はい?婚約破棄、承りました!

萩月

文字の大きさ
28 / 28

28

しおりを挟む
「――お父様。論理的に考えて、このピーマンを摂取することが、今の僕の幸福度指数にプラスに働くとは思えません。苦味成分は、生物学的には『毒』への警告信号ですよね?」

王宮のダイニングルーム。
爽やかな朝の光の中で、大人びた口調でそう主張したのは、銀色の髪と紺色の瞳を持つ4歳の少年――私たちの一人息子、レオンだ。
見た目はカイル様に瓜二つの「ミニ氷の王子」だが、中身は見事に私の「屁理屈」を受け継いでしまっている。

「レオン。その『毒』の警告信号を無視して摂取することで得られるビタミン類が、将来的な君の骨格形成と美肌に寄与するのよ。
つべこべ言わずに食べなさい。残したら、おやつのプリンは『公収』します」

私が笑顔で(しかし目は笑わずに)告げると、レオンは「うっ……強権発動だ」と呟き、渋々フォークを動かし始めた。

「……(フッ)」

その様子を見ていたカイル様が、満足げに小さく笑った。
国王としての威厳は増したが、家庭内での彼は相変わらず「静かなる見守り役」だ。

「あら、あなた。今の笑いは、『さすがミナだ。口達者な息子を黙らせるとは、我が家の司令官には敵わない』という称賛ですね?」

「……(コクリ)」

「ありがとうございます。でも、あなたも甘やかしてはダメですよ。
昨日も執務室で、レオンに『肩車』をねだられて、仕事の手を止めて三十分も付き合っていたでしょう?
筋肉痛になっても労災は降りませんからね」

「……(……バレていたか)」

カイル様はバツが悪そうに視線を逸らした。
平和だ。
かつて「悪役令嬢」として断罪され、国外追放された私が、こうして隣国の王妃として、家族の朝食風景の中にいる。
それは、計算高い私ですら予測できなかった、奇跡のような確率の幸福だ。

朝食後、私たちはバルコニーに出て、王都の街並みを見下ろした。
街は活気に溢れ、遠くからは市場の賑わいが聞こえてくる。
私の「超訳」と「改革」によって、この国は黄金時代を迎えていた。

「……ミナ」

カイル様が、隣で手すりに寄りかかりながら、私を呼んだ。

「はい、あなた」

「……あの日。
お前がこの国に来てくれた日。
私の止まっていた時間は、動き出したんだ」

カイル様は珍しく、長い言葉を紡いだ。
その瞳は、出会った頃の凍てつくような冷たさはなく、春の湖面のように穏やかで、温かい。

「……言葉が出なくて、苦しかった。
誰も私の本当の声を……心の中の嵐を、理解してくれなかった。
お前だけが、面白がって、扉をこじ開けてくれた」

「ふふ、こじ開けたのではありません。
『効率的』に撤去しただけですよ。
それに、あなたの心の声は、いつだって騒がしいくらいに豊かでしたから」

私はカイル様の手を取り、自分の頬に寄せた。
この手は、国を守る王の手であり、私とレオンを守る父の手だ。
そして何より、私を世界で一番愛してくれている、不器用な夫の手だ。

「……ありがとう。
私の隣にいてくれて。
私の……世界を、彩ってくれて」

カイル様はそう言って、優しく微笑んだ。
言葉数は、相変わらず多くはない。
でも、もう通訳はいらない。
彼の瞳を見れば、そこに込められた万感の思いが、痛いほど伝わってくるから。

風が吹き抜け、王宮の庭園から薔薇の香りを運んでくる。
レオンが庭で「おーい! 蝶々捕まえたよ! 標本にして経済価値を調べよう!」と叫んでいる声が聞こえる。
……あの子の教育方針、少し見直した方がいいかしら。

「……(……愛してる)」

カイル様が、風に紛れるほどの小さな声で、ぽつりと呟いた。
耳を澄まさなければ聞き逃してしまうような、でも、私には雷鳴よりもはっきりと届く、愛の言葉。

私は彼を見上げ、満面の笑みで、0.1秒の迷いもなく答えた。

「わかってますよ、私もです!」

カイル様が目を丸くし、それから堪えきれずに吹き出した。
二人の笑い声が、青空高く吸い込まれていく。

婚約破棄、承りました。
その結果、私は「最高の幸せ」を再就職先で手に入れました。
元悪役令嬢ミナ・フォレストの華麗なる逆転劇は、これにて一件落着。
でも、私たちの騒がしくて愛おしい日常は、これからもずっと、ずっと続いていくのです。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。

緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」  そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。    私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。  ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。  その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。 「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」  お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。 「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」  

【完結】恋人にしたい人と結婚したい人とは別だよね?―――激しく同意するので別れましょう

冬馬亮
恋愛
「恋人にしたい人と結婚したい人とは別だよね?」 セシリエの婚約者、イアーゴはそう言った。 少し離れた後ろの席で、婚約者にその台詞を聞かれているとも知らずに。 ※たぶん全部で15〜20話くらいの予定です。 さくさく進みます。

【完結】旦那様、わたくし家出します。

さくらもち
恋愛
とある王国のとある上級貴族家の新妻は政略結婚をして早半年。 溜まりに溜まった不満がついに爆破し、家出を決行するお話です。 名前無し設定で書いて完結させましたが、続き希望を沢山頂きましたので名前を付けて文章を少し治してあります。 名前無しの時に読まれた方は良かったら最初から読んで見てください。 登場人物のサイドストーリー集を描きましたのでそちらも良かったら読んでみてください( ˊᵕˋ*) 第二王子が10年後王弟殿下になってからのストーリーも別で公開中

悪意には悪意で

12時のトキノカネ
恋愛
私の不幸はあの女の所為?今まで穏やかだった日常。それを壊す自称ヒロイン女。そしてそのいかれた女に悪役令嬢に指定されたミリ。ありがちな悪役令嬢ものです。 私を悪意を持って貶めようとするならば、私もあなたに同じ悪意を向けましょう。 ぶち切れ気味の公爵令嬢の一幕です。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

【完結】騙された? 貴方の仰る通りにしただけですが

ユユ
恋愛
10歳の時に婚約した彼は 今 更私に婚約破棄を告げる。 ふ〜ん。 いいわ。破棄ね。 喜んで破棄を受け入れる令嬢は 本来の姿を取り戻す。 * 作り話です。 * 完結済みの作品を一話ずつ掲載します。 * 暇つぶしにどうぞ。

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

処理中です...