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「……背筋が曲がっているぞ、メリー。そんな姿勢では、悪役令嬢としての威厳が台なしだ。もっと胸を張れ」
「……っ。言われなくても分かってますわよ! でも、このヒールで三時間も立ちっぱなしなんて、騎士団の行軍より過酷ですわ!」
別荘の広間。そこは今、地獄の特訓場と化していた。
私は、タンスの奥から引っ張り出してきた一番高いヒールを履き、頭の上に三冊の分厚い法律書を乗せて立たされている。
「お姉様、頑張ってください……。私は今、目の前に置かれた『食べちゃダメな高級クッキー』を前に、精神を削り取られていますわ……」
リリアーナは、テーブルの上のクッキーを凝視しながら、プルプルと震えている。これもゼクスによる「儚げな(空腹で死にそうな)表情」を作るための特訓だ。
「……リリアーナ嬢。視線がクッキーを捕食しようとしているぞ。もっと遠くを見ろ。届かぬ星を思うような、悲しげな瞳だ」
「星なんて見えませんわ……! 私に見えるのは、あのクッキーに塗られた濃厚なチョコレートの光沢だけですわ……!」
「……。……お前たちの前世は、飢えた野犬か何かなのか」
ゼクスが深い溜息をつきながら、私の腰に手を添えた。
「……っ!? な、何をするんですの!」
「姿勢の矯正だ。……メリー、次はダンスの練習だ。私が王子の代役……いや、お前をエスコートするパートナーとして踊ってやる」
ゼクスが私の右手をとり、左手で私の背中を支える。
彼の大きな手が触れた瞬間、頭の上の本がバラバラと音を立てて崩れ落ちた。
「……集中しろ。これでは本番で王子の足を踏み抜くことになるぞ」
「……あんたが、そんなに近くに来るからいけないんですのよ! 心臓が耳の横で鳴っていて、リズムが聞こえませんわ!」
私は顔を真っ赤にして叫んだ。
ゼクスは一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「……ほう。最強の悪役令嬢も、至近距離の攻撃には弱いらしいな」
「……。……うるさいわね! あんたが暑苦しいだけですわ!」
私たちは、リリアーナの「……クッキー……クッキー……」という呪文のような呟きを BGM に、何度も何度もステップを踏んだ。
最初はぎこちなかった動きも、次第に熱を帯び、重なり合う。
ゼクスの動きは、騎士とは思えないほど優雅で、それでいて力強い。私がバランスを崩しそうになるたびに、彼の手が鉄壁の安定感で私を支えてくれる。
「……メリー。本番では、私がお前の影になる。お前はただ、最高の自分を演じていればいい」
耳元で囁かれた低音に、私は危うく膝の力が抜けそうになった。
「……。……あんた、そんなこと、どこで覚えてきましたの?」
「……。……本で読んだ。……『令嬢を落とすための百の作戦』という本だ」
「…………あんた、そんなもの読んでたんですの!?」
「……マーサに渡されたんだ。読まないと食後にデザートを出さないと言われてな」
私は、キッチンの影でガッツポーズをしているであろう侍女の姿を想像し、頭が痛くなった。
特訓三日目。
ついに、リリアーナがクッキーを目の前にしても「……あ、あの、クッキー様……私のような者が貴方を頂いてもよろしいのでしょうか……?」と儚げに微笑むスキルを習得した。
そして私も、ゼクスの腕の中で、どんな複雑なステップも余裕の笑みでこなせるようになっていた。
「……よし。仕上がりは完璧だ」
ゼクスが、満足げに私たちを見渡した。
「お姉様……ついに、決戦の朝ですわね。私、お腹が空きすぎて、逆に悟りを開けそうですわ」
「ええ、リリアーナ。ヴィルフレド殿下。あんたが用意した『祝福の舞踏会』、文字通り地獄の業火で焼き尽くして差し上げますわ!」
私は、ドレスルームに運び込まれた漆黒のドレスを睨みつけた。
自由を掴み取るための、最後の戦い。
私たちは、かつてないほど気合の入ったハイタッチを交わした。
……その音に驚いて、リリアーナがついに我慢できずクッキーを口に放り込んだのは、ここだけの秘密である。
