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王都の喧騒から遠く離れた、霧深い山奥。
そこには「王立再教育施設」という名の、要するに「常識と論理を欠いた貴族のための更生施設」が存在します。
「おい! このジャガイモの皮むきは不当だ! 私は王子だぞ! 王族の指はペンと剣を持つためにあるのだ!」
泥だらけの服を着たセドリック様が、包丁を片手に叫んでいました。
しかし、監視員は冷たく鼻で笑います。
「元・王子様。ここでの序列は血筋ではなく『一分間にむいたジャガイモの個数』で決まるのです。貴方の現在のスコアは平均以下。論理的に言えば、貴方の夕食から肉が消える確率は百パーセントですな」
「そんな……バカな……! リリィ! リリィ、助けてくれ!」
隣で同じく泥にまみれていたリリィ様は、虚ろな目で地面を見つめていました。
「……殿下、うるさいですわ。私、さっきからこの土壌の酸性度を計算させられて……もう、お花畑のポエムなんて一行も思い出せませんの。ああ、数字が……数字が頭の中を踊っていますわ……」
彼女はもはや、計算高い悪女としての気力すら失い、単なる「計算に追われる労働者」と化していました。
愛という名の幻想が消えた後に残ったのは、冷酷な現実という名のジャガイモだけだったのです。
一方、私はカイル殿下の馬車に揺られ、国境を越えようとしていました。
「……ふふ。あの二人の絶望的な悲鳴が、風に乗って聞こえてくるようですわね。音波の減衰率を考えればあり得ない話ですが、精神衛生上は極めて心地よい空想ですわ」
「ははは! 君の復讐心は、実に効率的で後腐れがないね。……さて、ミルム。いよいよ我が国の領土だ。覚悟はいいかい?」
「覚悟? 私はただ、新しい職場の労働条件を確認しに行くだけですわよ」
馬車が国境の門をくぐった瞬間、私は自分の目を疑いました。
そこには、花束を持った群衆ではなく……。
巨大な横断幕。
『歓迎:論理の女神ミルム様! 来期の経済成長率の予測式をご提示ください!』
『計算こそ正義! 無駄を省いて国を豊かに!』
そして集まった国民たちが手に持っていたのは、応援うちわではなく、なぜか「巨大なそろばん」や「計算用紙」でした。
「な、なんですの……この異様な熱気は。視覚情報が知性に偏りすぎていますわよ」
「言っただろう? 我が国は君のような『正論の塊』を待ち望んでいたんだ。ほら、見てごらん」
一人の少年が馬車に駆け寄り、窓越しに一枚の紙を差し出してきました。
「ミルム様! この二次方程式の解がどうしても導き出せません! 貴女の美しい正論で、僕を導いてください!」
私は思わず身を乗り出し、少年のペンを奪い取ってさらさらと数式を書き込みました。
「……甘いですわね。判別式がマイナスになることを見落としています。虚数解を恐れては、高次元の真理にはたどり着けませんわよ。……はい、解(ルート)を求めておきましたわ」
「わあああ! さすがミルム様だ! 美しい! 論理が美しすぎる!」
周囲から地鳴りのような拍手が巻き起こりました。
「正論万歳!」「計算ミスを許すな!」というシュプレヒコールが響き渡ります。
「……カイル殿下。この国の国民、少々……いえ、かなり『質が良い』ですわね」
「気に入ってくれたかな? 君が何を言っても、彼らはそれを『攻撃』ではなく『教育』として受け取る。……君にとって、これ以上の楽園はないだろう?」
カイル殿下は満足げに私の腰を抱き寄せました。
私は、窓の外で熱狂する知性溢れる国民たちを眺めながら、確信しました。
(……バカの相手をして摩耗していた私の脳細胞が、今、かつてないほどの速度で修復されていますわ!)
