婚約破棄を受け入れたら溺愛ルートに突入。没落する暇もありません!

萩月

文字の大きさ
5 / 28

5

しおりを挟む
「セバス! そこ、拭き込みが甘いわ! サビは『味』ですけれど、埃はただの『老化の元』ですのよ!」

「はっ、申し訳ございません! すぐに、このシルクの古布で磨き上げます!」

屋敷の改造を始めて三日。
私、キラリ・フォン・ルミナスは、ボロ屋敷……失礼、ヴィンテージ・マナーハウスの居間で陣頭指揮を執っていました。
窓には目貼りのクロテン、床には埃一つない磨き抜かれた木肌。
そして、その中央で私は、特製の美肌泥パックを顔に塗りたくった状態で、優雅にハーブティーを啜っておりました。

「……あの、お嬢様。……その、顔が、緑色で恐ろしいのですが」

隅っこで、私が無理やり着替えさせた小綺麗な服を着たギュンターさんが、ガタガタと震えています。

「何を仰っていますの。これは森の恵みを凝縮したクロレラ・コラーゲン・パックですわ。……あら、誰か来たようですわね」

玄関の、建て付けの悪い扉がギギィと開きました。
現れたのは、銀髪を冷たく輝かせた、信じられないほど整った顔立ちの青年でした。
仕立ての良い漆黒のコートを纏い、周囲に氷を振りまくような威圧感を放っています。

「……何だ、ここは。廃屋だと思っていたが、人の気配がすると思えば……」

青年は広間を見渡し、絶句しました。
窓に貼り付けられた数千万円の毛皮。
異様に磨き上げられた床。
そして、顔面を緑色の泥で塗りつぶした、豪華なドレスの私。

「……不審者か? それとも、この地の森に棲まう魔物か?」

「失礼ね! 魔物ではなく、美の女神(自称)ですわよ!」

私は立ち上がり、パックを塗ったまま完璧なカーテシーを披露しました。
青年――隣国の「氷の公爵」アルベルト様は、眉間に深いシワを寄せました。

「お嬢様、落ち着いてください。……失礼いたしました、アルベルト閣下。こちらはルミナス公爵家の令嬢、キラリ様でございます」

セバスが慌てて割って入ります。
アルベルト様は、凍りつくような冷たい瞳で私を凝視しました。

「ルミナス公爵家の……。あの、王太子に婚約破棄され、狂乱の末に追放されたという『悪役令嬢』か。……なるほど、狂乱という噂は事実だったようだな」

「あら、アルベルト様。ご挨拶ですわね。狂乱ではなく『覚醒』と呼んでいただきたいわ。それより……」

私は一歩、彼に詰め寄りました。
アルベルト様は反射的に剣の柄に手をかけましたが、私は構わず、彼の顔を至近距離で観察しました。

「……あなた、もったいないわ」

「……何だと?」

「顔立ちの造形は、神が七日七晩かけて彫り上げたかのような傑作ですわ。……ですが、表情筋が死んでいます! そして何より、その目元! 視察続きで血行が滞り、わずかに青クマが浮いていますわよ!」

「な……貴様、何を……」

「美に対する冒涜ですわ! セバス、予備のマッサージ台を持ってきなさい! この『凍える彫刻』に、美の洗礼を授けて差し上げますわ!」

「待て、触るな! 私はただ、国境付近の不審な動きを……うわっ!?」

私が彼の腕を掴むと、アルベルト様は見た目によらず驚いたような声を上げました。
私の指先は、毎日自分を磨き上げているおかげで、鉄をも砕く……いいえ、ツボを正確に捉える精密機械のようになっていますの。

「暴れないで。私のパックが剥がれてしまいますわ。……ほら、ギュンターさんも手伝って! この方のコートを脱がせてちょうだい!」

「ひっ、ひぃい! 公爵様の服を剥ぐなんて、わしゃ死刑になる!」

「大丈夫ですわ、死刑になる前に私が彼を美しく再生させますから!」

「貴様……狂っているのか!? 放せ、私は隣国の公爵だぞ!」

アルベルト様の氷のような冷静さが、みるみるうちに崩れていきます。
私は彼を強引にソファへ押し倒し(語弊がありますわね)、ポーチから特製の「急速回復アイクリーム」を取り出しました。

