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「……(カチコチ)」
「殿下。歩き方がロボットのようになっていますよ。
右足と右手が同時に出ています。関節の潤滑油が切れましたか?」
王宮の奥にある、月明かりに照らされた「王家の薔薇園」。
本来ならロマンチックな散歩道のはずが、私の隣を歩くカイル殿下は、まるで故障したブリキのおもちゃのような挙動を見せている。
今日は朝から様子がおかしかった。
紅茶に砂糖を入れ忘れたり(あり得ない!)、書類を逆さまに持っていたり(天才なのに!)、私の顔を見ては耳を赤くして逃走したり。
「……(……ここだ。ここしかない)」
殿下が、薔薇のアーチの下でピタリと足を止めた。
噴水の水音が優しく響く、絶好のロケーション。
殿下は深呼吸を繰り返し、震える手で上着のポケットに手を伸ばした。
(……あら。そのポケットの膨らみ、そしてこのシチュエーション。
鈍感な私でも分かりますわ。これは『例の儀式』ですね?)
私は扇を閉じ、静かにその時を待った。
カイル殿下が、意を決して私に向き直る。
その紺色の瞳が、真剣な光を湛えて私を見つめる。
「……ミナ」
「はい、殿下」
「……あ、あの。……その」
「……」
「……(……言葉が、出ない。多すぎる。
『愛している』では軽すぎる。『一生守る』では陳腐だ。
『君がいないと生きていけない』……重いか? 引かれるか?
ああ、どうすれば一番、私のこの爆発しそうな想いが伝わるんだ……!?
思考回路が……熱暴走して……)」
……沈黙。
殿下の口が半開きのまま固まった。
瞳孔が開き、完全にフリーズしている。
ポケットから小さな箱を取り出そうとした手の動きも、中途半端な位置で静止画のように止まっている。
(……やっぱり。考えすぎてパンクしましたね)
普通なら「しっかりしてください!」と背中を叩くところだ。
だが、今の殿下の沈黙からは、これまでにないほど必死で、切実な「音」が聞こえてくるような気がした。
私はため息を一つつき、殿下のポケットに突っ込まれたままの手の上に、自分の手を重ねた。
「……殿下」
「……ッ!?」
「待てない女でごめんなさい。私、せっかちなもので。
殿下のその沈黙、私が翻訳してもよろしいですか?」
カイル殿下は、涙目になりながら、縋るようにコクコクと頷いた。
「では、超訳を開始します。
殿下は今、こう仰りたいのですね?
『ミナ。私は口下手で、面倒くさくて、世間知らずな男だ。
君の毒舌に傷つくこともあるし、君の行動力に振り回されてばかりだ。
……だが、君がいない世界など、もはや考えられない』」
「……(コクリ)」
「『私の隣で、一生うるさく喋り続けてほしい。
私の沈黙を、君の言葉で埋めてほしい。
君の作る未来を、一番近くで見ていたい。
……だから、私の人生の「共同経営者」になってくれないか』
……以上、合っていますか?」
私の言葉に、カイル殿下の瞳からポロリと雫がこぼれた。
彼は震える手でポケットから紺色のベルベットの箱を取り出し、パカリと開いた。
中には、私の瞳の色と同じ、大粒のアメジストが輝く指輪が収められていた。
「……(……完璧だ)」
殿下が、掠れた声で呟いた。
「……私の、言いたかったこと……全部、お前が……」
「当然でしょう。私は殿下の『専属通訳官』ですから。
殿下の脳内の原稿なんて、読むまでもありません」
私は左手を殿下の前に差し出した。
殿下は震える指で指輪をつまみ上げ、私の薬指にゆっくりと通した。
サイズはぴったり。……いつの間に測ったのかしら。あ、寝ている間に私の指に糸を巻いていたあの時のあれか。
「……ミナ」
指輪をはめ終えた殿下が、私の手を両手で包み込み、膝をついて見上げた。
「……結婚、してくれ」
「……!」
最後の一言。
一番大事な、契約の確定ボタン。
それは翻訳ではなく、殿下自身の、震えるけれど確かな「肉声」だった。
私は扇で顔を隠し、潤みそうになる目を誤魔化した。
悪役令嬢らしく、不敵に笑おうとしたけれど……今の私には、とびきり甘い笑顔しか作れそうにない。
「……はい、喜んで。
ただし、返品不可ですよ? クーリングオフ期間もありません。
私は一度契約したら、死ぬまで離さない『強欲な女』ですからね」
「……(……望むところだ)」
カイル殿下は立ち上がると、扇を私の手から取り上げ、放り投げた。
そして、私の腰を強く引き寄せ、言葉の代わりに熱い口づけを落とした。
月の光と、噴水の音。
そして、ようやく重なった二人の唇。
沈黙はもう、壁ではない。
それは二人だけの、言葉よりも雄弁な愛の証になった。
「……ふぅ。殿下、キスが長いです。酸欠になります」
「……(……まだ、足りない)」
「欲張りですね。……まあ、これから一生分ありますから。
覚悟しておいてくださいね、私の旦那様」
薔薇の香りに包まれて、私たちはまた一つ、深く口づけを交わした。
プロポーズ完了。
準備時間は0秒だったけれど、その幸せの持続時間は、きっと永遠に続くはずだ。
「殿下。歩き方がロボットのようになっていますよ。
右足と右手が同時に出ています。関節の潤滑油が切れましたか?」
王宮の奥にある、月明かりに照らされた「王家の薔薇園」。
本来ならロマンチックな散歩道のはずが、私の隣を歩くカイル殿下は、まるで故障したブリキのおもちゃのような挙動を見せている。
今日は朝から様子がおかしかった。
紅茶に砂糖を入れ忘れたり(あり得ない!)、書類を逆さまに持っていたり(天才なのに!)、私の顔を見ては耳を赤くして逃走したり。
「……(……ここだ。ここしかない)」
殿下が、薔薇のアーチの下でピタリと足を止めた。
噴水の水音が優しく響く、絶好のロケーション。
殿下は深呼吸を繰り返し、震える手で上着のポケットに手を伸ばした。
(……あら。そのポケットの膨らみ、そしてこのシチュエーション。
鈍感な私でも分かりますわ。これは『例の儀式』ですね?)
