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「待てと言っているんだ、チップ! この私が、王太子の私が、最大限の譲歩をしてやると言っているのだぞ!」
カッサン殿下は、砂埃を払いながら叫びました。
周囲の貴族たちは、そのあまりにも惨めな王太子の姿に、見て見ぬふりをしてクッキーの行列に並び続けています。
「殿下、しつこいですわよ。今は生地の『ベンチタイム』。一分一秒が、クッキーの気泡の安定を左右するデリケートな時間なんです。貴方の叫び声で空気が振動し、生地がストレスを感じたらどう責任を取ってくださるの?」
チップはオーブンの窓を睨んだまま、冷淡に言い放ちました。
「生地のストレスだと!? 私のストレスはどうなる! いいから来い、これは王命……王命に準ずる命令だ!」
カッサン殿下が、強引にチップの腕を掴もうと一歩踏み出した、その時でした。
ドォォォンッ!!
まるで巨大な隕石が落ちたかのような衝撃と共に、カッサン殿下とチップの間に、一振りの巨大な剣が突き立てられました。
「……そこまでだ。軟弱な王太子殿下」
低く、地を這うような重低音。
現れたのは、黒い外套を翻し、猛禽類のような鋭い眼光を放つ男――バニラ辺境伯ガレットでした。
「ひっ……!? ば、バニラ辺境伯! 貴様、なぜここにいる! これは私の国内の問題だ!」
カッサン殿下は、突き立てられた大剣の威圧感に腰を抜かし、情けなく尻餅をつきました。
「……国内の問題? 笑わせるな。チップは既に我がバニラ領の『特別重要文化財』として登録されている。彼女の指先に傷一つ付くことは、我が領への宣戦布告と見なす」
ガレットは、抜いたばかりの大剣の柄に手をかけ、カッサン殿下を見下ろしました。
その背後には、いつの間にかバニラ領の精鋭騎士たちが、無言で整列しています。
「じゅ、重要文化財……!? ただの公爵令嬢が、いつからそんなものになったのだ!」
「彼女の生み出す『サクサク』は、我が領の騎士たちの士気を維持し、凍てつく冬を越すための唯一の希望だ。それを奪おうとする者は、例え王太子であろうと容赦はせん」
ガレットの一言一言が、鋭い刃となってカッサン殿下を追い詰めます。
チップはと言えば、その物々しい雰囲気の中でも、ボウルの中の生地の状態をチェックするのに余念がありませんでした。
「まあ、辺境伯様。良いところにいらしてくださいました。ちょうど、この生地を寝かせるための冷気が必要だったのです。貴方のその、凍りつくような冷徹なオーラで、ここら一帯を冷やしてくださらない?」
「…………チップ。俺は今、非常に格好良く貴様を助けに入ったつもりなのだが」
ガレットは、向けられた鋭い眼光を一瞬だけ緩め、困惑したように眉を下げました。
「助ける? そんなことより、今は生地の温度管理ですわ。辺境伯様、そこに立って日陰を作ってください。貴方のその広い背中、遮光性は抜群ですわね!」
「……フン。好きにしろ。殿下、聞こえたか。彼女は今、生地の管理で忙しい。貴様のような『サクサクの価値』も分からん男が、彼女の時間を奪うことは許さん」
ガレットは再びカッサン殿下に向き直り、その胸倉を掴まんばかりの勢いで威圧しました。
「お、おのれ……! 辺境伯、貴様、チップを私物化するつもりか!? 彼女は我が国の公爵令嬢だぞ!」
「いいえ、殿下。私は誰のものでもありません。私は『クッキー』のものなのですわ」
チップが、オーブンから焼き立ての一枚を取り出し、高く掲げました。
「見てください、この完璧なエッジ。この一枚を焼くために、私は辺境の厳しい寒さと、ガレット辺境伯の不器味な無言の圧力に耐えてきたのです。それを今さら、甘いだけの王宮に連れ戻そうだなんて、小麦粉に対する冒涜ですわよ!」
チップの宣言に、並んでいた貴族たちから「そうだ、そうだ!」「チップ様を連れて行くな!」というシュプレヒコールが上がりました。
カッサン殿下は、完全に孤立しました。
自分を慕っていたはずの貴族たち、愛を誓い合ったはずのシュガー、そして今や隣国の最強の武力。
そのすべてが、たった一枚の「クッキー」という絆によって、自分の敵に回っている。
「……くっ……。覚えていろ! 私は……私は諦めんぞ! チップ、貴様のその『サクサク』を、いつか必ず王宮の公式菓子にさせてやる!」
カッサン殿下は、負け惜しみを叫びながら、這う這うの体で逃げ去って行きました。
「ふぅ。ようやく静かになりましたわね。……さて、辺境伯様。日除けの報酬として、この『極・焦がしバタークッキー』の耳をお分けして差し上げますわ」
「……耳だけか。相変わらず、厳しいな」
ガレットは苦笑しながら、チップから小さな欠片を受け取りました。
それを口に運び、目を閉じてその響きを堪能します。
「……ああ。やはり、これだ。王都の喧騒を忘れさせる、静かな衝撃だな」
「当然ですわ。私の愛は、いつだって貴方の想像をサクサクと超えていきますから」
二人の間に流れる、奇妙に甘く、そしてバターの香りに満ちた空気。
シュガーはそれを見て、「……師匠、今の展開、完全にヒロインでしたわ!」と目を輝かせていました。
チップの王都遠征は、もはや一つの政治勢力として、王国の権力構造を「食感」の力で書き換えようとしていたのです。
カッサン殿下は、砂埃を払いながら叫びました。
周囲の貴族たちは、そのあまりにも惨めな王太子の姿に、見て見ぬふりをしてクッキーの行列に並び続けています。
「殿下、しつこいですわよ。今は生地の『ベンチタイム』。一分一秒が、クッキーの気泡の安定を左右するデリケートな時間なんです。貴方の叫び声で空気が振動し、生地がストレスを感じたらどう責任を取ってくださるの?」
チップはオーブンの窓を睨んだまま、冷淡に言い放ちました。
「生地のストレスだと!? 私のストレスはどうなる! いいから来い、これは王命……王命に準ずる命令だ!」
カッサン殿下が、強引にチップの腕を掴もうと一歩踏み出した、その時でした。
ドォォォンッ!!