「いい、アルベルト様。美しさは権力よりも強いのです。そのクマを放置して王宮へ戻るなんて、隣国の恥ですわよ。……さあ、まな板の上の鯉になりなさい!」

「意味が分からん! 鯉ではなく公爵だと言って……っ、ん……?」

私が彼の目元を優しく、かつ的確な圧力でマッサージし始めると、アルベルト様の抵抗が弱まりました。
次第に、彼の瞳から険しさが消え、長い睫毛が震え始めます。

「……ほう。この指使い……。ただの令嬢ではないな。……いや、しかし私は、貴様の正体を探りに来たのであって……」

「あら、寝言は寝てから言いなさい。……ほら、血行が良くなってきましたわ。……セバス、彼に温かいカモミールティーを。それと、私の新作『光る泥パック』を彼の鼻筋にも!」

「……それだけは、断固拒否す……ふぅ……。……いや、悪くないな……」

十五分後。
氷の公爵と呼ばれた男は、鼻筋に緑色の泥を乗せたまま、魂が抜けたような顔でソファに沈んでいました。

「……信じられん。私の体が、これほど軽いとは。……キラリと言ったか。貴様、一体何者だ?」

「申し上げたでしょう? 美の求道者ですわ。……さて、アルベルト様。施術代として、そちらの国で獲れる『最高級の蜜蝋』を後で送ってくださるかしら? 新しいリップクリームの材料にしたいのです」

アルベルト様は呆然と私を見上げ、それから小さく、本当に小さく、口角を上げました。

「……面白い女だ。追放された理由が、ようやく分かった気がする。……王太子には、貴様は刺激が強すぎたのだろうな」

「あら、褒め言葉として受け取っておきますわ。オーホッホッホ!」

泥パックを塗った私の高笑いが、北の屋敷に響き渡ります。
こうして、隣国の公爵という最強の「美の協力者」を(半ば強制的に)獲得したのでした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貧乏人とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の英雄と結婚しました

ゆっこ
恋愛
 ――あの日、私は確かに笑われた。 「貧乏人とでも結婚すれば? 君にはそれくらいがお似合いだ」  王太子であるエドワード殿下の冷たい言葉が、まるで氷の刃のように胸に突き刺さった。  その場には取り巻きの貴族令嬢たちがいて、皆そろって私を見下ろし、くすくすと笑っていた。  ――婚約破棄。

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

居候と婚約者が手を組んでいた!

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 グリンマトル伯爵家の一人娘のレネットは、前世の記憶を持っていた。前世は体が弱く入院しそのまま亡くなった。その為、病気に苦しむ人を助けたいと思い薬師になる事に。幸いの事に、家業は薬師だったので、いざ学校へ。本来は17歳から通う学校へ7歳から行く事に。ほらそこは、転生者だから!  って、王都の学校だったので寮生活で、数年後に帰ってみると居候がいるではないですか!  父親の妹家族のウルミーシュ子爵家だった。同じ年の従姉妹アンナがこれまたわがまま。  アンアの母親で父親の妹のエルダがこれまたくせ者で。  最悪な事態が起き、レネットの思い描いていた未来は消え去った。家族と末永く幸せと願った未来が――。

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

私を簡単に捨てられるとでも?―君が望んでも、離さない―

喜雨と悲雨
恋愛
私の名前はミラン。街でしがない薬師をしている。 そして恋人は、王宮騎士団長のルイスだった。 二年前、彼は魔物討伐に向けて遠征に出発。 最初は手紙も返ってきていたのに、 いつからか音信不通に。 あんなにうっとうしいほど構ってきた男が―― なぜ突然、私を無視するの? 不安を抱えながらも待ち続けた私の前に、 突然ルイスが帰還した。 ボロボロの身体。 そして隣には――見知らぬ女。 勝ち誇ったように彼の隣に立つその女を見て、 私の中で何かが壊れた。 混乱、絶望、そして……再起。 すがりつく女は、みっともないだけ。 私は、潔く身を引くと決めた――つもりだったのに。 「私を簡単に捨てられるとでも? ――君が望んでも、離さない」 呪いを自ら解き放ち、 彼は再び、執着の目で私を見つめてきた。 すれ違い、誤解、呪い、執着、 そして狂おしいほどの愛―― 二人の恋のゆくえは、誰にもわからない。 過去に書いた作品を修正しました。再投稿です。

処理中です...