はい?婚約破棄、承りました!

萩月

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「――以上が、今月の国庫収支報告です。
テオドール義兄様が『筋肉留学』と称して送ってきた謎の健康器具の請求書以外は、全て黒字ですわ」

王宮の執務室。
私は積み上がった書類の山を片付け、優雅に紅茶を啜った。
王妃になって三年。私の「超訳」と「効率化」の手腕は国中に知れ渡り、レオンハルト王国はかつてない繁栄を極めていた。
隣の席では、国王となったカイル様が、穏やかな表情で私を見守っている。

「……(……平和だ)」

「ええ、平和ですね。
テオドール義兄様が旅先から『ドラゴンと素手で和解した』という手紙を寄越した件を除けば、ですが」

平和な午後のひととき。
そこへ、侍従が恭しく一通の手紙を運んできた。
差出人は、あのジュリアン殿下とリリア様だ。

「あら、元国からですね。
どれどれ……『親愛なるミナ様! お元気ですか?
私たちは毎日とっても楽しいです! ジュリアン様は最近、私のプロデュースで「道化師」としての才能を開花させました!』」

「……は?」

カイル様が素っ頓狂な声を上げた。
同封されていた魔法写真には、派手なメイクをしてジャグリングをするジュリアン殿下と、それを拍手で煽るリリア様の姿が写っている。

「……『ジュリアン様は最初嫌がっていましたが、「これも国民を笑顔にする公務です!」と説得したら、今ではノリノリです。
最近は「王族系芸人」として、近隣諸国へツアーに出る予定です』……だそうです」

「……(……強く、生きているな)」

「ええ。ある意味、天職を見つけたようですね。
リリア様の天然プロデュース能力、恐るべしです」

私たちは顔を見合わせて苦笑した。
かつて憎み合った関係も、今では笑い話だ。
と、その時だった。

「……うっ」

突然、強烈な目眩が私を襲った。
視界が揺れ、手に持っていたティーカップがカチャリと音を立てる。

「……ッ!? (ガタッ!)」

カイル様が弾かれたように立ち上がり、私を支えた。
その顔は蒼白で、目は恐怖に見開かれている。

「……ミナ! どうした! 毒か!? 刺客か!?
いや、顔色が悪い……医者だ! 国中の医者を集めろ! いや、私が治す魔法を今すぐ開発する……!」

「お、落ち着いてください、カイル様。
ただの貧血です……いえ、少し違うかも。
最近、やたらと酸っぱいレモンパイが食べたくなりますし、カイル様の匂いを嗅ぐと妙に安心する反面、たまに『あ、今はちょっと離れて』と思うことが……」

「……(……私、嫌われた?)」

カイル様がショックで石化しかけた。
違う。そうじゃない。
私は自分の体調データを脳内で高速分析した。
・食欲の変化
・情緒の不安定さ
・微熱
・そして、計算上遅れている「あれ」。

全てのデータが導き出す結論は、一つしかない。

「……カイル様。
どうやら、我が国の人口が『一名』増える見込みです」

「……え?」

「ですから、新しい家族ですよ。
十ヶ月後には、この静かな執務室に、もう一人『騒がしい声』が響くことになるでしょうね」

私が自分のお腹をそっと撫でると、カイル様は私の言葉の意味を理解するのに数秒を要した。
そして――。

「……(……ッ!!)」

カイル様は、言葉にならない声を上げて、その場に崩れ落ちた。
膝をつき、震える手で私のお腹に触れようとして、壊れ物に触れるように寸前で止める。

「……(……本当、か?)」

「私の計算に間違いはありません。
どうします? 私に似てお喋りだったら。
それとも、貴方に似て『……』しか言わない子だったら」

「……(……どちらでも、いい)」

カイル様は、涙をポロポロと流しながら、私のお腹に額を押し当てた。

「……(……愛している。ミナも、この子も。
ありがとう。私を……父親にしてくれて)」

「ふふ、気が早いですよ。
でも、覚悟してくださいね。
これからは育児という名の『戦争』です。
オムツ替えの効率化、離乳食の栄養計算、夜泣き対策のシフト作成……。
私の補佐官としての手腕が、過去最高に試されるプロジェクトになりそうですわ」

「……(……望むところだ)」

カイル様は泣き笑いのような顔で、私を見上げた。
かつての孤独な「氷の王子」はもういない。
ここには、愛する家族を守るために、一緒に戦ってくれる頼もしい夫がいるだけだ。

「さて、まずは胎教から始めましょうか。
お腹の子に、今のうちから『論理的思考』と『ツッコミの極意』を教えておかないと」

「……(……ほどほどに、頼む)」

カイル様は幸せそうに溜息をつき、私のお腹に優しくキスをした。
窓の外には、どこまでも青い空が広がっている。
私たちの物語は、ハッピーエンドのその先へ。
さらに賑やかで、愛おしい日々が続いていくのだ。
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