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「――えー、神の御前において、二人の魂は永遠の絆で結ばれ、病める時も、健やかなる時も……」
レオンハルト王国の王都大聖堂。
ステンドグラスから七色の光が降り注ぐ中、私とカイル殿下は祭壇の前に並んで立っていた。
背後には、涙ぐむアンナ、号泣するテオドール義兄様、そしてなぜか最前列でペンライト(魔法具)を振っているリリア様たちの姿がある。
本来なら、人生で最も神聖で厳かな瞬間。
……のはずなのだが。
「(……長い)」
私の隣で、純白の礼装に身を包んだカイル殿下(現・国王)が、ピクリとも動かずに固まっていた。
視線は、長々と説教を続ける司祭の口元に固定されている。
「……」
「(……まだ続くのか。愛の定義について語り始めて既に二十分経過した。私の足の血流が悪くなり始めている。ミナのヒールも限界のはずだ。この司祭、さては空気が読めないのか?)」
殿下の心の声が、スピーカーを通したように聞こえてくるようだ。
私も同感である。このドレス、総重量が鎧並みなのだ。一秒でも早く終わらせて、控え室でカナッペをつまみたい。
「――愛とは、忍耐であり、慈しみであり……」
「……(スッ)」
カイル殿下が、限界を迎えて一歩踏み出しそうになった。
「黙れ」と言い放つ気だ。それはまずい。即位直後の国王が神職を恫喝したとなれば、明日の新聞が一面トップで炎上する。
私は素早く殿下の腕を掴み、制止した。
そして、ニッコリと微笑んで司祭に向き直る。
「司祭様。素晴らしいお言葉、感銘を受けました」
「おお、王妃殿下。分かっていただけましたか」
「ええ。ですが、神も仰っています。『時は金なり』と。
殿下も私も、愛の定義については既に論文が書けるほど熟知しております。
ここからは省略して、実務的な『契約』のフェーズに移行しませんか?」
「け、契約……? 誓いの言葉のことですかな?」
「そうです。では殿下から。
カイル・レオンハルト。貴方は、私を妻とし、一生愛し抜くことを誓いますか?」
私が勝手に進行を始めると、司祭が目を白黒させた。
カイル殿下は、ホッとしたように私を見て、深く頷こうとした。
……が、また止まった。
「……」
「(……『誓います』だけでいいのか? それだけでは具体性に欠けるのではないか? 『愛し抜く』とはどういう状態を指す? 毎朝の挨拶か? 給与の全額譲渡か? それとも……)」
また始まった。フリーズだ。
会場がざわつき始める。「王様、迷ってる?」「まさかドタキャン?」
私はため息をつき、殿下の胸に手を当てた。
「殿下。今の沈黙は、こう仰りたいのですね?
『誓う。言葉にするのももどかしいほどに。
私の心臓が動いている限り、その鼓動の全てはミナのためにある。
たとえ世界が滅びようとも、私だけは最後の瞬間まで君の隣で、君の毒舌を聞いていたい』
……以上、異存は?」
「……(コクコクコク!)」
殿下が赤面して激しく頷く。
会場から「キャーッ!」という歓声(主にリリア様)が上がる。
「よし。次は私ですね。
司祭様、マイクをお借りします」
私は司祭の手から魔法拡声器を奪い取ると、会場全体に向けて朗々と声を張り上げた。
「私、ミナ・フォレストは、カイル・レオンハルトを夫とし、以下の条項を遵守することを誓います!」
「えっ、条項?」司祭が呟く。
「第一条! 私は、夫の『沈黙』を全て翻訳し、彼の意思を正確かつ面白おかしく世間に伝達します!
彼が言葉に詰まった時は、私が代わりに喋り、彼が笑いたい時は、私が代わりに爆笑することを誓います!」
「おおお……!」会場がどよめく。
「第二条! 私は、夫の健康とメンタルを徹底管理します!
彼を悩ませる貴族、近隣諸国の理不尽な要求、および筋肉ダルマな義兄の暴走は、私の論理と毒舌をもって完膚なきまでに排除します!」
「ガハハ! 俺のことか!」テオドール義兄様が爆笑する。
「第三条! 私は、夫を愛します!
合理的で、実利主義な私ですが……この計算高さを全て捨ててでも守りたいと思えるのは、世界でたった一人、この不器用な王子様だけです!
