はい?婚約破棄、承りました!

萩月

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「殿下、本日も我が国は平和ですね。空は青いし、鳥はさえずり、元国からは『悲鳴』が届いています」

ある晴れた午後。
私は一通の分厚い封筒を手に、カイル殿下の執務室に入室した。
封筒の表には、『ミナ様ファンクラブ通信 Vol.1 ~実践報告書~』という、とてつもなく不吉なタイトルが踊っている。
差出人はもちろん、リリア・ホワイト嬢だ。

「……」

カイル殿下は、封筒を見た瞬間、条件反射で胃薬の瓶に手を伸ばした。
賢明な判断だ。私も読む前から胃が痛い。

「殿下、共有しましょう。情報は武器です。たとえそれが、元婚約者の精神崩壊の記録だとしても」

私は封筒を開け、中に入っていた『実践レポート』を読み上げ始めた。

『大好きなミナ様へ!
私、ついに実践しました!
ミナ様のような「クールで知的な大人の女性」になるための第一歩、「塩対応(ソルト・コミュニケーション)」です!
以下に、ジュリアン様とのやり取りを記録しましたので、採点をお願いします!』

「……(……嫌な予感しかしない)」

殿下が顔を覆う。私は咳払いをして、リリアの記録を読み進める。

***

**【ケース1:夕食時の会話】**

**ジュリアン様:**「おい、リリア。今日のスープは少し味が薄いな。君の愛が足りないんじゃないか?(笑)」

**私の対応(ミナ様風):**
私はスプーンを置き、真顔でジュリアン様を見つめ返しました。
「ジュリアン様。味覚障害の可能性がありますので、至急医務室へ行かれることを推奨します。
あと、スープに愛は入っていません。入っているのはタマネギとセロリと、料理長の労働力だけです。
愛で腹は膨れませんから」

**結果:**
ジュリアン様は泣きながらスープを残しました。完勝です!

***

「……」

「……」

執務室に重苦しい沈黙が流れる。
私は震える手でレポートを捲った。

「……殿下。あの子、私の教えを何か勘違いしていませんか?
私は『事実は正確に伝えろ』とは言いましたが、『情緒を殺せ』とは言っていません」

「……(……お前の影響だ、諦めろ)」

***

**【ケース2:仕事の愚痴への対応】**

**ジュリアン様:**「あーあ、疲れたなあ。今日も大臣たちがうるさくてさ。ねえリリア、僕頑張ったよね? 慰めてくれない?」

**私の対応(ミナ様風):**
私は読んでいたファッション誌(ミナ様のお古)から目を離さずに答えました。
「慰め、ですか? 
今のジュリアン様の市場価値を分析しますと、『疲れた王子』の需要は暴落中です。
慰めてほしければ、まずは『結果』を出してください。
成果のない労働は、ただの徒労です。
あ、でも可哀想なので、私の食べかけのクッキーをあげます。これでも食べて、糖分補給して寝てください」

**結果:**
ジュリアン様は「リリアが冷たい……昔はあんなに優しかったのに……」と床に転がっていました。
またしても勝利です! 私、ミナ様に近づけていますか?

***

「……」

私はレポートを机に叩きつけた。
近づいているどころではない。追い越している。
私の毒舌は「相手を論破して動かすため」のものだが、リリアのそれは「純粋な悪意なき暴力」だ。
天然素材の毒ほど、解毒剤がないものはない。

「殿下……。これはまずいです。
ジュリアン殿下がこのままストレスで倒れたら、『リリアの暴走を止める』という名目で、また私に戻るよう要請が来るかもしれません」

「……ッ!!」

カイル殿下が、弾かれたように顔を上げた。
その瞳には、「絶対に阻止する」という鋼の決意が宿っている。

「……(……今すぐ、手紙を書く)」

殿下は猛スピードでペンを走らせ始めた。
私が覗き込むと、そこには丁寧かつ必死な文字でこう書かれていた。

『ジュリアン殿下へ。
最近、胃の痛みはいかがか? 同情する。
特効薬として、我が国の最高級の胃薬を一箱送る。
あと、リリア嬢の言動は「成長痛」のようなものだ。決してミナのせいではない(ここ重要)。
君が男を見せれば、彼女も元に戻る……かもしれない。
強く生きろ。 ――カイル・レオンハルト』

「……殿下。敵に塩を送るどころか、胃薬を送るなんて。
今の殿下は、『ライバルが弱りすぎて張り合いがない。もっと元気になって、私の引き立て役として輝いてくれ』……という慈悲の心をお持ちですね?」

「……(……違う。お前を守るための、防衛策だ)」

殿下は真剣な顔で封蝋を押した。
私はその横で、リリアへの返信(採点表)を作成する。

『リリア様へ。
素晴らしい実践力ですが、少々「塩」が多すぎます。高血圧で彼が死んでしまいます。
次は「アメとムチ」を覚えましょう。
百回突き放したら、一回だけ「でも、今日のネクタイは曲がっていませんね」と褒めてあげてください。
それが彼を生かし続け、かつ支配するためのコツです』

「……(……お前も大概、鬼だな)」

殿下の呆れた視線を浴びながら、私は満足げにペンを置いた。
遠い空の下、リリアの「塩対応」に震え、カイルからの「胃薬」に涙するジュリアン殿下の姿が目に浮かぶようだ。

「さあ殿下、これでしばらくは安泰です。
私たちは私たちで、もっと建設的な未来の話をしましょうか。
……例えば、来月の私の昇給について、とか?」

カイル殿下は、ふっと笑って、新しい茶葉の缶(私への賄賂)を差し出した。
どうやら、こちらのカップルは今日も「糖度高め」で安定しているようである。
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