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「重い。重すぎますわ、アンナ。このドレス、物理的な質量が令嬢一人分くらいありませんか?」
建国記念舞踏会の夜。
私は鏡の前で、真珠と刺繍がこれでもかと施された深紅のドレスに身を包み、盛大な溜息をついた。
悪役令嬢時代はこれが当たり前だったけれど、実利重視の生活に慣れた今の私には、ただの「重石」にしか感じられない。
「お嬢様、何を仰いますか! 今日はカイル殿下のエスコートでお披露目される大事な日ですよ。
隣国では『氷の王子を溶かした謎の弾丸令嬢』として、お嬢様の噂で持ち切りなんですから!」
アンナが鼻息荒くコルセットを締め上げる。
痛い。この締め付け、かつての断罪よりも苦しい気がするわ。
準備を終えて広間へと向かうと、そこには正装したカイル殿下が待っていた。
軍服を模した漆黒の礼装に、銀髪を後ろに流したその姿は、神話の軍神かと思うほどの神々しさだ。
「……」
カイル殿下は私を一目見るなり、手に持っていたシャンパングラスを落としそうになった。
……沈黙。
だが、その視線は私の全身を舐めるように動き、最後は真っ赤になった顔を背けてしまった。
「殿下、こんばんは。そんなに驚かないでください。
今の殿下は、『ミナ、お前は普段からやかましいが、着飾るとさらに存在感が暴力の域に達しているな。直視し続けると私の網膜が焼き切れてしまいそうだ』……と仰っているのですね?」
「……(フルフル!)」
カイル殿下は首を激しく振ると、私の手を取り、震える声でボソリと呟いた。
「……綺麗だ」
「……え?」
「……(綺麗すぎて、一歩も外に出したくない。このまま部屋に閉じ込めて、私だけの通訳官にしておきたい。他の男に見せるのが、これほど苦痛だとは思わなかった……)」
……沈黙。
殿下の瞳から漏れ出る「ドロドロの独占欲」を、私は瞬時に察知した。
この王子様、無口なのをいいことに、脳内では相当エグい愛を叫んでいるわね。
「殿下。今の沈黙は、『ミナ、お前が美しすぎて他の男に声をかけられるのが耐えられない。もし誰か近づいてきたら、私の氷の沈黙で凍り付かせてから、お前のマシンガントークでトドメを刺してくれ』……という意味ですね?」
「……(コクリ)」
「よし、任せてください。不届き者は私が全員、論理の穴に叩き落として差し上げます!」
私たちは広場へと足を踏み入れた。
会場は一瞬にして静まり返り、次いで嵐のような囁き声が広がる。
「あの方が例の……」「元悪役令嬢とは信じられない気品だ」「カイル殿下が笑みを浮かべている……!?」
そこへ、空気を読まない一人の貴族が、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて近づいてきた。
隣国の事情を知る、嫌味な侯爵家の跡取り息子だ。
「これはこれは、追放されたフォレスト公爵家のミナ様ではありませんか。
氷の王子の隣で、一体どんな魔法を使って居座っているのかと思えば……。
よろしければ、次の曲は私と踊りませんか? 捨てられた女の慰め方くらいは知っていますよ」
「……」
カイル殿下の周囲に、物理的な「冷気」が漂い始めた。
殿下は無言のまま、侯爵息子の目をじっと見据える。
その眼光の鋭さは、もはや「殺気」の域に達している。
「あら、殿下が仰っていますよ。
『貴様のような、自分の名前の書き方も怪しい無能と踊るなど、私のパートナーに対する侮辱だ。その汚い口を閉じて、今すぐ隅っこで壁の花……いえ、壁のシミにでもなっていなさい』……とのことです」
「な……っ!? 王子は何も言っていないではないか!」
「殿下の沈黙は、雄弁なのです。
続けて仰いました。『その香水の匂い、安物の薔薇を雑草で割ったような異臭がする。私の繊細な嗅覚が破壊される前に、自ら進んで地下牢の換気扇の下へ移動しろ』……だそうです。
あ、地下牢への道案内は、私が承りましょうか?」
私が一歩詰め寄ると、侯爵息子は顔を真っ青にして後退りし、最後は自分の足に躓いて転びながら逃げ去っていった。
「……ふぅ。殿下、一仕事終えましたね」
「……(……お前の翻訳は、本当に情け容赦ないな)」
「殿下、今の沈黙は褒め言葉ですね?
