17 / 28
17
しおりを挟む
「――戦争だ! 我が『鉄血帝国』を愚弄するつもりか!」
王宮の大広間で開かれていた三国合同の親睦パーティー。
その華やかな空気が、たった一言で凍りついた。
怒声を上げたのは、軍事大国として知られる帝国の将軍、ガルド氏だ。
彼はワイングラスを握り潰さんばかりの勢いで、目の前にいる小男を睨みつけている。
その小男とは……ああ、見覚えがある。
元国(ジュリアン殿下の国)から派遣された、新しい外交官だ。
彼は真っ青な顔で震え上がり、口をパクパクさせている。
「ひ、ひぃっ! ち、違います! 私はただ、将軍の顔が『野蛮な熊のようで怖い』と……!」
「それを愚弄と言うんだ! 表へ出ろ! 貴様の首と胴体を永遠の別れにしてやる!」
会場が悲鳴と動揺に包まれる。
カイル殿下の隣で様子を見ていた私は、扇で口元を隠しながら深く溜息をついた。
「……殿下。見ましたか?
『野性的で勇ましい』と褒めようとして、『野蛮で怖い』と言ってしまう。
あれが語彙力欠乏症の末期症状です。私の元国では、教育予算をケチったツケが回ってきているようですね」
「……」
カイル殿下は、こめかみを指で押さえている。
殿下の沈黙は、『……頭が痛い。あのバカのせいで、我が国まで巻き添えを食らって戦争になるぞ。ミナ、頼む。あの時限爆弾を解除してくれ』と訴えている。
「承知いたしました。ただし、今回は『緊急対応料金』として、通常の三倍の請求書を元国に送りつけますよ?」
「……(コクコク!)」
殿下の許可(という名の小切手)を得た私は、優雅な足取りで修羅場の中心へと割って入った。
「お待ちなさい、ガルド将軍! 早まってはいけませんわ」
「あ? なんだ貴様は。レオンハルト王国の……噂の『氷の王子の通訳』か?」
将軍が殺気立った目で私を睨む。
普通の令嬢なら気絶するレベルだが、私はニッコリと微笑み返した。
殺気? ジュリアン殿下の「逆ギレ」に比べれば、純粋な闘志など可愛いものである。
「将軍。貴方は、彼の言葉を『共通語』の辞書通りに受け取りすぎです。
彼の国の方言では、『野蛮な熊』というのは、最大級の賛辞なのですよ」
「……あ? 賛辞だと?」
「ええ。熊は森の王者であり、圧倒的な力の象徴。
つまり彼は、貴方のことを『ただそこにいるだけで周囲を平伏させる、大自然の化身のようなオーラをお持ちだ。あまりの神々しさに、小市民である私は畏怖の念を抱かざるを得ない』……と、震えながら称賛していたのです」
私は流れるように嘘……ではなく「超訳」を並べ立てた。
将軍の表情が、怒りから狐につままれたような顔へと変わっていく。
「そ、そうなのか? レオンハルト公国の通訳が言うなら、そうなのかもしれんが……」
「ええ、間違いありません。
ねえ? 貴方もそう言いたかったのでしょう?
もし『違う』なんて言ったら、私がこの場で貴方の舌をリボン結びにして差し上げますけれど?」
私が外交官の方を向き、満面の笑みで(目は笑わずに)問いかけると、彼は首が千切れるほどの勢いで頷いた。
「は、はいぃぃ! そうです! 将軍は、あ、歩く大自然です! 神々しい熊です!」
「……ふん。まあいい。『神々しい熊』か。悪くない響きだ」
ガルド将軍は機嫌を直し、豪快に笑ってワインを飲み干した。
会場全体から、安堵のため息が漏れる。
戦争回避。所要時間、約三分。
私は外交官の胸ぐらを掴み、笑顔のまま耳元で囁いた。
「……いいこと? 二度と口を開かないで。
次に余計なことを言ったら、将軍の剣の錆になる前に、私が社会的に抹殺します。
あと、この仲裁料はジュリアン殿下に請求しますからね。
明細項目は『国家存亡の危機回避費用』です」
「は、はい……ありがとうございます……!」
外交官は涙目で感謝し、逃げるように会場の隅へと消えていった。