追放された悪役令嬢を待っていたのは、悲惨な末路ではなく、知性を崇拝する民が住まう「論理のユートピア」でした。
私は、これから始まる「正論だらけの毎日」に、期待で胸を躍らせるのを止められませんでした。
「……さて、殿下。歓迎セレモニーの所要時間はあと何分かしら? 早く王宮の予算書を赤ペンで真っ赤にしたいのですけれど」
「ははは! 今夜は眠らせてくれそうにないね、私の愛しい財務官どの」
馬車は、熱狂の渦をかき分けながら、私たちの新しい城へと向かってひた走るのでした。
そこには「王立再教育施設」という名の、要するに「常識と論理を欠いた貴族のための更生施設」が存在します。
「おい! このジャガイモの皮むきは不当だ! 私は王子だぞ! 王族の指はペンと剣を持つためにあるのだ!」
泥だらけの服を着たセドリック様が、包丁を片手に叫んでいました。
しかし、監視員は冷たく鼻で笑います。
「元・王子様。ここでの序列は血筋ではなく『一分間にむいたジャガイモの個数』で決まるのです。貴方の現在のスコアは平均以下。論理的に言えば、貴方の夕食から肉が消える確率は百パーセントですな」
「そんな……バカな……! リリィ! リリィ、助けてくれ!」
隣で同じく泥にまみれていたリリィ様は、虚ろな目で地面を見つめていました。
「……殿下、うるさいですわ。私、さっきからこの土壌の酸性度を計算させられて……もう、お花畑のポエムなんて一行も思い出せませんの。ああ、数字が……数字が頭の中を踊っていますわ……」
彼女はもはや、計算高い悪女としての気力すら失い、単なる「計算に追われる労働者」と化していました。
愛という名の幻想が消えた後に残ったのは、冷酷な現実という名のジャガイモだけだったのです。
一方、私はカイル殿下の馬車に揺られ、国境を越えようとしていました。
「……ふふ。あの二人の絶望的な悲鳴が、風に乗って聞こえてくるようですわね。音波の減衰率を考えればあり得ない話ですが、精神衛生上は極めて心地よい空想ですわ」
「ははは! 君の復讐心は、実に効率的で後腐れがないね。……さて、ミルム。いよいよ我が国の領土だ。覚悟はいいかい?」
「覚悟? 私はただ、新しい職場の労働条件を確認しに行くだけですわよ」
馬車が国境の門をくぐった瞬間、私は自分の目を疑いました。
そこには、花束を持った群衆ではなく……。
巨大な横断幕。
『歓迎:論理の女神ミルム様! 来期の経済成長率の予測式をご提示ください!』
『計算こそ正義! 無駄を省いて国を豊かに!』
そして集まった国民たちが手に持っていたのは、応援うちわではなく、なぜか「巨大なそろばん」や「計算用紙」でした。
「な、なんですの……この異様な熱気は。視覚情報が知性に偏りすぎていますわよ」
「言っただろう? 我が国は君のような『正論の塊』を待ち望んでいたんだ。ほら、見てごらん」
一人の少年が馬車に駆け寄り、窓越しに一枚の紙を差し出してきました。
「ミルム様! この二次方程式の解がどうしても導き出せません! 貴女の美しい正論で、僕を導いてください!」
私は思わず身を乗り出し、少年のペンを奪い取ってさらさらと数式を書き込みました。
「……甘いですわね。判別式がマイナスになることを見落としています。虚数解を恐れては、高次元の真理にはたどり着けませんわよ。……はい、解(ルート)を求めておきましたわ」
「わあああ! さすがミルム様だ! 美しい! 論理が美しすぎる!」
周囲から地鳴りのような拍手が巻き起こりました。
「正論万歳!」「計算ミスを許すな!」というシュプレヒコールが響き渡ります。
「……カイル殿下。この国の国民、少々……いえ、かなり『質が良い』ですわね」
「気に入ってくれたかな? 君が何を言っても、彼らはそれを『攻撃』ではなく『教育』として受け取る。……君にとって、これ以上の楽園はないだろう?」
カイル殿下は満足げに私の腰を抱き寄せました。
私は、窓の外で熱狂する知性溢れる国民たちを眺めながら、確信しました。
(……バカの相手をして摩耗していた私の脳細胞が、今、かつてないほどの速度で修復されていますわ!)
追放された悪役令嬢を待っていたのは、悲惨な末路ではなく、知性を崇拝する民が住まう「論理のユートピア」でした。
私は、これから始まる「正論だらけの毎日」に、期待で胸を躍らせるのを止められませんでした。
「……さて、殿下。歓迎セレモニーの所要時間はあと何分かしら? 早く王宮の予算書を赤ペンで真っ赤にしたいのですけれど」
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