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北方の主要都市、アイゼンベルク。
石造りの重厚な街並みと、肌を刺すような冷たい風。
ようやく辿り着いたこの街で、私は馬車を降りるなり大きく深呼吸をしました。
「……っ! 冷たい! ですが、この冷気が毛穴をキュッと引き締め、肌のキメを整えてくれる予感がしますわ!」
「お嬢様、ポジティブなのは結構ですが、鼻の頭が真っ赤ですよ。早く宿に入りましょう」
アンが毛布を抱えて急かしますが、私の目は街を行き交う人々を逃しません。
すると、私たちの前に三人の令嬢が立ちはだかりました。
北国特有の厚手のドレスに身を包み、扇をパチンと鳴らして私を見下ろす彼女たち。
「あら、あなたが王都を追い出されたという、あのローズマリー・フォン・グレイスタウン様かしら?」
中央に立つ、縦ロールが立派な令嬢が嘲笑うように言いました。
「北方の果てまで何をしに来たのかと思えば、その薄汚れた格好……。ここは王都の流行が通用するような甘い場所ではなくてよ」
彼女の取り巻きらしき二人も「クスクス」と下品な笑い声を上げます。
嫌がらせ、あるいは地方貴族による「王都組」への洗礼。
護衛のカトリーヌ様が、即座に剣の柄に手をかけました。
「ローズマリー嬢、下がれ。不届き者なら私が排除する」
「お待ちになって、カトリーヌ様!」
私はカトリーヌ様の手を制し、令嬢たちの方へ一歩踏み出しました。
彼女たちは「ひっ」と短く悲鳴を上げ、後ずさりします。
「な、何よ。力ずくで黙らせようっていうの? これだから野蛮な悪役令嬢は……」
「……黙りなさい。そこの貴女、今すぐその顔を私に見せなさい」
私は逃げようとする縦ロール令嬢の肩をガシッと掴みました。
「……っ! な、何よ、離して!」
「動かないで! ああ……なんてこと。なんて嘆かわしい! 貴女、自分の顔に何という暴挙を働いているの!?」
私は彼女の顔を数センチの至近距離で凝視しました。
「え……? 暴挙……?」
「そのファンデーションよ! 北の乾燥した空気に、王都向けの油分の少ない粉を使っているでしょう! おかげで口角の横が粉を吹いて、せっかくの若々しさが台無しですわ!」
「えっ、あ、そこ……自分でも気にしてたんだけど……」
「さらにそこの貴女! アイラインを欲張りすぎですわ! そんなに黒く塗りつぶしては、貴女の瞳が持つ『新雪のような輝き』が埋もれてしまいます! お掃除ですわ、今すぐお掃除が必要よ!」
私は懐から、秘蔵のクレンジングオイルと最高級のシルクパフを取り出しました。
「さあ、カトリーヌ様! 彼女たちを押さえてください! アン、ぬるま湯の準備を!」
「……。ローズマリー嬢、私は刺客を倒す訓練は受けているが、令嬢を洗顔のために拘束する訓練は受けていないぞ」
カトリーヌ様は呆然としていますが、私は止まりません。
「いいから早く! このままでは、彼女たちの美学が冬の寒さに死滅してしまいますわ!」
そこからの私は、まさに戦場の鬼神……いいえ、美の掃除屋(クリーナー)でした。
嫌がらせに来たはずの令嬢たちを次々と椅子に座らせ、叫ぶ彼女たちの顔を容赦なく拭い、塗り、整えていきました。
「嫌ぁぁ! 何するのよ、私の勝負メイクが……。……え? あれ?」
十分後。
鏡を持たされた令嬢たちは、一様に絶句していました。
「……これが、私? 顔色が、全然違う……。それに、肌がもちもちしてる……」
「厚塗りをやめて、北の光に映える透明感を引き出したのです。貴女の鼻筋は少し高いですから、ハイライトを入れすぎない方が上品に見えますわよ」
私は満足げに頷き、パフを片付けました。
「さて、嫌がらせの続きはありますかしら? あれば今すぐ、その不細工な扇の持ち方を矯正して差し上げますけれど」
令嬢たちは顔を見合わせ、真っ赤になりました。
そして、縦ロールの彼女が、消え入るような声で言いました。
「……あ、あの。その……さっきのオイル、どこで売ってるのか教えてくださる……?」
「あら、王都の私の実家まで注文書を送ればよろしいわ。ただし、私の『美の哲学』を学ぶことが条件ですけれど」
「……学ぶわ。私、学びますわ! ローズマリー様!」
さっきまでの敵意はどこへやら。
彼女たちは私の周りを取り囲み、「ここのクマはどうすればいいですか!」「眉毛の形が左右で違うんです!」と相談会の列を作り始めました。
「お嬢様……。嫌がらせの刺客を、たった十分で信者に変えないでください」
アンが深くため息をつき、カトリーヌ様は剣から手を離して頭を押さえました。
「……ローズマリー。貴様という女は、やはり私の理解の範疇を超えている」
「ふふん、当然ですわ。美しさの前には、国境も確執も無意味。さあ、次は街中の令嬢たちをお掃除しに行きますわよ!」
「やめろ。とりあえず宿に入れと言っているだろう!」
カトリーヌ様に首根っこを掴まれながらも、私は北の空に向かって高らかに笑いました。
アイゼンベルクの街に、新たな「美の旋風」が巻き起こる予兆を感じながら。
