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「……信じられませんわ。私が、このような辺境の修道院で、得体の知れない令嬢に肌の手入れを任せるなんて」
エレオノーラ様は、私の自室(リフォーム済み)にあるカウチに横たわりながら、不満げに唇を尖らせていました。
ですが、その頬には私が調合した最高級の薬草パックが隙間なく塗りたくられています。
「あら、エレオノーラ様。文句を仰りながらも、パックを剥がそうとしないその従順さ……。まさに、美に対して誠実な証拠ですわ。素敵!」
「……うるさいわね。貴女が『パックの乾燥具合で、貴女の魔力伝導率が分かります』なんてデタラメを言うからでしょう?」
「デタラメではありませんわ。美しさは全身のエネルギーの調和。特に、貴女のその完璧な指先……。これ、かなり努力して鍛えていらっしゃいますわね?」
私が彼女の右手の指先をそっと取ると、エレオノーラ様がピクリと肩を揺らしました。
「指先……? 何を言っているの。私は王女よ。泥に触れることさえないわ」
「いいえ。この薬指の付け根の微かな角質……。そして、人差し指の腹の、目に見えないほどの皮膚の硬化。……貴女、人知れず剣の稽古、あるいは弦楽器の猛練習をされていますわね?」
「……っ!」
エレオノーラ様の目が見開かれました。パックがパキッと音を立てて少し剥がれます。
「なぜ……それを。侍女たちでさえ、私が手袋を外さないから気づかないはずなのに」
「私の目は、愛する者の『真実』を逃しません。貴女のような至宝が、天性の美貌に胡座をかかず、人知れず己を磨き上げている……。ああ、そのストイックな精神性が、この指先の曲線に現れているのですわ! なんて尊いのかしら!」
私は彼女の手を、自らの頬に寄せました。
「多くの人は貴女の顔だけを見て『美しい』と愛でるでしょう。ですが、私は貴女のその『隠された努力』ごと抱きしめたい! 貴女はただの宝石ではありません。貴女自身の手で磨き上げた、最強の戦乙女ですわ!」
「……ローズマリー。貴女……貴女って人は……」
エレオノーラ様の瞳に、じわりと涙が浮かびました。
パックの成分と混ざって大変なことになりそうですが、そんなことはどうでもいい。
「……今まで、誰もそんなところ、見てくれなかった。みんな、私の顔を見て、私の血筋を見て、勝手に『完璧な姫』を押し付けてきたのに」
「完璧である必要なんてありません。貴女が貴女として、美しくあろうと足掻くその姿こそが、私にとっての絶景なのですから」
私はそっとパックを剥がしました。
そこには、水分をたっぷりと含み、内側から発光するような、真珠色に輝くエレオノーラ様の素顔がありました。
「……見てください。今の貴女、大陸一どころか、銀河一ですわ」
エレオノーラ様は鏡を手に取ると、そこに映る自分を見つめ、やがてポロポロと涙をこぼしました。
「……負けたわ。完全に負けた。……ローズマリー、貴女を私の国に連れて帰りたいわ。私の専属の、美の騎士として」
「あら、それは光栄ですけれど……。今、私の隣にはリリアン様とカトリーヌ様が予約済みですので、順番待ちになりますわよ?」
「……フン。なら、私がその列の最前線に割り込んで差し上げるわ!」
エレオノーラ様は、先ほどまでの刺々しいオーラを脱ぎ捨て、少女のような無邪気な笑みを浮かべました。
その瞬間、扉を叩く激しい音が響きました。
「ローズマリー! いつまでエレオノーラ姫を連れ込んでいるんだ! 外交問題になったらどうする!」
セドリック殿下が、必死の形相で乗り込んできました。
ですが、彼が目にしたのは、パックを剥がしてスッキリとした顔で私に抱きついているエレオノーラ様の姿。
「……えっ? エレオノーラ姫? 何をしているのですか?」
「殿下、失礼ですわよ。私は今、ローズマリーから『真の自分を愛する術』を伝授されていたところです。……殿下、貴方、鼻の頭に黒ずみがありますわよ? そんな顔で私に話しかけないでくださる?」
「く、黒ずみ……!? そんな、私は毎日洗顔を……」
「ローズマリー。この男、どうにかならないかしら? せっかくの私の視界が、不純物で汚れてしまうわ」
エレオノーラ様の冷たい一瞥。
セドリック殿下は、ショックのあまり膝から崩れ落ちました。
「……リリアンだけでなく、エレオノーラ姫まで……。私の味方は、この世界に一人もいないのか……」
「殿下、ご安心ください。カトリーヌ様が、あちらでチェスの相手を探していらっしゃいましたわよ」
私が追い打ちをかけると、殿下は幽霊のような足取りで去って行きました。
「ふふ、これで邪魔者はいなくなりましたわね。さあ、エレオノーラ様! 次は貴女のその美しいデコルテをさらに輝かせる、特別なマッサージを施して差し上げますわ!」
「楽しみだわ、ローズマリー。……貴女の言う通り、私、もっと自分を好きになれそうな気がするわ」
こうして、大陸一の美女と謳われたエレオノーラ様は、見事にローズマリーの「美の軍団」へと加わったのでした。
敵対心は消え去り、そこにあるのは、共通の推し(自分たちの美)を愛でる強固な連帯感。
