婚約破棄された悪役令嬢の見つけた『幸福論』

萩月

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「……重いです」

「我慢しろ。ダイヤモンドの重みは愛の重みだ」

「物理的に首が折れそうです。損害賠償を請求しますよ」

純白のウェディングドレスに身を包んだ私は、控室でジェイド様に毒づいていた。

今日の私は、文字通り「宝石箱」だった。

ティアラ、ネックレス、イヤリング、ブレスレット。

ジェイド様が「あれも、これも」と積み上げた結果、私の総重量は普段の二倍になっている。

「綺麗だぞ、イーロア。……世界一美しい」

ジェイド様は、白のタキシード姿で私を見つめ、うっとりとしている。

彼もまた、目が眩むほど美しい。

黒髪をオールバックにし、凛々しい眉と紫紺の瞳が際立っている。

正直、見惚れてしまいそうになるが、それを認めるのは癪なので黙っておく。

「さあ、行こうか。……みんなが待っている」

彼は私の手を取り、エスコートした。

重厚な扉が開く。

その先には、レッドカーペットが敷かれた大聖堂のヴァージンロードが続いていた。

***

パイプオルガンの荘厳な音色が響き渡る。

一歩踏み出すたびに、参列者たちの視線が突き刺さる。

「うっ、ううっ……イーロア……!」

最前列で、カイル殿下がハンカチを噛んで号泣していた。

その隣では、リリィ(メイド服ではなくドレスアップしている)が、「尊い……! 推しの結婚式、眼球に焼き付けます!」と興奮気味にスケッチブックを走らせている。

国王陛下も、王妃殿下も、そして実家の父(顔面蒼白で小さくなっている)もいる。

(……本当に、盛大ね)

私は心の中でため息をついた。

面倒くさい。

ヒールは高いし、コルセットは苦しいし、笑顔を張り付ける頬の筋肉が痙攣しそうだ。

「……早く終わって、部屋でケーキを食べたいです」

小声で呟くと、ジェイド様がクスクスと笑った。

「あと三十分の辛抱だ。……その後の披露宴では、君の席に特大のホールケーキを用意してある」

「……頑張ります」

現金な私だ。

祭壇の前まで進み、私たちは神父の前に立った。

「汝、ジェイド・フォン・ルークスは、この女を妻とし、病める時も、健やかなる時も、これを愛し、敬い、慰め、助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

神父の問いに、ジェイド様は迷いなく答えた。

「誓います。……彼女が寝ていても、起きていても、悪態をついても、全財産を食い潰しても、一生愛し抜き、守り抜くことを」

「……ちょっと、余計なオプションがつきましたけど」

神父が咳払いをして、私に向いた。

「汝、イーロア・フォン・エストラートは、この男を夫とし……(中略)……命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」

「……誓います」

私は答えた。

「彼が私の安眠を妨げず、おやつを絶やさず、私が『働きたくない』と言った時に代わりに働いてくれる限り、効率的に彼を支え、管理することを」

「……新しい誓いの形ですね」

神父は苦笑しながら、聖書を閉じた。

「では、誓いの口づけを」

来た。

リハーサルで散々揉めた、あの儀式だ。

ジェイド様がベールを上げる。

彼の顔が近づいてくる。

「……ジェイド様、短めでお願いしますよ」

私は唇を動かさずに囁いた。

「みんな見てますから。……恥ずかしいです」

「嫌だ」

彼は即答した。

「みんな見ているからこそ、だ」

「え?」

「見せつけてやるんだよ。……君が誰のものか、骨の髄までわからせるために」

彼は私の腰を引き寄せ、逃げ場を塞いだ。

そして。

「……んっ」

唇が重なる。

優しい、触れるだけのキスではない。

所有欲と、情熱と、そして溢れんばかりの愛情が込められた、深く、長いキス。

(……っ、長い!)

三秒、五秒、十秒……。

会場がざわめき、やがて静まり返り、そして誰かの(たぶんリリィの)「キャー!」という悲鳴が聞こえる。

それでも彼は離さない。

角度を変え、何度も啄み、私の息を奪っていく。

頭が真っ白になる。

重いドレスのことも、痛いヒールのことも、全部忘れてしまいそうだ。

(……この人、本当に……)

ようやく唇が離れた時、私は足元がふらついた。

ジェイド様がしっかりと支えてくれる。

「……やりすぎです、バカ」

私は真っ赤な顔で、涙目で睨みつけた。

「窒息するかと思いました」

「生きてるだろ?」

ジェイド様は悪びれもせず、満足げに笑った。

「愛してる、イーロア」

「……もう、知りません」

私は彼の胸に顔を埋めた。

これ以上、この赤くなった顔を晒すのは、私の「悪役令嬢」としてのプライドが許さない。

ワァァァァァッ!!

大聖堂が割れんばかりの拍手と歓声に包まれる。

フラワーシャワーが降り注ぐ中、私たちは腕を組んでヴァージンロードを歩き出した。

「おめでとう! イーロア!」(カイル殿下)

「お幸せに! 姉御!」(リリィ)

「末長く爆発しろ!」(どこかの貴族)

祝福の言葉を浴びながら、私は思った。

(……まあ、悪くないわね)

この騒がしくて、面倒くさくて、でも温かい世界。

これからは、この人の隣が私の「定位置」になるのだ。

「……ジェイド様」

「ん?」

「……私も、愛してますよ。……少しだけ」

私はボソリと呟いた。

「……え、今なんて?」

「一度しか言いません。……さあ、早くケーキを食べに行きますよ!」

私は彼の腕を引っ張り、歩く速度を速めた。

ジェイド様は一瞬驚いた顔をして、それから今日一番の、太陽のような笑顔を見せた。

「ああ、行こう! 俺の可愛い奥様!」

こうして、私たちの結婚式は、盛大に、騒々しく、そして最高に幸せな形で幕を閉じたのだった。

次回、『初夜の攻防』。

……まだ休ませてくれないんですか!?
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