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「セバス! そこ、拭き込みが甘いわ! サビは『味』ですけれど、埃はただの『老化の元』ですのよ!」
「はっ、申し訳ございません! すぐに、このシルクの古布で磨き上げます!」
屋敷の改造を始めて三日。
私、キラリ・フォン・ルミナスは、ボロ屋敷……失礼、ヴィンテージ・マナーハウスの居間で陣頭指揮を執っていました。
窓には目貼りのクロテン、床には埃一つない磨き抜かれた木肌。
そして、その中央で私は、特製の美肌泥パックを顔に塗りたくった状態で、優雅にハーブティーを啜っておりました。
「……あの、お嬢様。……その、顔が、緑色で恐ろしいのですが」
隅っこで、私が無理やり着替えさせた小綺麗な服を着たギュンターさんが、ガタガタと震えています。
「何を仰っていますの。これは森の恵みを凝縮したクロレラ・コラーゲン・パックですわ。……あら、誰か来たようですわね」
玄関の、建て付けの悪い扉がギギィと開きました。
現れたのは、銀髪を冷たく輝かせた、信じられないほど整った顔立ちの青年でした。
仕立ての良い漆黒のコートを纏い、周囲に氷を振りまくような威圧感を放っています。
「……何だ、ここは。廃屋だと思っていたが、人の気配がすると思えば……」
青年は広間を見渡し、絶句しました。
窓に貼り付けられた数千万円の毛皮。
異様に磨き上げられた床。
そして、顔面を緑色の泥で塗りつぶした、豪華なドレスの私。
「……不審者か? それとも、この地の森に棲まう魔物か?」
「失礼ね! 魔物ではなく、美の女神(自称)ですわよ!」
私は立ち上がり、パックを塗ったまま完璧なカーテシーを披露しました。
青年――隣国の「氷の公爵」アルベルト様は、眉間に深いシワを寄せました。
「お嬢様、落ち着いてください。……失礼いたしました、アルベルト閣下。こちらはルミナス公爵家の令嬢、キラリ様でございます」
セバスが慌てて割って入ります。
アルベルト様は、凍りつくような冷たい瞳で私を凝視しました。
「ルミナス公爵家の……。あの、王太子に婚約破棄され、狂乱の末に追放されたという『悪役令嬢』か。……なるほど、狂乱という噂は事実だったようだな」
「あら、アルベルト様。ご挨拶ですわね。狂乱ではなく『覚醒』と呼んでいただきたいわ。それより……」
私は一歩、彼に詰め寄りました。
アルベルト様は反射的に剣の柄に手をかけましたが、私は構わず、彼の顔を至近距離で観察しました。
「……あなた、もったいないわ」
「……何だと?」
「顔立ちの造形は、神が七日七晩かけて彫り上げたかのような傑作ですわ。……ですが、表情筋が死んでいます! そして何より、その目元! 視察続きで血行が滞り、わずかに青クマが浮いていますわよ!」
「な……貴様、何を……」
「美に対する冒涜ですわ! セバス、予備のマッサージ台を持ってきなさい! この『凍える彫刻』に、美の洗礼を授けて差し上げますわ!」
「待て、触るな! 私はただ、国境付近の不審な動きを……うわっ!?」
私が彼の腕を掴むと、アルベルト様は見た目によらず驚いたような声を上げました。
私の指先は、毎日自分を磨き上げているおかげで、鉄をも砕く……いいえ、ツボを正確に捉える精密機械のようになっていますの。
「暴れないで。私のパックが剥がれてしまいますわ。……ほら、ギュンターさんも手伝って! この方のコートを脱がせてちょうだい!」
「ひっ、ひぃい! 公爵様の服を剥ぐなんて、わしゃ死刑になる!」
「大丈夫ですわ、死刑になる前に私が彼を美しく再生させますから!」
「貴様……狂っているのか!? 放せ、私は隣国の公爵だぞ!」