私は扇を閉じ、静かにその時を待った。
カイル殿下が、意を決して私に向き直る。
その紺色の瞳が、真剣な光を湛えて私を見つめる。
「……ミナ」
「はい、殿下」
「……あ、あの。……その」
「……」
「……(……言葉が、出ない。多すぎる。
『愛している』では軽すぎる。『一生守る』では陳腐だ。
『君がいないと生きていけない』……重いか? 引かれるか?
ああ、どうすれば一番、私のこの爆発しそうな想いが伝わるんだ……!?
思考回路が……熱暴走して……)」
……沈黙。
殿下の口が半開きのまま固まった。
瞳孔が開き、完全にフリーズしている。
ポケットから小さな箱を取り出そうとした手の動きも、中途半端な位置で静止画のように止まっている。
(……やっぱり。考えすぎてパンクしましたね)
普通なら「しっかりしてください!」と背中を叩くところだ。
だが、今の殿下の沈黙からは、これまでにないほど必死で、切実な「音」が聞こえてくるような気がした。
私はため息を一つつき、殿下のポケットに突っ込まれたままの手の上に、自分の手を重ねた。
「……殿下」
「……ッ!?」
「待てない女でごめんなさい。私、せっかちなもので。
殿下のその沈黙、私が翻訳してもよろしいですか?」
カイル殿下は、涙目になりながら、縋るようにコクコクと頷いた。
「では、超訳を開始します。
殿下は今、こう仰りたいのですね?
『ミナ。私は口下手で、面倒くさくて、世間知らずな男だ。
君の毒舌に傷つくこともあるし、君の行動力に振り回されてばかりだ。
……だが、君がいない世界など、もはや考えられない』」
「……(コクリ)」
「『私の隣で、一生うるさく喋り続けてほしい。
私の沈黙を、君の言葉で埋めてほしい。
君の作る未来を、一番近くで見ていたい。
……だから、私の人生の「共同経営者」になってくれないか』
……以上、合っていますか?」
私の言葉に、カイル殿下の瞳からポロリと雫がこぼれた。
彼は震える手でポケットから紺色のベルベットの箱を取り出し、パカリと開いた。
中には、私の瞳の色と同じ、大粒のアメジストが輝く指輪が収められていた。
「……(……完璧だ)」
殿下が、掠れた声で呟いた。
「……私の、言いたかったこと……全部、お前が……」
「当然でしょう。私は殿下の『専属通訳官』ですから。
殿下の脳内の原稿なんて、読むまでもありません」
私は左手を殿下の前に差し出した。
殿下は震える指で指輪をつまみ上げ、私の薬指にゆっくりと通した。
サイズはぴったり。……いつの間に測ったのかしら。あ、寝ている間に私の指に糸を巻いていたあの時のあれか。
「……ミナ」
指輪をはめ終えた殿下が、私の手を両手で包み込み、膝をついて見上げた。
「……結婚、してくれ」
「……!」
最後の一言。
一番大事な、契約の確定ボタン。
それは翻訳ではなく、殿下自身の、震えるけれど確かな「肉声」だった。
私は扇で顔を隠し、潤みそうになる目を誤魔化した。
悪役令嬢らしく、不敵に笑おうとしたけれど……今の私には、とびきり甘い笑顔しか作れそうにない。
「……はい、喜んで。
ただし、返品不可ですよ? クーリングオフ期間もありません。
私は一度契約したら、死ぬまで離さない『強欲な女』ですからね」
「……(……望むところだ)」
カイル殿下は立ち上がると、扇を私の手から取り上げ、放り投げた。
そして、私の腰を強く引き寄せ、言葉の代わりに熱い口づけを落とした。
月の光と、噴水の音。
そして、ようやく重なった二人の唇。
沈黙はもう、壁ではない。
それは二人だけの、言葉よりも雄弁な愛の証になった。
「……ふぅ。殿下、キスが長いです。酸欠になります」
「……(……まだ、足りない)」
「欲張りですね。……まあ、これから一生分ありますから。
覚悟しておいてくださいね、私の旦那様」
薔薇の香りに包まれて、私たちはまた一つ、深く口づけを交わした。
プロポーズ完了。
準備時間は0秒だったけれど、その幸せの持続時間は、きっと永遠に続くはずだ。
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