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「……リリアーナ嬢。君の胃袋はブラックホールか何かか?」
朝食の席で、ゼクスが三枚目のトーストに手を伸ばすリリアーナを凝視していた。
リリアーナは口の周りをバターと蜂蜜でベタベタにしながら、満面の笑みで答えた。
「何をおっしゃいますの、ゼクス様。王宮での生活はストレス過多でしたのよ。王子が隣で『君の食べているパンになりたい……』とか囁く環境で、まともに食事が喉を通るわけありませんでしょう?」
「……。想像しただけで胃もたれしそうだな」
ゼクスは深く頷き、黙って四枚目のトーストを焼き始めた。
私はシナモンたっぷりのトーストを齧りながら、この奇妙な光景を眺めていた。
追放された悪役令嬢(私)。
脱走したヒロイン(リリアーナ)。
二人を監視するはずが、なぜか専属シェフと化している最強騎士(ゼクス)。
(……ヴィルフレドが見たら、泡を吹いて倒れるわね、この構図)
私はコーヒーを一口飲み、本題を切り出した。
「さて、二人とも。お腹も満たされたところで、今後の作戦会議よ。いつまでもこの平和が続くとは思えないわ」
「そうですね、お姉様。殿下のポジティブ思考が限界を迎えた時、必ずここへ追っ手が来るはずですわ」
リリアーナが真剣な顔になるが、口元の蜂蜜が全ての緊張感を台無しにしている。
ゼクスがフライパンを振りながら、会話に加わった。
「私の部下からの報告では、殿下は今朝も『リリアーナの脱走ルートを推測する(という名目の妄想)』に忙しいらしい。だが、側近の中には鋭い者もいる。猶予はそう長くないだろう」
「だったら、今のうちに思いっきり遊ぶしかないわね!」
「……メリー。君の辞書には『反省』の他に『計画性』という言葉もないのか?」
「失礼ね! 『明日死ぬかもしれないから、今日美味しいものを食べる』という立派な計画性よ!」
「それを世間では『刹那的』と言うんだ」
「ゼクス様、お姉様のこれは仕様ですのよ。諦めてください」
リリアーナが「やれやれ」といった風に肩をすくめる。
「お前も同類だろう、リリアーナ嬢。……まあいい。私がここにいる限り、少なくとも暴力的な手段で君たちが連れ戻されることはない。それだけは約束しよう」
カチャン、とゼクスが焼きたてのトーストをリリアーナの皿に乗せた。
「……! ゼクス様、一生ついていきますわ!」
「お断りだ。私の寿命が縮む」
私は、この男が本当に「あの」堅物騎士ゼクスなのか疑わしくなってきた。
王宮では常に王子の影に徹し、表情筋が死滅していると噂されていた彼が、今やバターの焼き加減にこだわっているのだ。
「……ねえ、ゼクス様。あんた、もしかして私たちと暮らすのが楽しくなってきたんじゃないかしら?」
私は意地悪く聞いてみた。
ゼクスは手を止め、少しだけ視線を泳がせた。
「……バカを言うな。私は任務を遂行しているだけだ。それに……」
「それに?」
「……一人で食べるよりは、騒がしい方が飯が美味い気がするだけだ」
彼がボソッと言った言葉に、私とリリアーナは顔を見合わせた。
「「……可愛い」」
声がハモってしまった。
「……今、なんと言った?」
「いえ! 『可哀想』って言いましたの! 一人飯が寂しいなんて、哀れな騎士様ですわねって!」
私は慌てて誤魔化した。危ない危ない。
リリアーナがテーブルの下で、私の足をツンツンと突いてくる。
(お姉様、やっぱり落ちてますわよ、この人!)
(黙りなさい! 私の自由な老後計画に、恋愛イベントは不要なの!)
(老後って、まだ十代ですわよ私たち!)
