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「……ふぅ。お肉、最高でしたわね。殿下、あの鴨のローストの皮のパリパリ具合、金貨三枚分の価値はありましたわ」
暗殺者騒動を乗り越え、ようやく辿り着いた最高級宿の一室。
私は食後の余韻に浸りながら、豪華なソファに深く腰掛けていた。
隣には、相変わらず端正な顔立ちを崩さないカイル殿下が座っている。
「……」
「殿下、そんなにじっと私を見つめても、お代わりは出ませんよ。
今の視線は、『ミナ、お前の食べっぷりを見ているだけで、私の胃袋までマシマロのように膨らんでいくようだ。幸せだが、少しだけ胃もたれがする』……という意味ですね?」
「……(フルフル)」
カイル殿下は、静かに首を横に振った。
いつもならここで私の超訳に「コクリ」と頷くはずなのに、今日の彼はどこか様子が違う。
その紺色の瞳が、揺れるロウソクの火を反射して、熱っぽく私を射抜いている。
「……ミナ」
「はい? なんです、改まって。私の顔にさっきのソースでもついていますか?」
「……いや。……お前といると」
カイル殿下が、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
脳内での何百通りのシミュレーションを潜り抜け、ようやく外へと漏れ出した「本物の言葉」。
私は扇を閉じ、背筋を伸ばして次の言葉を待った。
「……耳が、疲れる」
「……はい?」
あまりにもストレートな悪口(?)に、流石の私も一瞬フリーズした。
だが、殿下は目を逸らさず、さらに言葉を重ねる。
「……喋りすぎだ。声がデカい。論理が強引だ。……四六時中、頭の中をかき回されているような気分になる」
「……殿下。そこまで仰るなら、明日から私は一言も発さずに『無言の補佐官』に転身しましょうか?
私の沈黙は、それはそれで不気味だと思いますけれど」
私が少しだけムッとして言い返そうとすると、カイル殿下の大きな手が、そっと私の手の上に重ねられた。
ひんやりとした、でも確かな熱を持った指先。
「……だが。……心地いい」
「……え?」
「……静かな王宮が、お前の声一つで、色がついたように賑やかになる。
耳は疲れるが……心は、少しだけ軽くなるんだ。
……ずっと、こうしていたいと、思うくらいには」
カイル殿下は、そこまで言うと、顔を真っ赤にして視線を泳がせた。
……沈黙。
それはこれまでの「フリーズ」ではなく、純粋な、そして不器用な愛の告白に近いものだった。
部屋の温度が、一気に数度上がったような気がする。
(……ちょっと。何今の。氷の王子が、天然の暖房器具にジョブチェンジしたの?)
私の胸が、ほんの少しだけ、本当にわずかだけ高鳴る。
だが、私はミナ・フォレスト。合理性と実利を愛する、元悪役令嬢である。
この甘ったるい、砂糖を煮詰めたような空気に飲み込まれるわけにはいかない。
「……殿下」
「……あ、ああ」
カイル殿下が、期待と不安の入り混じった目で私を見つめる。
私はキリリとした表情で、彼の手をギュッと握り返した。
「つまり、殿下は今、『ミナ、お前の声は騒音に近いが、中毒性がある。聴覚へのダメージを考慮しても、お前をそばに置いておきたい。だが正直、耳が痛いのは事実だ。何か対策を講じろ』と仰っているのですね?」
「……え?」
「分かりました! 明日、街で一番遮音性の高い『特製耳栓』を探してまいります!
殿下が私のマシンガントークを快適に楽しめるよう、万全の装備を整えましょう。
殿下の健康管理も補佐官の仕事ですからね。……あ、耳栓代は経費で落としますわよ?」
「……」
カイル殿下は、口を半開きにしたまま、石像のように固まった。
……沈黙。
今度の沈黙は、絶望。
「なぜ、この流れでそうなるんだ」という、全人類を代表したツッコミが、彼の脳内で爆発しているのが見える。
「……(……お前は……本当に……)」
「あ、殿下。今の沈黙は、『ミナ、お前の気遣いに涙が出るほど感動した。耳栓なんて言わずに、そのままの声で私の鼓膜を震わせてくれ。お前の斜め上の発想、一生ついていくぞ』……という意味ですね?」
「……(ガクッ)」
カイル殿下はソファに崩れ落ち、額を押さえて深く、深いため息をついた。
……どうやら、私の超訳は、またしても「正解」を射抜いてしまったらしい。
「ふふ、殿下ったら照れちゃって。
さあ、夜も遅いですし、明日に備えて休みましょう。
耳栓のカタログ、寝る前に精査しておきますからね!」
私は上機嫌で立ち上がり、自室へと向かう扉を開けた。
背後で、カイル殿下がボソリと「……耳栓なんて、いらないのに」と呟いたのを、私はあえて聞き流した。
婚約破棄されて、人生のどん底だと思っていた。
けれど、こうして不器用に想いを伝えてくれる(そして私のツッコミに翻弄される)王子様との毎日は、案外、悪くない。
「……さて。明日の朝一番の超訳は、『殿下、おはようございます。耳の調子はいかがですか?』に決まりね!」
私の弾むような声が、夜の静かな宿に響き渡った。
