婚約破棄を受け入れたら溺愛ルートに突入。没落する暇もありません!

萩月

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「お嬢様、着きました。……ここが、旦那様より申し渡された北方の別荘でございます」

セバスの声が、かつてないほど沈んでいます。
三日間の旅路の果てに、馬車が止まったのは切り立った崖を背にした古い屋敷の前でした。

私は期待に胸を膨らませて、馬車の扉を開けました。
……あら?

目の前にあるのは、蔦が絡まりまくり、窓ガラスの半分が割れ、屋根瓦がパズルのように剥がれ落ちた、お世辞にも「屋敷」とは呼び難い建造物でした。
冷たい北風が吹き抜けるたび、ギギィ……と不吉な音を立てています。

「……お嬢様。申し訳ございません。これほどまで荒れ果てているとは。すぐに旦那様に手紙を書き、修繕の予算と職人を……」

「セバス! 何を仰っていますの!? これを見て何も感じないなんて、あなたの審美眼は曇りガラスのようですわよ!」

「えっ……?」

セバスが絶句しました。
私は馬車から降り立ち、目の前の廃屋……いいえ、宝箱を凝視しました。

「素晴らしいわ! この年月が生み出した天然のエイジング加工! 蔦の絡まり具合はまるで貴婦人のレースのようですし、この色褪せた壁は今流行りのシャビーシックそのものではありませんか!」

「しゃびー……しっく?」

「古めかしくて、味があるということですわ。それに見てちょうだい、あの窓枠のサビ! あんなに美しい『赤褐色(テラコッタ)』、人工的には出せませんわよ!」

私は歓喜のあまり、ひび割れた玄関ポーチへと駆け上がりました。
足元で床板がバキリと音を立てましたが、私はそれを「歓迎のクラッカー」と解釈しました。

扉を押し開けると、中はさらに「刺激的」でした。
埃が舞い、巨大な蜘蛛の巣がシャンデリアからカーテンのように垂れ下がっています。

「きゃあああ! お嬢様、お下がりください! 蜘蛛です! 巨大な蜘蛛が!」

「静かになさい、セバス。よく見てちょうだい。あの蜘蛛の巣の幾何学模様……。なんて緻密で繊細なデザインかしら。あれをインスピレーションにして、新しいドレスの刺繍案が書けそうですわ!」

「……ポジティブにも程があります、お嬢様」

「埃だって、こうして光が差し込めばダイヤモンドの粉のようにキラキラしていますわ。……コホッ、コホッ。……ええ、少々肺のアンチエイジングには悪そうですけれど」

私が鼻を押さえていると、奥の暗がりから、一人の老人が這い出してきました。
腰の曲がった、まるで枯れ木のような老人です。

「……誰じゃ。こんな僻地に、何の用じゃ……」

「ひっ! 幽霊ですか!?」

セバスが私の前に飛び出しました。
失礼ですわね、セバス。
幽霊にしては、少し肌の乾燥が激しすぎますわ。

「幽霊ではありませんわよ。……あなた、この屋敷の管理人かしら?」

「……管理? ああ、わしか。わしはギュンター。この屋敷を看取るのが仕事じゃ」

ギュンターと名乗った老人は、濁った瞳で私を見上げました。
その顔は、まるで干し柿のようにシワだらけです。

「ギュンターさん。私はキラリ・フォン・ルミナス。今日からこの屋敷の主になる者ですわ。……それにしてもあなた、ひどい顔色ですわね」

「……どうせ死に損ないの老人じゃ。勝手にせい。この屋敷も、あんたも、すぐに冬の寒さに凍えて終わりじゃ……」

「凍える? とんでもない! 私はここで、史上最高の美の殿堂を作り上げるつもりですのよ!」

私は両手を腰に当て、仁王立ちになりました。

「いい、ギュンターさん。そしてセバス! まずは掃除ですわ! この埃は美肌の大敵! そしてこの蜘蛛の巣は……デザインの参考にするために、丁寧に回収してスケッチを取りなさい!」

「……回収するのですか」

「当たり前でしょう。そしてギュンターさん。あなたには特別メニューを用意しますわ。そのシワ、放っておいたら私の美的領土の景観を損ねます。今日から毎日、私が調合した特製オイルでマッサージして差し上げますわ!」

「……何、何を言っておるんじゃ、この小娘は」

「小娘ではありません、キラリ様と呼びなさい! さあ、セバス! 馬車から掃除道具と、私の『美容ラボ一式』を運び出して! まずはリビングを『美の聖域(ビューティー・サンクチュアリ)』に改造しますわよ!」

私の号令の下、静まり返っていた廃屋が一気に活気づきました。
セバスと御者たちが大慌てで荷物を運び込み、私は私で、破れたカーテンを剥ぎ取って「美しく見える角度」を計算し始めました。

「お嬢様、窓ガラスがありません! 夜は凍死します!」

「あら、ちょうどいいわ。天然のクライオセラピー(冷却療法)ですわね。毛穴を引き締めて、代謝を上げるチャンスよ。……でも、流石に霜焼けは美しくないから、そこにある高級毛皮のコートを窓に貼り付けてちょうだい!」

「……数千万円するクロテンのコートを、目貼りに使うのですか!?」

「美しさを守るためなら、安いものですわ!」

私は高笑いしながら、埃舞う広間の中心で舞い踊りました。
王宮の窮屈な部屋にいた時よりも、ずっと心が踊っています。

壁のシミはモダンアート。
床のきしみはジャズの調べ。
そして、この荒れ果てた環境こそが、私の美容技術を試す最高のステージ!

「見ていなさい、レオン様。あなたが『追放』した女が、この極北の地を世界で最も輝く『美の聖地』に変えてみせますわ!」

窓の外では、隣国の公爵、アルベルトが視察の途中で偶然この光景を目撃していましたが……。
今の私には、彼の驚愕の表情さえも「私の美しさに圧倒された観客」にしか見えていなかったのでした。
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