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「殿下、警戒レベルを最大に上げてください。またしても『あの国』からの刺客(手紙)です」
執務室の空気が、ピリリと張り詰める。
私の手元には、可愛らしいピンク色の封筒があった。
甘ったるい香水の匂い……ではなく、なぜか焼き菓子のような甘い香りが漂っている。
差出人の名前は――『リリア・ホワイト』。
あのジュリアン殿下の心を奪った、儚げな聖女(仮)である。
「……」
カイル殿下は、まるで爆発物を処理するかのような目で、その封筒を凝視している。
殿下の顔色は青ざめ、眉間には深い皺が刻まれている。
「殿下、今の沈黙は『あの女か。また「ミナ様をいじめないで」とかいう妄想全開の被害届か? それとも「ジュリアン様を返して」という寝言か? どちらにせよ、読む前に燃やして灰にしたい』……という、強烈な拒絶反応ですね?」
「……(コクコクコク!)」
殿下が激しく頷く。
私も同感だ。だが、補佐官としてリスク管理は徹底せねばならない。
私はペーパーナイフを構え、慎重に封を切った。
中から出てきたのは、丸文字でびっしりと書かれた便箋と……一枚の『押し花』だった。
『大好きなミナ様へ!
お元気ですか? ミナ様がいなくなってから、お城はとっても静か(というか、ジュリアン様がいつも怒鳴っていてうるさい)です。
私、最近とっても寂しいんです。
だって、誰も私のドレスの裏地を直してくれないし、スープの温度を測ってくれないし、何より私のボケに誰もツッコミを入れてくれないんですもの!』
「……は?」
私は思わず素っ頓狂な声を上げた。
予想していた罵倒やマウントとは、あまりにも方向性が違う。
私は続きを読み上げる。
『ジュリアン様は最近、いつもカリカリしています。「ミナならこうしていたのに!」って、私の前でミナ様のことばかり話すんです。
でも、その時のジュリアン様、顔が真っ赤で全然格好良くないんです。
やっぱり、クールに「あら、お黙りなさい」って切り捨てるミナ様の方が、百倍素敵でした!
私、気づいちゃったんです。私が憧れていたのは、王子様じゃなくて、格好いいミナ様だったんだって!』
「……」
カイル殿下が、ポカンと口を開けて固まっている。
私も、ペーパーナイフを持ったまま固まった。
これは……何? 略奪愛の勝利宣言かと思いきや、まさかの「ミナ様推し」への鞍替え報告?
『だからミナ様、お願いです! 私と文通してください!
今度、私のプロデュースについてアドバイスが欲しいんです。
ジュリアン様は「俺の好みの服を着ろ」ってうるさいんですけど、あの人のセンス、ちょっと古いと思いませんか?
お返事、首を長くして(キリンさんみたいに!)待ってます!
追伸:同封した押し花は、私が踏んづけそうになったところを救出したスミレです。ミナ様みたいに強くて綺麗な花だったので!』
読み終えた私は、便箋を机の上にパサリと置いた。
執務室に、なんとも言えない脱力した空気が流れる。
「……殿下」
「……」
「殿下は今、『……哀れだな、ジュリアン』と、心底からの同情を寄せていますね?
自分が捨てた元婚約者に、今の婚約者の心が向いている。
しかも『王子よりミナ様の方が素敵』と明言された。
これは、国家間の戦争で負けるより、男として致命傷ではありませんか?」
「……(コクリ)」
カイル殿下は、深いため息をつくと、肩の力を抜いて椅子にもたれかかった。
その表情には、もはや怒りも焦りもない。あるのは、敗者に対する慈悲深い「憐憫」だけだ。
「……(……勝ったな)」
「ええ、完勝です。戦わずして勝ちました。
リリア様、天然だと思っていましたが、無自覚に人の急所を突く才能は天才的かもしれません」
私はピンク色の便箋を手に取り、少しだけ口角を上げた。
かつては私を断罪の場に引きずり出した恋敵。
でも今となっては、ただの「手のかかる後輩」にしか思えない。
「殿下、返信を書きますね。
『リリア様へ。ジュリアン殿下のセンスが古いのは同意します。
彼が選ぶ服は、大抵「二十年前の舞台衣装」みたいですからね。
貴女にはもっとパステルカラーが似合います。彼が文句を言ったら、「ミナ様のアドバイスです」と言えば黙るはずですよ』
……これで、あの国のファッション業界も私が遠隔操作完了です」
「……(……恐ろしい女だ)」
「褒め言葉として受け取っておきます。
さあ殿下、笑ってください。
貴方のライバルは今頃、愛する婚約者から『ミナ様の方が好き』と言われて、枕を濡らしているはずですから!」
カイル殿下は、クスクスと肩を揺らして笑った。
その笑顔は、もはや「氷の王子」の欠片もない、ただの幸せそうな青年のものだった。
遠く離れた元国で、ジュリアン殿下の悲鳴が聞こえたような気がして、私は今日一番の美味しい紅茶を淹れることにした。
執務室の空気が、ピリリと張り詰める。
私の手元には、可愛らしいピンク色の封筒があった。
甘ったるい香水の匂い……ではなく、なぜか焼き菓子のような甘い香りが漂っている。
差出人の名前は――『リリア・ホワイト』。
あのジュリアン殿下の心を奪った、儚げな聖女(仮)である。
「……」
カイル殿下は、まるで爆発物を処理するかのような目で、その封筒を凝視している。
殿下の顔色は青ざめ、眉間には深い皺が刻まれている。
「殿下、今の沈黙は『あの女か。また「ミナ様をいじめないで」とかいう妄想全開の被害届か? それとも「ジュリアン様を返して」という寝言か? どちらにせよ、読む前に燃やして灰にしたい』……という、強烈な拒絶反応ですね?」
「……(コクコクコク!)」
殿下が激しく頷く。
私も同感だ。だが、補佐官としてリスク管理は徹底せねばならない。
私はペーパーナイフを構え、慎重に封を切った。
中から出てきたのは、丸文字でびっしりと書かれた便箋と……一枚の『押し花』だった。
『大好きなミナ様へ!