『ミナ、お前の防御力は鉄壁だ。これからは私の代わりに、全ての面倒事をその口で粉砕してくれ。お礼に、夜のダンスは私がエスコートしてやる』……ですね?」
「……(コクリ)」
カイル殿下は優しく私の腰を引き寄せ、オーケストラの演奏に合わせてステップを踏み始めた。
周囲の視線も、悪意も、全てを置き去りにして。
「殿下、ダンスの合間に次の予算案の話をしてもいいですか?」
「……(……今は、静かにしてくれ)」
カイル殿下は、困ったように微笑みながら、私の耳元で小さく笑った。
華やかな舞踏会の夜。
悪役令嬢と氷の王子は、誰よりも「うるさくて温かい」愛の時間を刻んでいく。
建国記念舞踏会の夜。
私は鏡の前で、真珠と刺繍がこれでもかと施された深紅のドレスに身を包み、盛大な溜息をついた。
悪役令嬢時代はこれが当たり前だったけれど、実利重視の生活に慣れた今の私には、ただの「重石」にしか感じられない。
「お嬢様、何を仰いますか! 今日はカイル殿下のエスコートでお披露目される大事な日ですよ。
隣国では『氷の王子を溶かした謎の弾丸令嬢』として、お嬢様の噂で持ち切りなんですから!」
アンナが鼻息荒くコルセットを締め上げる。
痛い。この締め付け、かつての断罪よりも苦しい気がするわ。
準備を終えて広間へと向かうと、そこには正装したカイル殿下が待っていた。
軍服を模した漆黒の礼装に、銀髪を後ろに流したその姿は、神話の軍神かと思うほどの神々しさだ。
「……」
カイル殿下は私を一目見るなり、手に持っていたシャンパングラスを落としそうになった。
……沈黙。
だが、その視線は私の全身を舐めるように動き、最後は真っ赤になった顔を背けてしまった。
「殿下、こんばんは。そんなに驚かないでください。
今の殿下は、『ミナ、お前は普段からやかましいが、着飾るとさらに存在感が暴力の域に達しているな。直視し続けると私の網膜が焼き切れてしまいそうだ』……と仰っているのですね?」
「……(フルフル!)」
カイル殿下は首を激しく振ると、私の手を取り、震える声でボソリと呟いた。
「……綺麗だ」
「……え?」
「……(綺麗すぎて、一歩も外に出したくない。このまま部屋に閉じ込めて、私だけの通訳官にしておきたい。他の男に見せるのが、これほど苦痛だとは思わなかった……)」
……沈黙。
殿下の瞳から漏れ出る「ドロドロの独占欲」を、私は瞬時に察知した。
この王子様、無口なのをいいことに、脳内では相当エグい愛を叫んでいるわね。
「殿下。今の沈黙は、『ミナ、お前が美しすぎて他の男に声をかけられるのが耐えられない。もし誰か近づいてきたら、私の氷の沈黙で凍り付かせてから、お前のマシンガントークでトドメを刺してくれ』……という意味ですね?」
「……(コクリ)」
「よし、任せてください。不届き者は私が全員、論理の穴に叩き落として差し上げます!」
私たちは広場へと足を踏み入れた。
会場は一瞬にして静まり返り、次いで嵐のような囁き声が広がる。
「あの方が例の……」「元悪役令嬢とは信じられない気品だ」「カイル殿下が笑みを浮かべている……!?」
そこへ、空気を読まない一人の貴族が、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて近づいてきた。
隣国の事情を知る、嫌味な侯爵家の跡取り息子だ。
「これはこれは、追放されたフォレスト公爵家のミナ様ではありませんか。
氷の王子の隣で、一体どんな魔法を使って居座っているのかと思えば……。
よろしければ、次の曲は私と踊りませんか? 捨てられた女の慰め方くらいは知っていますよ」
「……」
カイル殿下の周囲に、物理的な「冷気」が漂い始めた。
殿下は無言のまま、侯爵息子の目をじっと見据える。
その眼光の鋭さは、もはや「殺気」の域に達している。
「あら、殿下が仰っていますよ。
『貴様のような、自分の名前の書き方も怪しい無能と踊るなど、私のパートナーに対する侮辱だ。その汚い口を閉じて、今すぐ隅っこで壁の花……いえ、壁のシミにでもなっていなさい』……とのことです」
「な……っ!? 王子は何も言っていないではないか!」
「殿下の沈黙は、雄弁なのです。
続けて仰いました。『その香水の匂い、安物の薔薇を雑草で割ったような異臭がする。私の繊細な嗅覚が破壊される前に、自ら進んで地下牢の換気扇の下へ移動しろ』……だそうです。
あ、地下牢への道案内は、私が承りましょうか?」
私が一歩詰め寄ると、侯爵息子は顔を真っ青にして後退りし、最後は自分の足に躓いて転びながら逃げ去っていった。
「……ふぅ。殿下、一仕事終えましたね」
「……(……お前の翻訳は、本当に情け容赦ないな)」
「殿下、今の沈黙は褒め言葉ですね?
『ミナ、お前の防御力は鉄壁だ。これからは私の代わりに、全ての面倒事をその口で粉砕してくれ。お礼に、夜のダンスは私がエスコートしてやる』……ですね?」
「……(コクリ)」
カイル殿下は優しく私の腰を引き寄せ、オーケストラの演奏に合わせてステップを踏み始めた。
周囲の視線も、悪意も、全てを置き去りにして。
「殿下、ダンスの合間に次の予算案の話をしてもいいですか?」
「……(……今は、静かにしてくれ)」
カイル殿下は、困ったように微笑みながら、私の耳元で小さく笑った。
華やかな舞踏会の夜。
悪役令嬢と氷の王子は、誰よりも「うるさくて温かい」愛の時間を刻んでいく。
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