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別荘の重厚な玄関扉の向こう側から、トランペットのファンファーレが微かに聞こえてきた。
「……何ですの、あの無駄に派手な音は。ここは静養のための別荘ですのよ?」
私は、カレーの鍋を抱えたまま、廊下の陰から玄関の方を伺った。
「お姉様、あれは殿下専用の『登場演出部隊』ですわ。彼らは殿下の一歩先を歩き、常に最適な角度から後光(物理)を当てるのが仕事なのです」
リリアーナが、スプーンに残ったルーを舐めながら、死んだ魚のような目で解説してくれた。
「……後光を物理で当てるなんて、魔法の無駄遣いもいいところですわね」
玄関先では、ゼクスが扉をゆっくりと開け放った。
そこには、白馬に跨り、これでもかというほど装飾過多な鎧を身に纏ったヴィルフレド王子が、こちらを指差してポーズを決めていた。
「ゼクス! そこにいるのは分かっているぞ! そして、僕の愛に狂った悲劇のヒロイン、メリーもな!」
「……殿下。ここは謹慎の場です。このような騒ぎは、近隣の迷惑になります」
ゼクスは、感情を一切表に出さず、ただの壁のように立ちはだかっている。
「ふん、堅物な男だよ。メリーの寂しさを癒やすために、僕が自ら足を運んでやったのだ。彼女は今頃、部屋で僕の肖像画を抱きしめて、再会の喜びに震えているはず……」
「(小声)震えているのは怒りですわよ、このナルシスト!」
私は、廊下の陰で拳を握りしめた。
ヴィルフレドは馬から降りると、不自然なほどキラキラした粉(演出用魔法粉)を撒き散らしながら、ゼクスに詰め寄った。
「どけ、ゼクス。僕のリリアーナを返しにきたまえ。メリーに拉致され、さぞかし恐ろしい思いをしていることだろう。今、僕がこの光り輝く腕の中に救い出してやる!」
「……拉致? リリアーナ嬢がここに? 何かの間違いでは」
ゼクスは、涼しい顔で嘘を吐いた。
「しらばくれるな! メリーが僕の気を引くために、リリアーナを連れ去ったことは明白だ。ああ、メリー……。僕を愛しすぎるあまり、親友(仮)を盾にするとは、なんて不器用で愛おしい悪女なんだ!」
「(小声)お姉様、私、今すぐあの方の眉間にこのスプーンを投げつけてもよろしいかしら?」
「落ち着きなさい、リリアーナ。スプーンが汚れるだけですわ」
私は必死に親友の肩を掴んで制止した。
ゼクスは、ヴィルフレドの妄想を完全に聞き流しながら、静かに告げた。
「……殿下。ここにはメリー嬢が一人で反省の日々を送っているだけです。リリアーナ嬢など、影も形もありません」
「嘘だ! 僕の『リリアーナ・センサー』が反応している! ……ん? ……待て。何だ、この香りは」
ヴィルフレドが、鼻をピクピクと動かした。
「……何やら、今まで嗅いだことのない……鼻の奥を刺激する、野性的で、それでいて情熱的な……」
「(小声)まずいですわ、お姉様! カレーの匂いが漏れていますわ!」
「あんたの食べ方が汚いからよ、リリアーナ!」
ヴィルフレドは、目をカッと見開いた。
「分かったぞ! これは、メリーが僕を誘惑するために調合した『愛の秘薬』の香りに違いない! 僕の胃袋を掴み、心を支配しようという魂胆か! 恐ろしい女だ……だが、嫌いじゃないよ!」
「…………」
ゼクスが、ついに本日初めて、深い、深い溜息を吐いた。
「……殿下。それはただのスパイスの匂いです」
「いいや、僕には分かる! この情熱的な香りは、メリーの僕に対するドロドロとした執念の結晶だ! さあ、メリー! 出てきたまえ! その秘薬を僕に献上し、泣いて愛を乞うがいい!」
ヴィルフレドが、別荘の奥に向かって叫ぶ。
ゼクスは、一歩も引かずに立ちはだかっていたが、不意に背後……つまり、私たちのいる廊下の方をチラリと見た。
彼の瞳は、「いい加減にしろ、この馬鹿を何とかしろ」と雄弁に語っていた。
私は覚悟を決めた。
「……仕方ありませんわね。リリアーナ、あんたは奥に隠れていなさい。私が、あの激辛カレーよりも刺激的な現実を叩きつけて差し上げますわ!」
「お姉様……! 武運を!」