お元気ですか? ミナ様がいなくなってから、お城はとっても静か(というか、ジュリアン様がいつも怒鳴っていてうるさい)です。
私、最近とっても寂しいんです。
だって、誰も私のドレスの裏地を直してくれないし、スープの温度を測ってくれないし、何より私のボケに誰もツッコミを入れてくれないんですもの!』
「……は?」
私は思わず素っ頓狂な声を上げた。
予想していた罵倒やマウントとは、あまりにも方向性が違う。
私は続きを読み上げる。
『ジュリアン様は最近、いつもカリカリしています。「ミナならこうしていたのに!」って、私の前でミナ様のことばかり話すんです。
でも、その時のジュリアン様、顔が真っ赤で全然格好良くないんです。
やっぱり、クールに「あら、お黙りなさい」って切り捨てるミナ様の方が、百倍素敵でした!
私、気づいちゃったんです。私が憧れていたのは、王子様じゃなくて、格好いいミナ様だったんだって!』
「……」
カイル殿下が、ポカンと口を開けて固まっている。
私も、ペーパーナイフを持ったまま固まった。
これは……何? 略奪愛の勝利宣言かと思いきや、まさかの「ミナ様推し」への鞍替え報告?
『だからミナ様、お願いです! 私と文通してください!
今度、私のプロデュースについてアドバイスが欲しいんです。
ジュリアン様は「俺の好みの服を着ろ」ってうるさいんですけど、あの人のセンス、ちょっと古いと思いませんか?
お返事、首を長くして(キリンさんみたいに!)待ってます!
追伸:同封した押し花は、私が踏んづけそうになったところを救出したスミレです。ミナ様みたいに強くて綺麗な花だったので!』
読み終えた私は、便箋を机の上にパサリと置いた。
執務室に、なんとも言えない脱力した空気が流れる。
「……殿下」
「……」
「殿下は今、『……哀れだな、ジュリアン』と、心底からの同情を寄せていますね?
自分が捨てた元婚約者に、今の婚約者の心が向いている。
しかも『王子よりミナ様の方が素敵』と明言された。
これは、国家間の戦争で負けるより、男として致命傷ではありませんか?」
「……(コクリ)」
カイル殿下は、深いため息をつくと、肩の力を抜いて椅子にもたれかかった。
その表情には、もはや怒りも焦りもない。あるのは、敗者に対する慈悲深い「憐憫」だけだ。
「……(……勝ったな)」
「ええ、完勝です。戦わずして勝ちました。
リリア様、天然だと思っていましたが、無自覚に人の急所を突く才能は天才的かもしれません」
私はピンク色の便箋を手に取り、少しだけ口角を上げた。
かつては私を断罪の場に引きずり出した恋敵。
でも今となっては、ただの「手のかかる後輩」にしか思えない。
「殿下、返信を書きますね。
『リリア様へ。ジュリアン殿下のセンスが古いのは同意します。
彼が選ぶ服は、大抵「二十年前の舞台衣装」みたいですからね。
貴女にはもっとパステルカラーが似合います。彼が文句を言ったら、「ミナ様のアドバイスです」と言えば黙るはずですよ』
……これで、あの国のファッション業界も私が遠隔操作完了です」
「……(……恐ろしい女だ)」
「褒め言葉として受け取っておきます。
さあ殿下、笑ってください。
貴方のライバルは今頃、愛する婚約者から『ミナ様の方が好き』と言われて、枕を濡らしているはずですから!」
カイル殿下は、クスクスと肩を揺らして笑った。
その笑顔は、もはや「氷の王子」の欠片もない、ただの幸せそうな青年のものだった。
遠く離れた元国で、ジュリアン殿下の悲鳴が聞こえたような気がして、私は今日一番の美味しい紅茶を淹れることにした。
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