婚約を破棄する!と言われた私と、裏でハイタッチするヒロイン。

萩月

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「お嬢様、リリアーナ様……本当にやるのですか? ゼクス様にバレたら、今度こそこの屋敷を鉄格子で囲まれますよ」

マーサが、山積みの古着を抱えながら、深いため息をついた。

「大丈夫よマーサ! あの堅物騎士は、今頃市場でキャベツの鮮度でも見極めている頃だわ。今のうちに羽根を伸ばさなくてどうするの!」

「そうですわマーサ! 私たちは今、人生という名の牢獄から脱走したばかりの小鳥なんですの。小鳥は空を飛ばなければ死んでしまいますわ!」

私は、マーサからひったくるようにして茶色のくたびれたワンピースを身に纏った。

リリアーナも、同じような平民の娘が着るような服に袖を通している。

だが、問題があった。

「……ねえ、リリアーナ。あんた、その服を着ても『身分を隠して下界に降りてきた慈愛の聖女』にしか見えないわよ。隠しきれないオーラが漏れすぎだわ」

「お姉様こそ、その格好で『没落して自暴自棄になった女地主』のような迫力が出ていますわ。目力が強すぎますのよ」

「失礼ね! ……まあいいわ。髪をスカーフで隠して、少し猫背で歩けば大丈夫なはずよ。さあ、行くわよ!」

私たちはマーサの制止を振り切り、勝手口からコソコソと這い出した。

目的地は、別荘から徒歩十五分の場所にある城下町の外れ。そこには、王宮では絶対にお目にかかれない「庶民のグルメ」が溢れている。


街の喧騒に足を踏み入れた瞬間、私たちはその活気に圧倒された。

「お姉様! 見てください、あの串に刺さったお肉! 茶色くて、テカテカしていて……なんて暴力的な香ばしさかしら!」

「リリアーナ、落ち着きなさい。あれは屋台の串焼きよ。まずはあそこの揚げパンから攻めるわよ!」

私たちは、日頃の淑女教育を完全にドブに捨て、両手に食べ物を持って街を練り歩いた。

「……んん~! この、油の塊のような背徳感! 最高ですわ!」

揚げパンを頬張りながら、リリアーナが瞳を輝かせる。

「本当ね……。フォークとナイフを使わずに食べ物を口に放り込むのが、こんなに解放的なことだったなんて……」

私は、串焼きの肉をワイルドに引きちぎりながら、心の底から自由を実感していた。

「あ、お姉様。あそこの雑貨屋さんに、変な仮面が売っていますわよ。これを被れば変装も完璧ではなくて?」

「いいわね! 私はその『不機嫌そうなクマ』にするわ。あんたは『微笑むキツネ』ね」

私たちは、お互いに奇妙な仮面を買い、それを被ってさらに街を散策した。もはや不審者以外の何者でもないが、誰も私たちの正体が侯爵令嬢と男爵令嬢だとは思うまい。

だが、平和な時間は長くは続かなかった。


「……お姉様。あそこに立っている、背の高い、銀髪の、無駄に姿勢の良い男性……見覚えがありませんこと?」

リリアーナの声が震えている。

私は、クマの仮面の穴から、彼女が指差す方を見た。

そこには、大量の荷物を抱え、厳しい目つきで人混みを見渡しているゼクスの姿があった。

「……げっ!? なんでこんなところに!? まだ一時間は帰ってこないはずじゃ……!」

「お姉様、逃げましょう! あの目、完全に『獲物を探す鷹』の目ですわ!」

私たちは、脱兎の如く路地の裏へと駆け込んだ。

「待ちなさい、そこのクマとキツネ」

背後から、地獄の底から響くような低い声が聞こえた。

私は心臓が止まるかと思った。

「……き、気のせいですわよね? 彼は私たちを呼んだわけでは……」

「止まれと言っている。メリー、リリアーナ嬢。君たちのその独特の歩き方は、仮面を被っても隠せていない」

私たちは、ギギギ……と錆びついた人形のような動きで振り返った。

ゼクスは、両手にキャベツとネギを抱えたまま、冷ややかな怒りを湛えた表情で立っていた。

「……ご、ご機嫌よう、ゼクス様。奇遇ですわね。私たち、今ちょうど、ゴミ拾いのボランティア活動をしていたところなんですのよ」

クマの仮面越しに、私は必死の言い訳を放った。

「そのボランティアは、右手に食いかけの串焼き、左手に揚げパンを持つのがルールなのか?」

「……。これは、その……不法投棄された食べ物を、私たちの胃袋という名のゴミ箱に回収していただけですわ」

「お姉様! 苦しすぎますわ!」

リリアーナがキツネの仮面の中で叫ぶ。

ゼクスは、はぁ……と本日何度目か分からない深いため息をついた。

「……立て。そのままの格好で屋敷まで連行する。言い訳は帰ってからじっくり聞こう」

「「……はい」」

私たちは、最強の騎士(兼・買い物帰りの主夫)に引き連れられ、トボトボと別荘への道を戻ることになった。

街の人々が、「あのイケメン、クマとキツネを連れて歩いてる……。どんな趣味なんだろう」とヒソヒソ話しているのが聞こえてきて、私は仮面の中で顔から火が出るほど赤くなった。

自由への道は、想像以上に険しいようだった。
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