婚約を破棄する!と言われた私と、裏でハイタッチするヒロイン。

萩月

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王宮の正門が開かれ、煌びやかな馬車が次々と吸い込まれていく。


今夜は、王太子ヴィルフレド殿下による「和解と祝福の舞踏会」。


だが、その門をくぐろうとしている私、メリー・ローズの心境は、これから討ち入りにでも向かう武士のようだった。


「……お姉様。私、緊張で胃袋が縮こまって……通常の三分の二くらいのサイズになっていますわ」


馬車の向かい側で、純白のドレスに身を包んだリリアーナが、青白い顔で震えていた。


「リリアーナ。それはただの空腹ですわよ。……いいわね、あんたは『王子の横暴に耐えかねて心身ともにボロボロになった悲劇の聖女』を貫くのです。絶対に、あそこのビュッフェに並んでいるローストビーフに目を奪われてはいけませんわよ」


「……分かっておりますわ。今の私は、霞を食べて生きる花の精霊ですわ……。あ、でも、あのフォアグラのカナッペだけは、私の魂が救済を求めている気がしますの」


「魂を落ち着かせなさいな。……ゼクス様、準備はよろしくて?」


私は、隣に座る正装姿の騎士へと視線を向けた。


……絶句した。


いつもは質素なシャツか騎士団の鎧姿のゼクスが、漆黒の礼服に身を包み、銀髪を後ろに流している。その姿は、あまりにも、あまりにも……。


「……どうした、メリー。私の顔に、何か付いているか?」


「……。……いえ。あんた、無駄に顔が良いのだから、少しは自重なさいなと。それだけで私の『冷徹な悪役』という役作りが崩れそうですわ」


私が顔を赤くして毒づくと、ゼクスはふっと、自信に満ちた笑みを浮かべて私の手を取った。


「安心しろ。今夜の主役は君だ。私はただ、君という毒薬を支える器に過ぎない。……さあ、開演だ」


馬車の扉が開かれた。


会場の入り口に私たちが姿を現した瞬間、ざわついていた貴族たちの声がピタリと止まった。


「……おい、あれを見ろ。メリー・ローズ様だ」
「謹慎していたはずでは……? それに、あの漆黒のドレスは何事だ」
「隣にいるのは……騎士団のゼクス・アシュフィールド様!? なぜ彼がエスコートを?」


周囲のヒソヒソ声を、私は扇で一蹴するように歩き出した。


背筋をこれ以上ないほど伸ばし、視線は常に傲慢なほど高く。ゼクスの腕に添えた指先に、全神経を集中させる。


そして、広間の最奥。


金色のマントを羽織り、これでもかというほど光り輝く宝飾品を身につけたヴィルフレド王子が、こちらを向いて口角を釣り上げた。


「――おお、メリー! よくぞ来た。そして僕の愛しきリリアーナ! その儚げな姿……やはりメリーの執念に苦しめられていたのだね! 可哀想に、今すぐ僕が抱きしめて……」


「……殿下、お控えください」


リリアーナが、特訓の成果を存分に発揮し、消え入りそうな声で、しかしはっきりと王子の手を拒絶した。


「……私は、メリー様と共に地獄を見て参りました。……今の私に、殿下のその眩しすぎる後光は……毒でございます……。うっ、ううっ……」


リリアーナがハンカチで顔を覆い、私の背後に隠れる。


(……完璧。完璧だわ、リリアーナ!)


ヴィルフレド王子は一瞬、呆然とした顔をしたが、すぐに「そうか、あまりの僕の美しさに、目が眩んでしまったのだね。なんて罪な男だ!」と、即座に脳内変換を完了させた。


そして、王子の視線が私へと向けられる。


「さあ、メリー。君の『和解』の印を見せてもらおうか。僕の前に跪き、許しを請うがいい。そうすれば、僕の慈悲の心で、君を『第二王妃候補(仮)』として再登録してあげてもいいよ!」


「……。……。……」


私は、扇をゆっくりと閉じた。


会場中の視線が、私の唇に集中する。


「――お断りいたしますわ、殿下」


静まり返る広間に、私の冷徹な声が響き渡った。


「私は、殿下との『和解』をしに参ったわけではありませんの。……本日は、殿下のその腐りきった、お花畑のような脳髄に、現実という名のスパイスをぶち撒けに参りましたのよ!」


「……なっ、なんだと!?」


王子の顔が、驚愕で歪む。


私はゼクスと視線を合わせ、不敵に笑った。


自由を掴むための最終決戦。今、その幕が切って落とされた。
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