……納期は一生! 返品不可! 以上の契約内容をもって、私たちは夫婦となることをここに宣言します!!」
私は一息に言い切った。
静まり返る大聖堂。
誰もがポカンとしている中、隣のカイル殿下だけが、くしゃりと顔を歪めて笑った。
「……(……最高だ)」
殿下は私の腰を引き寄せると、拡声器を通さずに、しかし会場の隅々まで届くような、はっきりとした声で言った。
「……承認する。
この契約は、私の命よりも重い。
……愛している、ミナ」
その瞬間、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。
鐘が鳴り響き、花びらが舞う。
私たちは、歴史上最も騒がしく、そして最も「効率的」な誓いのキスを交わした。
「……んっ。ふぅ。
殿下、キスが長いです。式次第が押していますよ」
「……(……知るか。これは、私の独占契約だ)」
カイル殿下は悪戯っぽく笑うと、もう一度、深く唇を重ねてきた。
悪役令嬢、ミナ・フォレスト。
本日をもって、「最強の翻訳王妃」へとクラスチェンジ完了である。
レオンハルト王国の王都大聖堂。
ステンドグラスから七色の光が降り注ぐ中、私とカイル殿下は祭壇の前に並んで立っていた。
背後には、涙ぐむアンナ、号泣するテオドール義兄様、そしてなぜか最前列でペンライト(魔法具)を振っているリリア様たちの姿がある。
本来なら、人生で最も神聖で厳かな瞬間。
……のはずなのだが。
「(……長い)」
私の隣で、純白の礼装に身を包んだカイル殿下(現・国王)が、ピクリとも動かずに固まっていた。
視線は、長々と説教を続ける司祭の口元に固定されている。
「……」
「(……まだ続くのか。愛の定義について語り始めて既に二十分経過した。私の足の血流が悪くなり始めている。ミナのヒールも限界のはずだ。この司祭、さては空気が読めないのか?)」
殿下の心の声が、スピーカーを通したように聞こえてくるようだ。
私も同感である。このドレス、総重量が鎧並みなのだ。一秒でも早く終わらせて、控え室でカナッペをつまみたい。
「――愛とは、忍耐であり、慈しみであり……」
「……(スッ)」
カイル殿下が、限界を迎えて一歩踏み出しそうになった。
「黙れ」と言い放つ気だ。それはまずい。即位直後の国王が神職を恫喝したとなれば、明日の新聞が一面トップで炎上する。
私は素早く殿下の腕を掴み、制止した。
そして、ニッコリと微笑んで司祭に向き直る。
「司祭様。素晴らしいお言葉、感銘を受けました」
「おお、王妃殿下。分かっていただけましたか」
「ええ。ですが、神も仰っています。『時は金なり』と。
殿下も私も、愛の定義については既に論文が書けるほど熟知しております。
ここからは省略して、実務的な『契約』のフェーズに移行しませんか?」
「け、契約……? 誓いの言葉のことですかな?」
「そうです。では殿下から。
カイル・レオンハルト。貴方は、私を妻とし、一生愛し抜くことを誓いますか?」
私が勝手に進行を始めると、司祭が目を白黒させた。
カイル殿下は、ホッとしたように私を見て、深く頷こうとした。
……が、また止まった。
「……」
「(……『誓います』だけでいいのか? それだけでは具体性に欠けるのではないか? 『愛し抜く』とはどういう状態を指す? 毎朝の挨拶か? 給与の全額譲渡か? それとも……)」
また始まった。フリーズだ。
会場がざわつき始める。「王様、迷ってる?」「まさかドタキャン?」
私はため息をつき、殿下の胸に手を当てた。
「殿下。今の沈黙は、こう仰りたいのですね?
『誓う。言葉にするのももどかしいほどに。
私の心臓が動いている限り、その鼓動の全てはミナのためにある。
たとえ世界が滅びようとも、私だけは最後の瞬間まで君の隣で、君の毒舌を聞いていたい』
……以上、異存は?」
「……(コクコクコク!)」
殿下が赤面して激しく頷く。
会場から「キャーッ!」という歓声(主にリリア様)が上がる。
「よし。次は私ですね。
司祭様、マイクをお借りします」
私は司祭の手から魔法拡声器を奪い取ると、会場全体に向けて朗々と声を張り上げた。
「私、ミナ・フォレストは、カイル・レオンハルトを夫とし、以下の条項を遵守することを誓います!」
「えっ、条項?」司祭が呟く。
「第一条! 私は、夫の『沈黙』を全て翻訳し、彼の意思を正確かつ面白おかしく世間に伝達します!
彼が言葉に詰まった時は、私が代わりに喋り、彼が笑いたい時は、私が代わりに爆笑することを誓います!」
「おおお……!」会場がどよめく。
「第二条! 私は、夫の健康とメンタルを徹底管理します!
彼を悩ませる貴族、近隣諸国の理不尽な要求、および筋肉ダルマな義兄の暴走は、私の論理と毒舌をもって完膚なきまでに排除します!」
「ガハハ! 俺のことか!」テオドール義兄様が爆笑する。
「第三条! 私は、夫を愛します!
合理的で、実利主義な私ですが……この計算高さを全て捨ててでも守りたいと思えるのは、世界でたった一人、この不器用な王子様だけです!
……納期は一生! 返品不可! 以上の契約内容をもって、私たちは夫婦となることをここに宣言します!!」
私は一息に言い切った。
静まり返る大聖堂。
誰もがポカンとしている中、隣のカイル殿下だけが、くしゃりと顔を歪めて笑った。
「……(……最高だ)」
殿下は私の腰を引き寄せると、拡声器を通さずに、しかし会場の隅々まで届くような、はっきりとした声で言った。
「……承認する。
この契約は、私の命よりも重い。
……愛している、ミナ」
その瞬間、割れんばかりの拍手と歓声が巻き起こった。
鐘が鳴り響き、花びらが舞う。
私たちは、歴史上最も騒がしく、そして最も「効率的」な誓いのキスを交わした。
「……んっ。ふぅ。
殿下、キスが長いです。式次第が押していますよ」
「……(……知るか。これは、私の独占契約だ)」
カイル殿下は悪戯っぽく笑うと、もう一度、深く唇を重ねてきた。
悪役令嬢、ミナ・フォレスト。
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