カイル殿下の「……(……勘弁してくれ)」という無言の叫びを、心地よいBGMにしながら。
暗殺者騒動を乗り越え、ようやく辿り着いた最高級宿の一室。
私は食後の余韻に浸りながら、豪華なソファに深く腰掛けていた。
隣には、相変わらず端正な顔立ちを崩さないカイル殿下が座っている。
「……」
「殿下、そんなにじっと私を見つめても、お代わりは出ませんよ。
今の視線は、『ミナ、お前の食べっぷりを見ているだけで、私の胃袋までマシマロのように膨らんでいくようだ。幸せだが、少しだけ胃もたれがする』……という意味ですね?」
「……(フルフル)」
カイル殿下は、静かに首を横に振った。
いつもならここで私の超訳に「コクリ」と頷くはずなのに、今日の彼はどこか様子が違う。
その紺色の瞳が、揺れるロウソクの火を反射して、熱っぽく私を射抜いている。
「……ミナ」
「はい? なんです、改まって。私の顔にさっきのソースでもついていますか?」
「……いや。……お前といると」
カイル殿下が、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
脳内での何百通りのシミュレーションを潜り抜け、ようやく外へと漏れ出した「本物の言葉」。
私は扇を閉じ、背筋を伸ばして次の言葉を待った。
「……耳が、疲れる」
「……はい?」
あまりにもストレートな悪口(?)に、流石の私も一瞬フリーズした。
だが、殿下は目を逸らさず、さらに言葉を重ねる。
「……喋りすぎだ。声がデカい。論理が強引だ。……四六時中、頭の中をかき回されているような気分になる」
「……殿下。そこまで仰るなら、明日から私は一言も発さずに『無言の補佐官』に転身しましょうか?
私の沈黙は、それはそれで不気味だと思いますけれど」
私が少しだけムッとして言い返そうとすると、カイル殿下の大きな手が、そっと私の手の上に重ねられた。
ひんやりとした、でも確かな熱を持った指先。
「……だが。……心地いい」
「……え?」
「……静かな王宮が、お前の声一つで、色がついたように賑やかになる。
耳は疲れるが……心は、少しだけ軽くなるんだ。
……ずっと、こうしていたいと、思うくらいには」
カイル殿下は、そこまで言うと、顔を真っ赤にして視線を泳がせた。
……沈黙。
それはこれまでの「フリーズ」ではなく、純粋な、そして不器用な愛の告白に近いものだった。
部屋の温度が、一気に数度上がったような気がする。
(……ちょっと。何今の。氷の王子が、天然の暖房器具にジョブチェンジしたの?)
私の胸が、ほんの少しだけ、本当にわずかだけ高鳴る。
だが、私はミナ・フォレスト。合理性と実利を愛する、元悪役令嬢である。
この甘ったるい、砂糖を煮詰めたような空気に飲み込まれるわけにはいかない。
「……殿下」
「……あ、ああ」
カイル殿下が、期待と不安の入り混じった目で私を見つめる。
私はキリリとした表情で、彼の手をギュッと握り返した。
「つまり、殿下は今、『ミナ、お前の声は騒音に近いが、中毒性がある。聴覚へのダメージを考慮しても、お前をそばに置いておきたい。だが正直、耳が痛いのは事実だ。何か対策を講じろ』と仰っているのですね?」
「……え?」
「分かりました! 明日、街で一番遮音性の高い『特製耳栓』を探してまいります!
殿下が私のマシンガントークを快適に楽しめるよう、万全の装備を整えましょう。
殿下の健康管理も補佐官の仕事ですからね。……あ、耳栓代は経費で落としますわよ?」
「……」
カイル殿下は、口を半開きにしたまま、石像のように固まった。
……沈黙。
今度の沈黙は、絶望。
「なぜ、この流れでそうなるんだ」という、全人類を代表したツッコミが、彼の脳内で爆発しているのが見える。
「……(……お前は……本当に……)」
「あ、殿下。今の沈黙は、『ミナ、お前の気遣いに涙が出るほど感動した。耳栓なんて言わずに、そのままの声で私の鼓膜を震わせてくれ。お前の斜め上の発想、一生ついていくぞ』……という意味ですね?」
「……(ガクッ)」
カイル殿下はソファに崩れ落ち、額を押さえて深く、深いため息をついた。
……どうやら、私の超訳は、またしても「正解」を射抜いてしまったらしい。
「ふふ、殿下ったら照れちゃって。
さあ、夜も遅いですし、明日に備えて休みましょう。
耳栓のカタログ、寝る前に精査しておきますからね!」
私は上機嫌で立ち上がり、自室へと向かう扉を開けた。
背後で、カイル殿下がボソリと「……耳栓なんて、いらないのに」と呟いたのを、私はあえて聞き流した。
婚約破棄されて、人生のどん底だと思っていた。
けれど、こうして不器用に想いを伝えてくれる(そして私のツッコミに翻弄される)王子様との毎日は、案外、悪くない。
「……さて。明日の朝一番の超訳は、『殿下、おはようございます。耳の調子はいかがですか?』に決まりね!」
私の弾むような声が、夜の静かな宿に響き渡った。
カイル殿下の「……(……勘弁してくれ)」という無言の叫びを、心地よいBGMにしながら。
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