私たちが目で会話していると、ゼクスが怪訝(けげん)な顔でこちらを見ていた。
「……君たち、また何か悪巧みをしている顔だな」
「まさか! 私たちはただ、親友同士の心の対話をしていただけですわ!」
リリアーナが満面の笑みで否定する。
「……まあいい。今日は私が街へ買い出しに行ってくる。君たちは大人しく留守番をしていろ。いいな、絶対に外に出るなよ」
「はーい!」
「承知いたしましたわ!」
二人の元気すぎる返事に、ゼクスは一抹の不安を感じたようだ。
「……メリー。特に君だ。私がいない間に、庭に落とし穴を掘ったり、屋敷中に罠を仕掛けたりするなよ」
「あら、人聞きの悪い。私がそんな子供っぽいことをすると思っているんですの?」
「思っているから言っているんだ。……行ってくる」
ゼクスはため息を残し、マントを羽織って出て行った。
バタン、と扉が閉まる音が聞こえる。
その瞬間。
私とリリアーナは、同時に立ち上がり、お互いにニヤリと笑い合った。
「お姉様。ゼクス様が『絶対に外に出るな』と仰いましたわね」
「ええ、リリアーナ。『絶対に』というのは、私たちの辞書では『バレないようにやれ』というフリに変換されるのよね」
「その通りですわ! さあ、マーサを呼んで変装の準備を! 久しぶりの城下町デートですわよ!」
私たちはハイタッチを交わし、ドレスルームへと駆け出した。
最強の監視役がいない間に、私たちの「自由時間」が始まるのだ。
朝食の席で、ゼクスが三枚目のトーストに手を伸ばすリリアーナを凝視していた。
リリアーナは口の周りをバターと蜂蜜でベタベタにしながら、満面の笑みで答えた。
「何をおっしゃいますの、ゼクス様。王宮での生活はストレス過多でしたのよ。王子が隣で『君の食べているパンになりたい……』とか囁く環境で、まともに食事が喉を通るわけありませんでしょう?」
「……。想像しただけで胃もたれしそうだな」
ゼクスは深く頷き、黙って四枚目のトーストを焼き始めた。
私はシナモンたっぷりのトーストを齧りながら、この奇妙な光景を眺めていた。
追放された悪役令嬢(私)。
脱走したヒロイン(リリアーナ)。
二人を監視するはずが、なぜか専属シェフと化している最強騎士(ゼクス)。
(……ヴィルフレドが見たら、泡を吹いて倒れるわね、この構図)
私はコーヒーを一口飲み、本題を切り出した。
「さて、二人とも。お腹も満たされたところで、今後の作戦会議よ。いつまでもこの平和が続くとは思えないわ」
「そうですね、お姉様。殿下のポジティブ思考が限界を迎えた時、必ずここへ追っ手が来るはずですわ」
リリアーナが真剣な顔になるが、口元の蜂蜜が全ての緊張感を台無しにしている。
ゼクスがフライパンを振りながら、会話に加わった。
「私の部下からの報告では、殿下は今朝も『リリアーナの脱走ルートを推測する(という名目の妄想)』に忙しいらしい。だが、側近の中には鋭い者もいる。猶予はそう長くないだろう」
「だったら、今のうちに思いっきり遊ぶしかないわね!」
「……メリー。君の辞書には『反省』の他に『計画性』という言葉もないのか?」
「失礼ね! 『明日死ぬかもしれないから、今日美味しいものを食べる』という立派な計画性よ!」
「それを世間では『刹那的』と言うんだ」
「ゼクス様、お姉様のこれは仕様ですのよ。諦めてください」
リリアーナが「やれやれ」といった風に肩をすくめる。
「お前も同類だろう、リリアーナ嬢。……まあいい。私がここにいる限り、少なくとも暴力的な手段で君たちが連れ戻されることはない。それだけは約束しよう」
カチャン、とゼクスが焼きたてのトーストをリリアーナの皿に乗せた。
「……! ゼクス様、一生ついていきますわ!」
「お断りだ。私の寿命が縮む」
私は、この男が本当に「あの」堅物騎士ゼクスなのか疑わしくなってきた。
王宮では常に王子の影に徹し、表情筋が死滅していると噂されていた彼が、今やバターの焼き加減にこだわっているのだ。
「……ねえ、ゼクス様。あんた、もしかして私たちと暮らすのが楽しくなってきたんじゃないかしら?」
私は意地悪く聞いてみた。
ゼクスは手を止め、少しだけ視線を泳がせた。
「……バカを言うな。私は任務を遂行しているだけだ。それに……」
「それに?」
「……一人で食べるよりは、騒がしい方が飯が美味い気がするだけだ」
彼がボソッと言った言葉に、私とリリアーナは顔を見合わせた。
「「……可愛い」」
声がハモってしまった。
「……今、なんと言った?」
「いえ! 『可哀想』って言いましたの! 一人飯が寂しいなんて、哀れな騎士様ですわねって!」
私は慌てて誤魔化した。危ない危ない。
リリアーナがテーブルの下で、私の足をツンツンと突いてくる。
(お姉様、やっぱり落ちてますわよ、この人!)
(黙りなさい! 私の自由な老後計画に、恋愛イベントは不要なの!)
(老後って、まだ十代ですわよ私たち!)
私たちが目で会話していると、ゼクスが怪訝(けげん)な顔でこちらを見ていた。
「……君たち、また何か悪巧みをしている顔だな」
「まさか! 私たちはただ、親友同士の心の対話をしていただけですわ!」
リリアーナが満面の笑みで否定する。
「……まあいい。今日は私が街へ買い出しに行ってくる。君たちは大人しく留守番をしていろ。いいな、絶対に外に出るなよ」
「はーい!」
「承知いたしましたわ!」
二人の元気すぎる返事に、ゼクスは一抹の不安を感じたようだ。
「……メリー。特に君だ。私がいない間に、庭に落とし穴を掘ったり、屋敷中に罠を仕掛けたりするなよ」
「あら、人聞きの悪い。私がそんな子供っぽいことをすると思っているんですの?」
「思っているから言っているんだ。……行ってくる」
ゼクスはため息を残し、マントを羽織って出て行った。
バタン、と扉が閉まる音が聞こえる。
その瞬間。
私とリリアーナは、同時に立ち上がり、お互いにニヤリと笑い合った。
「お姉様。ゼクス様が『絶対に外に出るな』と仰いましたわね」
「ええ、リリアーナ。『絶対に』というのは、私たちの辞書では『バレないようにやれ』というフリに変換されるのよね」
「その通りですわ! さあ、マーサを呼んで変装の準備を! 久しぶりの城下町デートですわよ!」
私たちはハイタッチを交わし、ドレスルームへと駆け出した。
最強の監視役がいない間に、私たちの「自由時間」が始まるのだ。
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