空間にいると、一人の時よりも「静か」に感じるのだ。
「ねえ、カイル。あなた、疲れていないの? 王宮の仕事を引き受けて、さらに私の番人までして」
「疲れていないと言えば嘘になる。だが、こうして君がダラだらとしている姿を眺めるのは、意外と悪くない休息だよ」
「……。私の廃人姿が、あなたにとっての癒やしだなんて、趣味が悪いわね」
「自覚はある。……さて、休憩は終わりだ。次は君が私に奉仕する番だぞ、ディアナ」
カイルは立ち上がり、私の隣、カウチのわずかな隙間に腰を下ろした。
「……!? ちょっと、狭いわよ。何をするつもり?」
「膝を貸せ。……五分だけでいい。私も『定休日』の恩恵に預かりたい」
「な、何を……。宰相閣下が令嬢の膝で寝るなんて、不敬罪どころじゃないわよ!」
「誰も見ていない。……それに、私は君の『監視』という重労働をしているんだ。これくらいの手当は妥当だろう?」
カイルは私の抗議を無視して、すとんと私の膝に頭を預けた。
柔らかな髪が私の手に触れ、彼の重みがじんわりと伝わってくる。
「……。あなたって人は、本当に強引なんだから」
「……。黙れ。……君の膝は、意外と……いいクッションに……なる……」
カイルの声が、次第に小さくなっていく。
整った顔立ちが、眠りの中でわずかに緩んでいくのを見て、私は毒気を抜かれてしまった。
(……全く。私を廃人呼ばわりしておいて、自分だって相当なものじゃない)
私は溜息をつき、手近にあったブランケットを、眠りについた彼の肩にそっとかけた。
外では小鳥が囀り、時間はゆっくりと、しかし確実に過ぎていく。
誰に媚びることも、誰かを演じることもない、ただの静かな時間。
「……おやすみなさい、カイル。私の定休日に、付き合わせてあげるわ」
私はカイルの寝顔を眺めながら、自分もまた、深い微睡みの中へと引きずり込まれていった。
二人の呼吸が重なり、部屋の中には完璧な平和が満ちていた。
これが、私たちが手に入れた、世界で一番贅沢で、一番怠惰な「休日」だった。
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