アルベルト様の氷のような冷静さが、みるみるうちに崩れていきます。
私は彼を強引にソファへ押し倒し(語弊がありますわね)、ポーチから特製の「急速回復アイクリーム」を取り出しました。
「いい、アルベルト様。美しさは権力よりも強いのです。そのクマを放置して王宮へ戻るなんて、隣国の恥ですわよ。……さあ、まな板の上の鯉になりなさい!」
「意味が分からん! 鯉ではなく公爵だと言って……っ、ん……?」
私が彼の目元を優しく、かつ的確な圧力でマッサージし始めると、アルベルト様の抵抗が弱まりました。
次第に、彼の瞳から険しさが消え、長い睫毛が震え始めます。
「……ほう。この指使い……。ただの令嬢ではないな。……いや、しかし私は、貴様の正体を探りに来たのであって……」
「あら、寝言は寝てから言いなさい。……ほら、血行が良くなってきましたわ。……セバス、彼に温かいカモミールティーを。それと、私の新作『光る泥パック』を彼の鼻筋にも!」
「……それだけは、断固拒否す……ふぅ……。……いや、悪くないな……」
十五分後。
氷の公爵と呼ばれた男は、鼻筋に緑色の泥を乗せたまま、魂が抜けたような顔でソファに沈んでいました。
「……信じられん。私の体が、これほど軽いとは。……キラリと言ったか。貴様、一体何者だ?」
「申し上げたでしょう? 美の求道者ですわ。……さて、アルベルト様。施術代として、そちらの国で獲れる『最高級の蜜蝋』を後で送ってくださるかしら? 新しいリップクリームの材料にしたいのです」
アルベルト様は呆然と私を見上げ、それから小さく、本当に小さく、口角を上げました。
「……面白い女だ。追放された理由が、ようやく分かった気がする。……王太子には、貴様は刺激が強すぎたのだろうな」
「あら、褒め言葉として受け取っておきますわ。オーホッホッホ!」
泥パックを塗った私の高笑いが、北の屋敷に響き渡ります。
こうして、隣国の公爵という最強の「美の協力者」を(半ば強制的に)獲得したのでした。
「はっ、申し訳ございません! すぐに、このシルクの古布で磨き上げます!」
屋敷の改造を始めて三日。
私、キラリ・フォン・ルミナスは、ボロ屋敷……失礼、ヴィンテージ・マナーハウスの居間で陣頭指揮を執っていました。
窓には目貼りのクロテン、床には埃一つない磨き抜かれた木肌。
そして、その中央で私は、特製の美肌泥パックを顔に塗りたくった状態で、優雅にハーブティーを啜っておりました。
「……あの、お嬢様。……その、顔が、緑色で恐ろしいのですが」
隅っこで、私が無理やり着替えさせた小綺麗な服を着たギュンターさんが、ガタガタと震えています。
「何を仰っていますの。これは森の恵みを凝縮したクロレラ・コラーゲン・パックですわ。……あら、誰か来たようですわね」
玄関の、建て付けの悪い扉がギギィと開きました。
現れたのは、銀髪を冷たく輝かせた、信じられないほど整った顔立ちの青年でした。
仕立ての良い漆黒のコートを纏い、周囲に氷を振りまくような威圧感を放っています。
「……何だ、ここは。廃屋だと思っていたが、人の気配がすると思えば……」
青年は広間を見渡し、絶句しました。
窓に貼り付けられた数千万円の毛皮。
異様に磨き上げられた床。
そして、顔面を緑色の泥で塗りつぶした、豪華なドレスの私。
「……不審者か? それとも、この地の森に棲まう魔物か?」
「失礼ね! 魔物ではなく、美の女神(自称)ですわよ!」
私は立ち上がり、パックを塗ったまま完璧なカーテシーを披露しました。
青年――隣国の「氷の公爵」アルベルト様は、眉間に深いシワを寄せました。
「お嬢様、落ち着いてください。……失礼いたしました、アルベルト閣下。こちらはルミナス公爵家の令嬢、キラリ様でございます」