石造りの重厚な街並みと、肌を刺すような冷たい風。
ようやく辿り着いたこの街で、私は馬車を降りるなり大きく深呼吸をしました。
「……っ! 冷たい! ですが、この冷気が毛穴をキュッと引き締め、肌のキメを整えてくれる予感がしますわ!」
「お嬢様、ポジティブなのは結構ですが、鼻の頭が真っ赤ですよ。早く宿に入りましょう」
アンが毛布を抱えて急かしますが、私の目は街を行き交う人々を逃しません。
すると、私たちの前に三人の令嬢が立ちはだかりました。
北国特有の厚手のドレスに身を包み、扇をパチンと鳴らして私を見下ろす彼女たち。
「あら、あなたが王都を追い出されたという、あのローズマリー・フォン・グレイスタウン様かしら?」
中央に立つ、縦ロールが立派な令嬢が嘲笑うように言いました。
「北方の果てまで何をしに来たのかと思えば、その薄汚れた格好……。ここは王都の流行が通用するような甘い場所ではなくてよ」
彼女の取り巻きらしき二人も「クスクス」と下品な笑い声を上げます。
嫌がらせ、あるいは地方貴族による「王都組」への洗礼。
護衛のカトリーヌ様が、即座に剣の柄に手をかけました。
「ローズマリー嬢、下がれ。不届き者なら私が排除する」
「お待ちになって、カトリーヌ様!」
私はカトリーヌ様の手を制し、令嬢たちの方へ一歩踏み出しました。
彼女たちは「ひっ」と短く悲鳴を上げ、後ずさりします。
「な、何よ。力ずくで黙らせようっていうの? これだから野蛮な悪役令嬢は……」
「……黙りなさい。そこの貴女、今すぐその顔を私に見せなさい」
私は逃げようとする縦ロール令嬢の肩をガシッと掴みました。
「……っ! な、何よ、離して!」
「動かないで! ああ……なんてこと。なんて嘆かわしい! 貴女、自分の顔に何という暴挙を働いているの!?」
私は彼女の顔を数センチの至近距離で凝視しました。
「え……? 暴挙……?」
「そのファンデーションよ! 北の乾燥した空気に、王都向けの油分の少ない粉を使っているでしょう! おかげで口角の横が粉を吹いて、せっかくの若々しさが台無しですわ!」
「えっ、あ、そこ……自分でも気にしてたんだけど……」
「さらにそこの貴女! アイラインを欲張りすぎですわ! そんなに黒く塗りつぶしては、貴女の瞳が持つ『新雪のような輝き』が埋もれてしまいます! お掃除ですわ、今すぐお掃除が必要よ!」
私は懐から、秘蔵のクレンジングオイルと最高級のシルクパフを取り出しました。
「さあ、カトリーヌ様! 彼女たちを押さえてください! アン、ぬるま湯の準備を!」
「……。ローズマリー嬢、私は刺客を倒す訓練は受けているが、令嬢を洗顔のために拘束する訓練は受けていないぞ」
カトリーヌ様は呆然としていますが、私は止まりません。
「いいから早く! このままでは、彼女たちの美学が冬の寒さに死滅してしまいますわ!」
そこからの私は、まさに戦場の鬼神……いいえ、美の掃除屋(クリーナー)でした。
嫌がらせに来たはずの令嬢たちを次々と椅子に座らせ、叫ぶ彼女たちの顔を容赦なく拭い、塗り、整えていきました。
「嫌ぁぁ! 何するのよ、私の勝負メイクが……。……え? あれ?」
十分後。
鏡を持たされた令嬢たちは、一様に絶句していました。
「……これが、私? 顔色が、全然違う……。それに、肌がもちもちしてる……」
「厚塗りをやめて、北の光に映える透明感を引き出したのです。貴女の鼻筋は少し高いですから、ハイライトを入れすぎない方が上品に見えますわよ」
私は満足げに頷き、パフを片付けました。
「さて、嫌がらせの続きはありますかしら? あれば今すぐ、その不細工な扇の持ち方を矯正して差し上げますけれど」
令嬢たちは顔を見合わせ、真っ赤になりました。
そして、縦ロールの彼女が、消え入るような声で言いました。
「……あ、あの。その……さっきのオイル、どこで売ってるのか教えてくださる……?」
「あら、王都の私の実家まで注文書を送ればよろしいわ。ただし、私の『美の哲学』を学ぶことが条件ですけれど」
「……学ぶわ。私、学びますわ! ローズマリー様!」
さっきまでの敵意はどこへやら。
彼女たちは私の周りを取り囲み、「ここのクマはどうすればいいですか!」「眉毛の形が左右で違うんです!」と相談会の列を作り始めました。
「お嬢様……。嫌がらせの刺客を、たった十分で信者に変えないでください」
アンが深くため息をつき、カトリーヌ様は剣から手を離して頭を押さえました。
「……ローズマリー。貴様という女は、やはり私の理解の範疇を超えている」
「ふふん、当然ですわ。美しさの前には、国境も確執も無意味。さあ、次は街中の令嬢たちをお掃除しに行きますわよ!」
「やめろ。とりあえず宿に入れと言っているだろう!」
カトリーヌ様に首根っこを掴まれながらも、私は北の空に向かって高らかに笑いました。
アイゼンベルクの街に、新たな「美の旋風」が巻き起こる予兆を感じながら。
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