「……っ。言われなくても分かってますわよ! でも、このヒールで三時間も立ちっぱなしなんて、騎士団の行軍より過酷ですわ!」
別荘の広間。そこは今、地獄の特訓場と化していた。
私は、タンスの奥から引っ張り出してきた一番高いヒールを履き、頭の上に三冊の分厚い法律書を乗せて立たされている。
「お姉様、頑張ってください……。私は今、目の前に置かれた『食べちゃダメな高級クッキー』を前に、精神を削り取られていますわ……」
リリアーナは、テーブルの上のクッキーを凝視しながら、プルプルと震えている。これもゼクスによる「儚げな(空腹で死にそうな)表情」を作るための特訓だ。
「……リリアーナ嬢。視線がクッキーを捕食しようとしているぞ。もっと遠くを見ろ。届かぬ星を思うような、悲しげな瞳だ」
「星なんて見えませんわ……! 私に見えるのは、あのクッキーに塗られた濃厚なチョコレートの光沢だけですわ……!」
「……。……お前たちの前世は、飢えた野犬か何かなのか」
ゼクスが深い溜息をつきながら、私の腰に手を添えた。
「……っ!? な、何をするんですの!」
「姿勢の矯正だ。……メリー、次はダンスの練習だ。私が王子の代役……いや、お前をエスコートするパートナーとして踊ってやる」
ゼクスが私の右手をとり、左手で私の背中を支える。
彼の大きな手が触れた瞬間、頭の上の本がバラバラと音を立てて崩れ落ちた。
「……集中しろ。これでは本番で王子の足を踏み抜くことになるぞ」
「……あんたが、そんなに近くに来るからいけないんですのよ! 心臓が耳の横で鳴っていて、リズムが聞こえませんわ!」
私は顔を真っ赤にして叫んだ。
ゼクスは一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。
「……ほう。最強の悪役令嬢も、至近距離の攻撃には弱いらしいな」
「……。……うるさいわね! あんたが暑苦しいだけですわ!」
私たちは、リリアーナの「……クッキー……クッキー……」という呪文のような呟きを BGM に、何度も何度もステップを踏んだ。
最初はぎこちなかった動きも、次第に熱を帯び、重なり合う。
ゼクスの動きは、騎士とは思えないほど優雅で、それでいて力強い。私がバランスを崩しそうになるたびに、彼の手が鉄壁の安定感で私を支えてくれる。
「……メリー。本番では、私がお前の影になる。お前はただ、最高の自分を演じていればいい」
耳元で囁かれた低音に、私は危うく膝の力が抜けそうになった。
「……。……あんた、そんなこと、どこで覚えてきましたの?」
「……。……本で読んだ。……『令嬢を落とすための百の作戦』という本だ」
「…………あんた、そんなもの読んでたんですの!?」
「……マーサに渡されたんだ。読まないと食後にデザートを出さないと言われてな」
私は、キッチンの影でガッツポーズをしているであろう侍女の姿を想像し、頭が痛くなった。
特訓三日目。
ついに、リリアーナがクッキーを目の前にしても「……あ、あの、クッキー様……私のような者が貴方を頂いてもよろしいのでしょうか……?」と儚げに微笑むスキルを習得した。
そして私も、ゼクスの腕の中で、どんな複雑なステップも余裕の笑みでこなせるようになっていた。
「……よし。仕上がりは完璧だ」
ゼクスが、満足げに私たちを見渡した。
「お姉様……ついに、決戦の朝ですわね。私、お腹が空きすぎて、逆に悟りを開けそうですわ」
「ええ、リリアーナ。ヴィルフレド殿下。あんたが用意した『祝福の舞踏会』、文字通り地獄の業火で焼き尽くして差し上げますわ!」
私は、ドレスルームに運び込まれた漆黒のドレスを睨みつけた。
自由を掴み取るための、最後の戦い。
私たちは、かつてないほど気合の入ったハイタッチを交わした。
……その音に驚いて、リリアーナがついに我慢できずクッキーを口に放り込んだのは、ここだけの秘密である。
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