はい?婚約破棄、承りました!

萩月

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「――戦争だ! 我が『鉄血帝国』を愚弄するつもりか!」

王宮の大広間で開かれていた三国合同の親睦パーティー。
その華やかな空気が、たった一言で凍りついた。
怒声を上げたのは、軍事大国として知られる帝国の将軍、ガルド氏だ。
彼はワイングラスを握り潰さんばかりの勢いで、目の前にいる小男を睨みつけている。

その小男とは……ああ、見覚えがある。
元国(ジュリアン殿下の国)から派遣された、新しい外交官だ。
彼は真っ青な顔で震え上がり、口をパクパクさせている。

「ひ、ひぃっ! ち、違います! 私はただ、将軍の顔が『野蛮な熊のようで怖い』と……!」

「それを愚弄と言うんだ! 表へ出ろ! 貴様の首と胴体を永遠の別れにしてやる!」

会場が悲鳴と動揺に包まれる。
カイル殿下の隣で様子を見ていた私は、扇で口元を隠しながら深く溜息をついた。

「……殿下。見ましたか?
『野性的で勇ましい』と褒めようとして、『野蛮で怖い』と言ってしまう。
あれが語彙力欠乏症の末期症状です。私の元国では、教育予算をケチったツケが回ってきているようですね」

「……」

カイル殿下は、こめかみを指で押さえている。
殿下の沈黙は、『……頭が痛い。あのバカのせいで、我が国まで巻き添えを食らって戦争になるぞ。ミナ、頼む。あの時限爆弾を解除してくれ』と訴えている。

「承知いたしました。ただし、今回は『緊急対応料金』として、通常の三倍の請求書を元国に送りつけますよ?」

「……(コクコク!)」

殿下の許可(という名の小切手)を得た私は、優雅な足取りで修羅場の中心へと割って入った。

「お待ちなさい、ガルド将軍! 早まってはいけませんわ」

「あ? なんだ貴様は。レオンハルト王国の……噂の『氷の王子の通訳』か?」

将軍が殺気立った目で私を睨む。
普通の令嬢なら気絶するレベルだが、私はニッコリと微笑み返した。
殺気? ジュリアン殿下の「逆ギレ」に比べれば、純粋な闘志など可愛いものである。

「将軍。貴方は、彼の言葉を『共通語』の辞書通りに受け取りすぎです。
彼の国の方言では、『野蛮な熊』というのは、最大級の賛辞なのですよ」

「……あ? 賛辞だと?」

「ええ。熊は森の王者であり、圧倒的な力の象徴。
つまり彼は、貴方のことを『ただそこにいるだけで周囲を平伏させる、大自然の化身のようなオーラをお持ちだ。あまりの神々しさに、小市民である私は畏怖の念を抱かざるを得ない』……と、震えながら称賛していたのです」

私は流れるように嘘……ではなく「超訳」を並べ立てた。
将軍の表情が、怒りから狐につままれたような顔へと変わっていく。

「そ、そうなのか? レオンハルト公国の通訳が言うなら、そうなのかもしれんが……」

「ええ、間違いありません。
ねえ? 貴方もそう言いたかったのでしょう?
もし『違う』なんて言ったら、私がこの場で貴方の舌をリボン結びにして差し上げますけれど?」

私が外交官の方を向き、満面の笑みで(目は笑わずに)問いかけると、彼は首が千切れるほどの勢いで頷いた。

「は、はいぃぃ! そうです! 将軍は、あ、歩く大自然です! 神々しい熊です!」

「……ふん。まあいい。『神々しい熊』か。悪くない響きだ」

ガルド将軍は機嫌を直し、豪快に笑ってワインを飲み干した。
会場全体から、安堵のため息が漏れる。
戦争回避。所要時間、約三分。

私は外交官の胸ぐらを掴み、笑顔のまま耳元で囁いた。

「……いいこと? 二度と口を開かないで。
次に余計なことを言ったら、将軍の剣の錆になる前に、私が社会的に抹殺します。
あと、この仲裁料はジュリアン殿下に請求しますからね。
明細項目は『国家存亡の危機回避費用』です」

「は、はい……ありがとうございます……!」

外交官は涙目で感謝し、逃げるように会場の隅へと消えていった。
私がカイル殿下の元へ戻ると、殿下は呆れたように、しかし誇らしげに私を迎えてくれた。

「……」

「殿下、ただいま戻りました。
今の沈黙は、『ミナ、お前の舌は二枚どころか三枚はあるな。熊を神に変えるとは、もはや詐欺師の才能すら感じる。だが、よくやった』……というお褒めの言葉ですね?」

「……(コクリ)」

「ありがとうございます。
ですが殿下、これで元国の評判は地に落ちましたよ。
『外交官が熊と神の区別もつかない国』として、各国の笑い者です」

「……(……自業自得だ)」

カイル殿下は冷たく言い放つ(無言で)。
その目線の先には、隅っこで小さくなっている元国の外交官たちの姿があった。
かつて私が支えていた外交の舞台。
私が抜けた穴は、彼らが思っているよりも深く、そして暗い底なし沼だったようだ。

「さあ殿下、私たちは優雅にダンスに戻りましょう。
地雷原の処理は終わりました。これからは、私たちの勝利のワルツの時間ですわ」

カイル殿下が私の手を取り、エスコートする。
その手は温かく、迷いがない。
一方、遠く離れた元国では、ジュリアン殿下がまた一つ増えた請求書を見て、悲鳴を上げている頃だろう。
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