まるで巨大な隕石が落ちたかのような衝撃と共に、カッサン殿下とチップの間に、一振りの巨大な剣が突き立てられました。
「……そこまでだ。軟弱な王太子殿下」
低く、地を這うような重低音。
現れたのは、黒い外套を翻し、猛禽類のような鋭い眼光を放つ男――バニラ辺境伯ガレットでした。
「ひっ……!? ば、バニラ辺境伯! 貴様、なぜここにいる! これは私の国内の問題だ!」
カッサン殿下は、突き立てられた大剣の威圧感に腰を抜かし、情けなく尻餅をつきました。
「……国内の問題? 笑わせるな。チップは既に我がバニラ領の『特別重要文化財』として登録されている。彼女の指先に傷一つ付くことは、我が領への宣戦布告と見なす」
ガレットは、抜いたばかりの大剣の柄に手をかけ、カッサン殿下を見下ろしました。
その背後には、いつの間にかバニラ領の精鋭騎士たちが、無言で整列しています。
「じゅ、重要文化財……!? ただの公爵令嬢が、いつからそんなものになったのだ!」
「彼女の生み出す『サクサク』は、我が領の騎士たちの士気を維持し、凍てつく冬を越すための唯一の希望だ。それを奪おうとする者は、例え王太子であろうと容赦はせん」
ガレットの一言一言が、鋭い刃となってカッサン殿下を追い詰めます。
チップはと言えば、その物々しい雰囲気の中でも、ボウルの中の生地の状態をチェックするのに余念がありませんでした。
「まあ、辺境伯様。良いところにいらしてくださいました。ちょうど、この生地を寝かせるための冷気が必要だったのです。貴方のその、凍りつくような冷徹なオーラで、ここら一帯を冷やしてくださらない?」
「…………チップ。俺は今、非常に格好良く貴様を助けに入ったつもりなのだが」
ガレットは、向けられた鋭い眼光を一瞬だけ緩め、困惑したように眉を下げました。
「助ける? そんなことより、今は生地の温度管理ですわ。辺境伯様、そこに立って日陰を作ってください。貴方のその広い背中、遮光性は抜群ですわね!」
「……フン。好きにしろ。殿下、聞こえたか。彼女は今、生地の管理で忙しい。貴様のような『サクサクの価値』も分からん男が、彼女の時間を奪うことは許さん」
ガレットは再びカッサン殿下に向き直り、その胸倉を掴まんばかりの勢いで威圧しました。
「お、おのれ……! 辺境伯、貴様、チップを私物化するつもりか!? 彼女は我が国の公爵令嬢だぞ!」
「いいえ、殿下。私は誰のものでもありません。私は『クッキー』のものなのですわ」
チップが、オーブンから焼き立ての一枚を取り出し、高く掲げました。
「見てください、この完璧なエッジ。この一枚を焼くために、私は辺境の厳しい寒さと、ガレット辺境伯の不器味な無言の圧力に耐えてきたのです。それを今さら、甘いだけの王宮に連れ戻そうだなんて、小麦粉に対する冒涜ですわよ!」
チップの宣言に、並んでいた貴族たちから「そうだ、そうだ!」「チップ様を連れて行くな!」というシュプレヒコールが上がりました。
カッサン殿下は、完全に孤立しました。
自分を慕っていたはずの貴族たち、愛を誓い合ったはずのシュガー、そして今や隣国の最強の武力。
そのすべてが、たった一枚の「クッキー」という絆によって、自分の敵に回っている。
「……くっ……。覚えていろ! 私は……私は諦めんぞ! チップ、貴様のその『サクサク』を、いつか必ず王宮の公式菓子にさせてやる!」
カッサン殿下は、負け惜しみを叫びながら、這う這うの体で逃げ去って行きました。
「ふぅ。ようやく静かになりましたわね。……さて、辺境伯様。日除けの報酬として、この『極・焦がしバタークッキー』の耳をお分けして差し上げますわ」
「……耳だけか。相変わらず、厳しいな」
ガレットは苦笑しながら、チップから小さな欠片を受け取りました。
それを口に運び、目を閉じてその響きを堪能します。
「……ああ。やはり、これだ。王都の喧騒を忘れさせる、静かな衝撃だな」
「当然ですわ。私の愛は、いつだって貴方の想像をサクサクと超えていきますから」
二人の間に流れる、奇妙に甘く、そしてバターの香りに満ちた空気。
シュガーはそれを見て、「……師匠、今の展開、完全にヒロインでしたわ!」と目を輝かせていました。
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