セバスが慌てて割って入ります。
アルベルト様は、凍りつくような冷たい瞳で私を凝視しました。
「ルミナス公爵家の……。あの、王太子に婚約破棄され、狂乱の末に追放されたという『悪役令嬢』か。……なるほど、狂乱という噂は事実だったようだな」
「あら、アルベルト様。ご挨拶ですわね。狂乱ではなく『覚醒』と呼んでいただきたいわ。それより……」
私は一歩、彼に詰め寄りました。
アルベルト様は反射的に剣の柄に手をかけましたが、私は構わず、彼の顔を至近距離で観察しました。
「……あなた、もったいないわ」
「……何だと?」
「顔立ちの造形は、神が七日七晩かけて彫り上げたかのような傑作ですわ。……ですが、表情筋が死んでいます! そして何より、その目元! 視察続きで血行が滞り、わずかに青クマが浮いていますわよ!」
「な……貴様、何を……」
「美に対する冒涜ですわ! セバス、予備のマッサージ台を持ってきなさい! この『凍える彫刻』に、美の洗礼を授けて差し上げますわ!」
「待て、触るな! 私はただ、国境付近の不審な動きを……うわっ!?」
私が彼の腕を掴むと、アルベルト様は見た目によらず驚いたような声を上げました。
私の指先は、毎日自分を磨き上げているおかげで、鉄をも砕く……いいえ、ツボを正確に捉える精密機械のようになっていますの。
「暴れないで。私のパックが剥がれてしまいますわ。……ほら、ギュンターさんも手伝って! この方のコートを脱がせてちょうだい!」
「ひっ、ひぃい! 公爵様の服を剥ぐなんて、わしゃ死刑になる!」
「大丈夫ですわ、死刑になる前に私が彼を美しく再生させますから!」
「貴様……狂っているのか!? 放せ、私は隣国の公爵だぞ!」
アルベルト様の氷のような冷静さが、みるみるうちに崩れていきます。
私は彼を強引にソファへ押し倒し(語弊がありますわね)、ポーチから特製の「急速回復アイクリーム」を取り出しました。
「いい、アルベルト様。美しさは権力よりも強いのです。そのクマを放置して王宮へ戻るなんて、隣国の恥ですわよ。……さあ、まな板の上の鯉になりなさい!」
「意味が分からん! 鯉ではなく公爵だと言って……っ、ん……?」
私が彼の目元を優しく、かつ的確な圧力でマッサージし始めると、アルベルト様の抵抗が弱まりました。
次第に、彼の瞳から険しさが消え、長い睫毛が震え始めます。
「……ほう。この指使い……。ただの令嬢ではないな。……いや、しかし私は、貴様の正体を探りに来たのであって……」
「あら、寝言は寝てから言いなさい。……ほら、血行が良くなってきましたわ。……セバス、彼に温かいカモミールティーを。それと、私の新作『光る泥パック』を彼の鼻筋にも!」
「……それだけは、断固拒否す……ふぅ……。……いや、悪くないな……」
十五分後。
氷の公爵と呼ばれた男は、鼻筋に緑色の泥を乗せたまま、魂が抜けたような顔でソファに沈んでいました。
「……信じられん。私の体が、これほど軽いとは。……キラリと言ったか。貴様、一体何者だ?」
「申し上げたでしょう? 美の求道者ですわ。……さて、アルベルト様。施術代として、そちらの国で獲れる『最高級の蜜蝋』を後で送ってくださるかしら? 新しいリップクリームの材料にしたいのです」
アルベルト様は呆然と私を見上げ、それから小さく、本当に小さく、口角を上げました。
「……面白い女だ。追放された理由が、ようやく分かった気がする。……王太子には、貴様は刺激が強すぎたのだろうな」
「あら、褒め言葉として受け取っておきますわ。オーホッホッホ!」
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