修道院の夜は、女たちの笑い声と、甘い美容オイルの香りに包まれて、更けていくのでした。
エレオノーラ様は、私の自室(リフォーム済み)にあるカウチに横たわりながら、不満げに唇を尖らせていました。
ですが、その頬には私が調合した最高級の薬草パックが隙間なく塗りたくられています。
「あら、エレオノーラ様。文句を仰りながらも、パックを剥がそうとしないその従順さ……。まさに、美に対して誠実な証拠ですわ。素敵!」
「……うるさいわね。貴女が『パックの乾燥具合で、貴女の魔力伝導率が分かります』なんてデタラメを言うからでしょう?」
「デタラメではありませんわ。美しさは全身のエネルギーの調和。特に、貴女のその完璧な指先……。これ、かなり努力して鍛えていらっしゃいますわね?」
私が彼女の右手の指先をそっと取ると、エレオノーラ様がピクリと肩を揺らしました。
「指先……? 何を言っているの。私は王女よ。泥に触れることさえないわ」
「いいえ。この薬指の付け根の微かな角質……。そして、人差し指の腹の、目に見えないほどの皮膚の硬化。……貴女、人知れず剣の稽古、あるいは弦楽器の猛練習をされていますわね?」
「……っ!」
エレオノーラ様の目が見開かれました。パックがパキッと音を立てて少し剥がれます。
「なぜ……それを。侍女たちでさえ、私が手袋を外さないから気づかないはずなのに」
「私の目は、愛する者の『真実』を逃しません。貴女のような至宝が、天性の美貌に胡座をかかず、人知れず己を磨き上げている……。ああ、そのストイックな精神性が、この指先の曲線に現れているのですわ! なんて尊いのかしら!」
私は彼女の手を、自らの頬に寄せました。
「多くの人は貴女の顔だけを見て『美しい』と愛でるでしょう。ですが、私は貴女のその『隠された努力』ごと抱きしめたい! 貴女はただの宝石ではありません。貴女自身の手で磨き上げた、最強の戦乙女ですわ!」
「……ローズマリー。貴女……貴女って人は……」
エレオノーラ様の瞳に、じわりと涙が浮かびました。
パックの成分と混ざって大変なことになりそうですが、そんなことはどうでもいい。
「……今まで、誰もそんなところ、見てくれなかった。みんな、私の顔を見て、私の血筋を見て、勝手に『完璧な姫』を押し付けてきたのに」
「完璧である必要なんてありません。貴女が貴女として、美しくあろうと足掻くその姿こそが、私にとっての絶景なのですから」
私はそっとパックを剥がしました。
そこには、水分をたっぷりと含み、内側から発光するような、真珠色に輝くエレオノーラ様の素顔がありました。
「……見てください。今の貴女、大陸一どころか、銀河一ですわ」
エレオノーラ様は鏡を手に取ると、そこに映る自分を見つめ、やがてポロポロと涙をこぼしました。
「……負けたわ。完全に負けた。……ローズマリー、貴女を私の国に連れて帰りたいわ。私の専属の、美の騎士として」
「あら、それは光栄ですけれど……。今、私の隣にはリリアン様とカトリーヌ様が予約済みですので、順番待ちになりますわよ?」
「……フン。なら、私がその列の最前線に割り込んで差し上げるわ!」
エレオノーラ様は、先ほどまでの刺々しいオーラを脱ぎ捨て、少女のような無邪気な笑みを浮かべました。
その瞬間、扉を叩く激しい音が響きました。
「ローズマリー! いつまでエレオノーラ姫を連れ込んでいるんだ! 外交問題になったらどうする!」
セドリック殿下が、必死の形相で乗り込んできました。
ですが、彼が目にしたのは、パックを剥がしてスッキリとした顔で私に抱きついているエレオノーラ様の姿。
「……えっ? エレオノーラ姫? 何をしているのですか?」
「殿下、失礼ですわよ。私は今、ローズマリーから『真の自分を愛する術』を伝授されていたところです。……殿下、貴方、鼻の頭に黒ずみがありますわよ? そんな顔で私に話しかけないでくださる?」
「く、黒ずみ……!? そんな、私は毎日洗顔を……」
「ローズマリー。この男、どうにかならないかしら? せっかくの私の視界が、不純物で汚れてしまうわ」
エレオノーラ様の冷たい一瞥。
セドリック殿下は、ショックのあまり膝から崩れ落ちました。
「……リリアンだけでなく、エレオノーラ姫まで……。私の味方は、この世界に一人もいないのか……」
「殿下、ご安心ください。カトリーヌ様が、あちらでチェスの相手を探していらっしゃいましたわよ」
私が追い打ちをかけると、殿下は幽霊のような足取りで去って行きました。
「ふふ、これで邪魔者はいなくなりましたわね。さあ、エレオノーラ様! 次は貴女のその美しいデコルテをさらに輝かせる、特別なマッサージを施して差し上げますわ!」
「楽しみだわ、ローズマリー。……貴女の言う通り、私、もっと自分を好きになれそうな気がするわ」
こうして、大陸一の美女と謳われたエレオノーラ様は、見事にローズマリーの「美の軍団」へと加わったのでした。
敵対心は消え去り、そこにあるのは、共通の推し(自分たちの美)を愛でる強固な連帯感。
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