私がカイル殿下の元へ戻ると、殿下は呆れたように、しかし誇らしげに私を迎えてくれた。
「……」
「殿下、ただいま戻りました。
今の沈黙は、『ミナ、お前の舌は二枚どころか三枚はあるな。熊を神に変えるとは、もはや詐欺師の才能すら感じる。だが、よくやった』……というお褒めの言葉ですね?」
「……(コクリ)」
「ありがとうございます。
ですが殿下、これで元国の評判は地に落ちましたよ。
『外交官が熊と神の区別もつかない国』として、各国の笑い者です」
「……(……自業自得だ)」
カイル殿下は冷たく言い放つ(無言で)。
その目線の先には、隅っこで小さくなっている元国の外交官たちの姿があった。
かつて私が支えていた外交の舞台。
私が抜けた穴は、彼らが思っているよりも深く、そして暗い底なし沼だったようだ。
「さあ殿下、私たちは優雅にダンスに戻りましょう。
地雷原の処理は終わりました。これからは、私たちの勝利のワルツの時間ですわ」
カイル殿下が私の手を取り、エスコートする。
その手は温かく、迷いがない。
一方、遠く離れた元国では、ジュリアン殿下がまた一つ増えた請求書を見て、悲鳴を上げている頃だろう。
王宮の大広間で開かれていた三国合同の親睦パーティー。
その華やかな空気が、たった一言で凍りついた。
怒声を上げたのは、軍事大国として知られる帝国の将軍、ガルド氏だ。
彼はワイングラスを握り潰さんばかりの勢いで、目の前にいる小男を睨みつけている。
その小男とは……ああ、見覚えがある。
元国(ジュリアン殿下の国)から派遣された、新しい外交官だ。
彼は真っ青な顔で震え上がり、口をパクパクさせている。
「ひ、ひぃっ! ち、違います! 私はただ、将軍の顔が『野蛮な熊のようで怖い』と……!」
「それを愚弄と言うんだ! 表へ出ろ! 貴様の首と胴体を永遠の別れにしてやる!」
会場が悲鳴と動揺に包まれる。
カイル殿下の隣で様子を見ていた私は、扇で口元を隠しながら深く溜息をついた。
「……殿下。見ましたか?
『野性的で勇ましい』と褒めようとして、『野蛮で怖い』と言ってしまう。
あれが語彙力欠乏症の末期症状です。私の元国では、教育予算をケチったツケが回ってきているようですね」
「……」
カイル殿下は、こめかみを指で押さえている。
殿下の沈黙は、『……頭が痛い。あのバカのせいで、我が国まで巻き添えを食らって戦争になるぞ。ミナ、頼む。あの時限爆弾を解除してくれ』と訴えている。
「承知いたしました。ただし、今回は『緊急対応料金』として、通常の三倍の請求書を元国に送りつけますよ?」
「……(コクコク!)」
殿下の許可(という名の小切手)を得た私は、優雅な足取りで修羅場の中心へと割って入った。
「お待ちなさい、ガルド将軍! 早まってはいけませんわ」
「あ? なんだ貴様は。レオンハルト王国の……噂の『氷の王子の通訳』か?」
将軍が殺気立った目で私を睨む。
普通の令嬢なら気絶するレベルだが、私はニッコリと微笑み返した。
殺気? ジュリアン殿下の「逆ギレ」に比べれば、純粋な闘志など可愛いものである。
「将軍。貴方は、彼の言葉を『共通語』の辞書通りに受け取りすぎです。
彼の国の方言では、『野蛮な熊』というのは、最大級の賛辞なのですよ」
「……あ? 賛辞だと?」
「ええ。熊は森の王者であり、圧倒的な力の象徴。
つまり彼は、貴方のことを『ただそこにいるだけで周囲を平伏させる、大自然の化身のようなオーラをお持ちだ。あまりの神々しさに、小市民である私は畏怖の念を抱かざるを得ない』……と、震えながら称賛していたのです」
私は流れるように嘘……ではなく「超訳」を並べ立てた。
将軍の表情が、怒りから狐につままれたような顔へと変わっていく。
「そ、そうなのか? レオンハルト公国の通訳が言うなら、そうなのかもしれんが……」
「ええ、間違いありません。
ねえ? 貴方もそう言いたかったのでしょう?
