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「止まれ! そこまでだ、氷の王子とその連れ令嬢。大人しく命を置いていけ!」
視察の帰り道。夕闇が迫る森の街道で、突如として黒ずくめの男たちが馬車を取り囲んだ。
抜き身の剣を構え、いかにも「私たちは今から悪いことをします」というオーラを全身から放っている。
カイル殿下が瞬時に私の前に立ち、鋭い視線で男たちを射抜いた。
……沈黙。
張り詰めた空気。殿下の右手が、腰に差した剣の柄にかかる。
「……(……下がるんだ、ミナ。ここは私が……)」
「殿下、動かないでください。その姿勢、腰を痛めますよ。……それより、お黙りなさいな、そこの不審者の方々!」
私はカイル殿下の肩をポンと叩いて横に退けると、扇をバサリと開いて一歩前へ出た。
暗殺者のリーダー格と思われる男が、毒気を抜かれたように目を丸くする。
「な、なんだ貴様は! 死ぬのが怖くないのか!」
「怖いですよ、当然でしょう。だからこそ、命のやり取りという『コストパフォーマンス』の極めて低い行為に疑問を呈しているのです。
……伺いますが、貴方たちの今回の報酬、いくらですか?」
「はあ!? そ、そんなこと言えるわけなかろう!」
「言わなくて結構です、大体予想がつきますから。その装備、安物の革鎧に手入れの行き届いていない剣。
おそらく、前金で銀貨十枚、成功報酬で金貨五枚といったところでしょう? 違いますか?」
男たちが動揺したように顔を見合わせた。図星らしい。
私は「やれやれ」と溜息をつき、扇で自分を仰ぎながら畳み掛ける。
「笑わせないでください。隣国の第二王子を暗殺するという大罪を犯して、たったそれだけ?
逃亡資金にもなりませんよ。捕まれば絞首刑、運よく逃げ延びても一生指名手配。
一日あたりのリスク単価に換算すると、パン一つ分にも満たない計算になります。貴方たち、算数は苦手ですか?」
「う、うるせえ! 俺たちはプロだ! 金じゃねえ、『誇り』があるんだよ!」
「『誇り』! 素晴らしい言葉ですね。では、その誇りは貴方の葬儀代を支払ってくれますか?
残された家族に年金を支給してくれますか?
プロを自称するなら、まずは自分の命に適切な価格設定をしなさい。
今の貴方たちは、特売の腐ったジャガイモ以下の値段で自分を売り飛ばしている、ただの経済的弱者です」
私の弾丸のような言葉に、暗殺者たちの剣先が目に見えて震え始めた。
カイル殿下は、既に剣を抜くのをやめて、呆然と私と男たちを交互に見つめている。
「……(……ミナ、もうその辺で……彼らのメンタルが、死にかけている……)」
「殿下、まだです。教育は最後までやり遂げるのが私の主義です。
……さあ、そこの貴方! そんな怪しいバイトはやめて、私の実家の公爵領で開拓民として働きませんか?
初期費用無料、住宅完備、何より『命の危険』がゼロです。
今ここで自首すれば、殿下のお情けで刑期も半分になるかもしれませんよ。どうします?」
「……お、俺……」
リーダー格の男が、ポロリと剣を落とした。
その目には、未来への希望……というより、私に対する純粋な恐怖と絶望が入り混じっている。
「俺、実家のお袋に楽をさせてやりたかっただけなんだ……。
暗殺者なんて、割に合わないって……あんたの話を聞いてたら、情けなくなってきて……」
「いい心がけです。さあ、残りの皆さんも。剣を捨てて、一列に並んで。
自分の罪状を簡潔に、かつ論理的に説明する準備をしてください。
あ、文章構成が下手な方は、私が添削してあげますからね。有料ですが」
数分後。
街道には、正座してうなだれる暗殺者軍団と、それを満足げに眺める私の姿があった。
カイル殿下は、深く、本当にかつてないほど深くため息をつくと、私の隣に歩み寄った。
「……(……凄まじいな。お前の口は、魔導大砲よりも破壊力がある……)」
「殿下。今の沈黙は、『ミナ、お前の平和的解決に感動した。暗殺者すらも更生させるそのカリスマ性、もはや聖女を名乗っても差し支えないだろう。あ、でもその喋りすぎる口だけは魔王に近いな』……という意味ですね?」
「……(コクリ)」
「肯定しないでください! ……まあ、被害がなくて何よりです。
殿下、彼らの護送は警備隊に任せて、私たちは早く宿に行きましょう。
美味しいお肉を食べて、今日の労働分のカロリーを摂取しなくちゃ」
私は暗殺者から没収した予備のナイフを果物ナイフ代わりにカバンにしまい、意気揚々と馬車に乗り込んだ。
カイル殿下は、遠ざかる暗殺者たちに同情の視線を向けたあと、少しだけ口角を上げて私の隣に座った。
「……(……次からは、私が守る隙も、なさそうだな)」
「何か仰いました、殿下?」
「……(……いや。……明日も、楽しみだ)」
殿下は、私の肩に頭を預けるようにして、静かに目を閉じた。
どうやら今日の「ミナ式・経済学講座」は、殿下にとっても良い子守唄になったらしい。
視察の帰り道。夕闇が迫る森の街道で、突如として黒ずくめの男たちが馬車を取り囲んだ。
抜き身の剣を構え、いかにも「私たちは今から悪いことをします」というオーラを全身から放っている。
カイル殿下が瞬時に私の前に立ち、鋭い視線で男たちを射抜いた。
……沈黙。
張り詰めた空気。殿下の右手が、腰に差した剣の柄にかかる。
「……(……下がるんだ、ミナ。ここは私が……)」
「殿下、動かないでください。その姿勢、腰を痛めますよ。……それより、お黙りなさいな、そこの不審者の方々!」
私はカイル殿下の肩をポンと叩いて横に退けると、扇をバサリと開いて一歩前へ出た。
暗殺者のリーダー格と思われる男が、毒気を抜かれたように目を丸くする。
「な、なんだ貴様は! 死ぬのが怖くないのか!」
「怖いですよ、当然でしょう。だからこそ、命のやり取りという『コストパフォーマンス』の極めて低い行為に疑問を呈しているのです。
……伺いますが、貴方たちの今回の報酬、いくらですか?」
「はあ!? そ、そんなこと言えるわけなかろう!」
「言わなくて結構です、大体予想がつきますから。その装備、安物の革鎧に手入れの行き届いていない剣。
おそらく、前金で銀貨十枚、成功報酬で金貨五枚といったところでしょう? 違いますか?」
男たちが動揺したように顔を見合わせた。図星らしい。
私は「やれやれ」と溜息をつき、扇で自分を仰ぎながら畳み掛ける。
「笑わせないでください。隣国の第二王子を暗殺するという大罪を犯して、たったそれだけ?
逃亡資金にもなりませんよ。捕まれば絞首刑、運よく逃げ延びても一生指名手配。
一日あたりのリスク単価に換算すると、パン一つ分にも満たない計算になります。貴方たち、算数は苦手ですか?」
「う、うるせえ! 俺たちはプロだ! 金じゃねえ、『誇り』があるんだよ!」
「『誇り』! 素晴らしい言葉ですね。では、その誇りは貴方の葬儀代を支払ってくれますか?
残された家族に年金を支給してくれますか?
プロを自称するなら、まずは自分の命に適切な価格設定をしなさい。
今の貴方たちは、特売の腐ったジャガイモ以下の値段で自分を売り飛ばしている、ただの経済的弱者です」
私の弾丸のような言葉に、暗殺者たちの剣先が目に見えて震え始めた。
カイル殿下は、既に剣を抜くのをやめて、呆然と私と男たちを交互に見つめている。
「……(……ミナ、もうその辺で……彼らのメンタルが、死にかけている……)」
「殿下、まだです。教育は最後までやり遂げるのが私の主義です。
……さあ、そこの貴方! そんな怪しいバイトはやめて、私の実家の公爵領で開拓民として働きませんか?
初期費用無料、住宅完備、何より『命の危険』がゼロです。
今ここで自首すれば、殿下のお情けで刑期も半分になるかもしれませんよ。どうします?」
「……お、俺……」
リーダー格の男が、ポロリと剣を落とした。
その目には、未来への希望……というより、私に対する純粋な恐怖と絶望が入り混じっている。
「俺、実家のお袋に楽をさせてやりたかっただけなんだ……。
暗殺者なんて、割に合わないって……あんたの話を聞いてたら、情けなくなってきて……」
「いい心がけです。さあ、残りの皆さんも。剣を捨てて、一列に並んで。
自分の罪状を簡潔に、かつ論理的に説明する準備をしてください。
あ、文章構成が下手な方は、私が添削してあげますからね。有料ですが」
数分後。
街道には、正座してうなだれる暗殺者軍団と、それを満足げに眺める私の姿があった。
カイル殿下は、深く、本当にかつてないほど深くため息をつくと、私の隣に歩み寄った。
「……(……凄まじいな。お前の口は、魔導大砲よりも破壊力がある……)」
「殿下。今の沈黙は、『ミナ、お前の平和的解決に感動した。暗殺者すらも更生させるそのカリスマ性、もはや聖女を名乗っても差し支えないだろう。あ、でもその喋りすぎる口だけは魔王に近いな』……という意味ですね?」
「……(コクリ)」
「肯定しないでください! ……まあ、被害がなくて何よりです。
殿下、彼らの護送は警備隊に任せて、私たちは早く宿に行きましょう。
美味しいお肉を食べて、今日の労働分のカロリーを摂取しなくちゃ」
私は暗殺者から没収した予備のナイフを果物ナイフ代わりにカバンにしまい、意気揚々と馬車に乗り込んだ。
カイル殿下は、遠ざかる暗殺者たちに同情の視線を向けたあと、少しだけ口角を上げて私の隣に座った。
「……(……次からは、私が守る隙も、なさそうだな)」
「何か仰いました、殿下?」
「……(……いや。……明日も、楽しみだ)」
殿下は、私の肩に頭を預けるようにして、静かに目を閉じた。
どうやら今日の「ミナ式・経済学講座」は、殿下にとっても良い子守唄になったらしい。
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