私はカレーの鍋をマーサに押し付けると、扇をバサリと広げ、いつもの「悪役令嬢」の仮面を被って玄関へと踏み出した。
「……何ですの、あの無駄に派手な音は。ここは静養のための別荘ですのよ?」
私は、カレーの鍋を抱えたまま、廊下の陰から玄関の方を伺った。
「お姉様、あれは殿下専用の『登場演出部隊』ですわ。彼らは殿下の一歩先を歩き、常に最適な角度から後光(物理)を当てるのが仕事なのです」
リリアーナが、スプーンに残ったルーを舐めながら、死んだ魚のような目で解説してくれた。
「……後光を物理で当てるなんて、魔法の無駄遣いもいいところですわね」
玄関先では、ゼクスが扉をゆっくりと開け放った。
そこには、白馬に跨り、これでもかというほど装飾過多な鎧を身に纏ったヴィルフレド王子が、こちらを指差してポーズを決めていた。
「ゼクス! そこにいるのは分かっているぞ! そして、僕の愛に狂った悲劇のヒロイン、メリーもな!」
「……殿下。ここは謹慎の場です。このような騒ぎは、近隣の迷惑になります」
ゼクスは、感情を一切表に出さず、ただの壁のように立ちはだかっている。
「ふん、堅物な男だよ。メリーの寂しさを癒やすために、僕が自ら足を運んでやったのだ。彼女は今頃、部屋で僕の肖像画を抱きしめて、再会の喜びに震えているはず……」
「(小声)震えているのは怒りですわよ、このナルシスト!」
私は、廊下の陰で拳を握りしめた。
ヴィルフレドは馬から降りると、不自然なほどキラキラした粉(演出用魔法粉)を撒き散らしながら、ゼクスに詰め寄った。
「どけ、ゼクス。僕のリリアーナを返しにきたまえ。メリーに拉致され、さぞかし恐ろしい思いをしていることだろう。今、僕がこの光り輝く腕の中に救い出してやる!」
「……拉致? リリアーナ嬢がここに? 何かの間違いでは」
ゼクスは、涼しい顔で嘘を吐いた。
「しらばくれるな! メリーが僕の気を引くために、リリアーナを連れ去ったことは明白だ。ああ、メリー……。僕を愛しすぎるあまり、親友(仮)を盾にするとは、なんて不器用で愛おしい悪女なんだ!」
「(小声)お姉様、私、今すぐあの方の眉間にこのスプーンを投げつけてもよろしいかしら?」
「落ち着きなさい、リリアーナ。スプーンが汚れるだけですわ」
私は必死に親友の肩を掴んで制止した。
ゼクスは、ヴィルフレドの妄想を完全に聞き流しながら、静かに告げた。
「……殿下。ここにはメリー嬢が一人で反省の日々を送っているだけです。リリアーナ嬢など、影も形もありません」
「嘘だ! 僕の『リリアーナ・センサー』が反応している! ……ん? ……待て。何だ、この香りは」
ヴィルフレドが、鼻をピクピクと動かした。
「……何やら、今まで嗅いだことのない……鼻の奥を刺激する、野性的で、それでいて情熱的な……」
「(小声)まずいですわ、お姉様! カレーの匂いが漏れていますわ!」
「あんたの食べ方が汚いからよ、リリアーナ!」
ヴィルフレドは、目をカッと見開いた。
「分かったぞ! これは、メリーが僕を誘惑するために調合した『愛の秘薬』の香りに違いない! 僕の胃袋を掴み、心を支配しようという魂胆か! 恐ろしい女だ……だが、嫌いじゃないよ!」
「…………」
ゼクスが、ついに本日初めて、深い、深い溜息を吐いた。
「……殿下。それはただのスパイスの匂いです」
「いいや、僕には分かる! この情熱的な香りは、メリーの僕に対するドロドロとした執念の結晶だ! さあ、メリー! 出てきたまえ! その秘薬を僕に献上し、泣いて愛を乞うがいい!」
ヴィルフレドが、別荘の奥に向かって叫ぶ。
ゼクスは、一歩も引かずに立ちはだかっていたが、不意に背後……つまり、私たちのいる廊下の方をチラリと見た。
彼の瞳は、「いい加減にしろ、この馬鹿を何とかしろ」と雄弁に語っていた。
私は覚悟を決めた。
「……仕方ありませんわね。リリアーナ、あんたは奥に隠れていなさい。私が、あの激辛カレーよりも刺激的な現実を叩きつけて差し上げますわ!」
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