婚約破棄を受け入れたら溺愛ルートに突入。没落する暇もありません!

萩月

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ガタゴトと揺れる馬車の中で、私は優雅にシートへ身を沈めていました。
北領への道は舗装も甘く、なかなかの振動です。
普通なら車酔いの一歩手前でしょうけれど、私にとっては違いますわ。

「……お嬢様。これほどの悪路、お体に触りませんか? 少し速度を落とさせましょう」

御者席との小窓を開けて、セバスが心配そうに声をかけてきました。
私は窓の外に流れる荒野を眺めながら、ふっと微笑みます。

「いいえ、セバス。この揺れ、ちょうどいい塩梅ですわ。脂肪を細かく振動させることで、血行が促進され、お肌の透明感が一段と増していくのが分かりますの。……あ、今、毛穴がキュッと引き締まった気がしますわ!」

「……左様でございますか。全身バイブレーション・エクササイズと解釈されるとは、流石はお嬢様でございます」

「それにしても、王宮の連中は最後まで私の『親切心』を理解しませんでしたわね」

私は馬車の中に持ち込んだ「特製ローズウォーター」を顔にスプレーしながら、溜息をつきました。
レオン様たちが「嫌がらせ」だと断じた数々の行い。
あれがどれほど高度な美的アプローチだったか、今一度説明してやりたいくらいですわ。

「セバス。例の『ミナさんのドレス破棄事件』のこと、覚えています?」

「はっ。確か、卒業式の予行演習の際、お嬢様がミナ様のドレスの背中を、扇で鮮やかに切り裂いたという……」

「切り裂いたなんて人聞きが悪いわ! 私は彼女に『通気性』と『抜け感』を授けたのです。彼女のドレスは、首元まで詰まった前時代的なデザインでした。あれではデコルテの美しさが死んでしまいますし、何より夏場は蒸れて背中ニキビの原因になりますわ!」

「……ですが、あの後ミナ様は『破廉恥な格好にされた!』と泣き崩れておられましたが」

「それは彼女の羞恥心が、美意識を上回ってしまったからですわ。真の美しさは、多少の露出をも凌駕するもの。私は彼女の健康とファッション性を両立させようとしただけですのに」

私は呆れたように首を振りました。
ついでに、ワインをかけた事件についても思い出します。

「ボルドーワインの事件だってそうですわ。あのアクアブルーのドレスに、一点の深紅……。あれは色彩心理学に基づいた『視線誘導のテクニック』ですのよ? 皆が彼女の胸元に注目するように仕向けてあげたんです。あれで彼女の影の薄さは解消されたはずですわ」

「……殿下は『公共の場での侮辱』と受け取られたようですが」

「レオン様の美的センスは、乾いたパンのカスほどもありませんわね。あんなお方が王になるなんて、この国の色彩文化が心配ですわ。……おっと、セバス。今、村を通り過ぎませんでした?」

私は窓の外に目を向けました。
北領へ向かう途中の、貧しい開拓村のようです。
村人たちが、豪華な馬車の列を遠巻きに眺めています。

「ええ、休憩地点の宿場村でございます。……お嬢様、あまり身を乗り出さないでください。あなたの『悪名』は、このあたりの村々にも届いているはずですから」

「まあ、有名税というやつかしら? ちょうどいいわ。少し馬車を止めてちょうだい。脚のむくみを取るために、少し歩きたいのです」

「お、お嬢様!? この村でですか?」

セバスの制止を振り切り、私は馬車を止めさせました。
地面に降り立つと、砂埃が舞います。
村人たちは、煌びやかなドレスを着た私を見て、怯えたように後ずさりました。

「……ひっ、ルミナス家の悪役令嬢だ!」

「見ろよ、あの高慢ちきな顔! 俺たちの村に嫌がらせをしに来たんだ!」

ひそひそという声が聞こえてきますが、私の耳には「美しすぎて直視できないわ!」という歓喜の声に変換されて届きます。
ふと見ると、一人の少女が母親の陰からこちらを覗き込んでいました。
その顔は……。

「あら。あなた、ちょっとこっちへいらっしゃい」

「ひ、ひぃっ! ごめんなさい、お許しください!」

母親が少女を抱きしめて震えます。
私は構わずに、ポーチから一瓶のクリームを取り出しました。

「何を怯えていますの? あなたの娘さん、将来は美人の素質がありますわよ。でも、この乾燥した空気のせいで、頬がカサカサではありませんか。このままだと、将来的にシワが定着してしまいますわ」

私は跪き、少女の頬に指を伸ばしました。
村人たちが固唾を呑んで見守る中、私は優しく、最高級の保湿クリームを塗り込みます。

「いい? 美しさは一日にして成らず。でも、手抜きは一瞬で顔に出ますわ。これを朝晩、薄く伸ばして塗りなさい。一週間後には、桃のような肌になりますわよ」

「え……? これ、お薬なの?」

少女がぽかんとして尋ねます。
私はニッコリと、最高に輝く笑みを向けました。

「いいえ。これは『希望』という名のスキンケアですわ。……ついでにそこのお母様! あなた、紫外線対策を怠りすぎです。その目元のシミ、放っておくと手遅れになりますわよ!」

「は、はいぃっ!?」

「セバス! 馬車から試供品用のサンオイルと石鹸を持ってきなさい! この村の美意識を底上げしますわよ!」

それから三十分。
村の広場は、ちょっとした美容相談所に早変わりしました。
最初は怯えていた村人たちも、私が(毒舌を交えつつ)無料で美容品を配り、マッサージを伝授する姿に、次第に目を輝かせ始めました。

「キラリ様……あんた、いい人なんだな」

「失礼ね。私はただ、汚いものを見て自分の視神経を汚したくないだけですわ。さあ、次はそこの髭面のおじ様! その無精髭、剃り跡が荒れすぎですわ! これを塗りなさい!」

嵐のような美容指導を終え、私は満足げに馬車に戻りました。
セバスは呆れたような、それでいて感心したような複雑な顔で私を見ています。

「お嬢様……。追放の身でありながら、行く先々で信者を増やしてどうするおつもりですか?」

「信者? いいえ、セバス。私はただ、世界を少しだけキラキラさせているだけですわ。……さて、出発しましょう。北の屋敷に着くまでに、私の美肌コンディションを絶好調に持っていかなければなりませんもの!」

馬車が再び走り出します。
村人たちが手を振って見送る中、私は「美の伝道師」としての第一歩を、確実に踏み出したのでした。
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