もし『違う』なんて言ったら、私がこの場で貴方の舌をリボン結びにして差し上げますけれど?」
私が外交官の方を向き、満面の笑みで(目は笑わずに)問いかけると、彼は首が千切れるほどの勢いで頷いた。
「は、はいぃぃ! そうです! 将軍は、あ、歩く大自然です! 神々しい熊です!」
「……ふん。まあいい。『神々しい熊』か。悪くない響きだ」
ガルド将軍は機嫌を直し、豪快に笑ってワインを飲み干した。
会場全体から、安堵のため息が漏れる。
戦争回避。所要時間、約三分。
私は外交官の胸ぐらを掴み、笑顔のまま耳元で囁いた。
「……いいこと? 二度と口を開かないで。
次に余計なことを言ったら、将軍の剣の錆になる前に、私が社会的に抹殺します。
あと、この仲裁料はジュリアン殿下に請求しますからね。
明細項目は『国家存亡の危機回避費用』です」
「は、はい……ありがとうございます……!」
外交官は涙目で感謝し、逃げるように会場の隅へと消えていった。
私がカイル殿下の元へ戻ると、殿下は呆れたように、しかし誇らしげに私を迎えてくれた。
「……」
「殿下、ただいま戻りました。
今の沈黙は、『ミナ、お前の舌は二枚どころか三枚はあるな。熊を神に変えるとは、もはや詐欺師の才能すら感じる。だが、よくやった』……というお褒めの言葉ですね?」
「……(コクリ)」
「ありがとうございます。
ですが殿下、これで元国の評判は地に落ちましたよ。
『外交官が熊と神の区別もつかない国』として、各国の笑い者です」
「……(……自業自得だ)」
カイル殿下は冷たく言い放つ(無言で)。
その目線の先には、隅っこで小さくなっている元国の外交官たちの姿があった。
かつて私が支えていた外交の舞台。
私が抜けた穴は、彼らが思っているよりも深く、そして暗い底なし沼だったようだ。
「さあ殿下、私たちは優雅にダンスに戻りましょう。
地雷原の処理は終わりました。これからは、私たちの勝利のワルツの時間ですわ」
カイル殿下が私の手を取り、エスコートする。
その手は温かく、迷いがない。
一方、遠く離れた元国では、ジュリアン殿下がまた一つ増えた請求書を見て、悲鳴を上げている頃だろう。
1
あなたにおすすめの小説
「最高の縁談なのでしょう?なら、かわってあげたら喜んでくれますよね!」
みっちぇる。
恋愛
侯爵令嬢のリコリスは20歳。立派な嫁きおくれである。
というのも、義母がなかなかデビューさせてくれないのだ。
なにか意図を感じつつも、周りは義母の味方ばかり。
そん中、急にデビュタントの許可と婚約を告げられる。
何か裏がある――
相手の家がどういうものかを知り、何とかしようとするリコリス。
でも、非力なリコリスには何も手段がない。
しかし、そんな彼女にも救いの手が……?
【完結】伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~
朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。
婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」
静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。
夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。
「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」
彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。
ソウシソウアイ?
野草こたつ/ロクヨミノ
恋愛
政略結婚をすることになったオデット。
その相手は初恋の人であり、同時にオデットの姉アンネリースに想いを寄せる騎士団の上司、ランヴァルド・アーノルト伯爵。
拒否に拒否を重ねたが強制的に結婚が決まり、
諦めにも似た気持ちで嫁いだオデットだが……。
冷徹侯爵の契約妻ですが、ざまぁの準備はできています
鍛高譚
恋愛
政略結婚――それは逃れられぬ宿命。
伯爵令嬢ルシアーナは、冷徹と名高いクロウフォード侯爵ヴィクトルのもとへ“白い結婚”として嫁ぐことになる。
愛のない契約、形式だけの夫婦生活。
それで十分だと、彼女は思っていた。
しかし、侯爵家には裏社会〈黒狼〉との因縁という深い闇が潜んでいた。
襲撃、脅迫、謀略――次々と迫る危機の中で、
ルシアーナは自分がただの“飾り”で終わることを拒む。
「この結婚をわたしの“負け”で終わらせませんわ」
財務の才と冷静な洞察を武器に、彼女は黒狼との攻防に踏み込み、
やがて侯爵をも驚かせる一手を放つ。
契約から始まった関係は、いつしか互いの未来を揺るがすものへ――。
白い結婚の裏で繰り広げられる、
“ざまぁ”と逆転のラブストーリー、いま開幕。
【完結】サポートキャラって勝手に決めないで!
里音
恋愛
私、リリアナ・モントン。伯爵令嬢やってます。で、私はサポートキャラ?らしい。
幼馴染で自称親友でヒロインのアデリーナ・トリカエッティ伯爵令嬢がいうには…
この世界はアデリーナの前世での乙女ゲームとやらの世界と同じで、その世界ではアデリーナはヒロイン。彼女の親友の私リリアナはサポートキャラ。そして悪役令嬢にはこの国の第二王子のサリントン王子の婚約者のマリエッタ・マキナイル侯爵令嬢。
攻略対象は第二王子のサリントン・エンペスト、側近候補のマイケル・ラライバス伯爵家三男、親友のジュード・マキナイル侯爵家嫡男、護衛のカイル・パラサリス伯爵家次男。
ハーレムエンドを目指すと言う自称ヒロインに振り回されるリリアナの日常。
⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎
多人数の視点があり、くどく感じるかもしれません。
文字数もばらつきが多いです。
氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。
りつ
恋愛
イリスの婚約者は幼馴染のラファエルである。彼と結婚するまで遠い修道院の寄宿学校で過ごしていたが、十八歳になり、王都へ戻って来た彼女は彼と結婚できる事実に胸をときめかせていた。しかし両親はラファエル以外の男性にも目を向けるよう言い出し、イリスは戸惑ってしまう。
王女殿下や王太子殿下とも知り合い、ラファエルが「氷の騎士」と呼ばれていることを知ったイリス。離れている間の知らなかったラファエルのことを令嬢たちの口から聞かされるが、イリスは次第に違和感を抱き始めて……
※他サイトにも掲載しています
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる