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バニラ城の広大な中庭は、かつてない熱気に包まれていました。
本日は、バニラ辺境伯ガレット様と、自称「クッキーの嫁」ことチップ・チョコラート様の、世にも奇妙な結婚披露宴。
招待客は、王都の貴族から近隣の領民、そして「サクサク」の音に導かれた近衛騎士団まで、数千人に及びます。
しかし、会場に足を踏み入れた人々が目にしたのは、優雅な音楽や色とりどりの花々ではありませんでした。
「……おい、あれを見ろ。山だ。クッキーの山が聳(そび)え立っているぞ!」
会場の中央には、高さ三メートルを超える巨大なピラミッドが鎮座していました。
それはすべて、チップがこの三日間、不眠不休で焼き上げた一万枚の『特製・祝福のサクサククッキー』で構成されていたのです。
「皆さま、本日はお集まりいただき感謝いたしますわ! ですが、余興やスピーチなんて時間の無駄ですわよ。私の愛の結晶が湿気る前に、さっさと食べて、その顎に私の情熱を刻み込みなさいな!」
壇上に立つ新婦・チップは、純白のドレス……ではなく、汚れ一つない真っ白な「最高級シルク製エプロンドレス」を纏っていました。
その手にはブーケではなく、黄金に輝く「特注・チタン製麺棒」が握られています。
「チップ。一万枚は流石にやりすぎではないか。貴様、昨夜は一睡もしていないだろう。目の下に微かにクマができているぞ」
隣に立つ新郎・ガレット辺境伯が、心配そうに声をかけました。
彼は漆黒の正装に身を包んでいましたが、その背後には「クッキー運搬用」の巨大な籠が備え付けられていました。
「辺境伯様、何を仰るのです。職人にとってクマは勲章ですわ。それに、この一万枚を完璧な状態で提供するために、私は今、アドレナリンがバターのように沸騰しておりますの。……さあ、披露宴開始の合図を!」
「……ああ。分かった。……全員、突撃せよ! ただし、整列して一人三枚までだ!」
ガレット辺境伯の号令と共に、披露宴は一瞬にして「配給所」へと変貌しました。
貴族も領民も関係ありません。人々は飢えた狼のようにクッキーの山へと群がりました。
「……パキィィィンッ! サクサクサクッ!」
「……バキィィィッ! ボリボリッ!!」
会場中の至る所から、これまでに聞いたこともないような多重奏の咀嚼音が鳴り響きます。
数千人が同時にクッキーを噛み砕く音は、もはや大砲の斉射のような迫力で、王都から嫌々やってきたカッサン殿下の鼓膜を震わせました。
「……ひ、酷い。これは結婚式ではない。これは……食感の暴力だ。なぜ皆、あんなに幸せそうに、あんなに硬いものを噛んでいるんだ……」
カッサン殿下は、隅の方で震えていました。
そこへ、巨大なクッキーの入った籠を背負ったシュガーさんが現れました。
「殿下、何を呆けているんですか。ほら、これ、師匠からの『慈悲』ですわよ。食べて、その貧弱な顎を鍛え直してくださいな」
「シュ、シュガー……。君、その肩幅、以前より広くなっていないか?」
「生地を五万回捏ねれば、誰だってこうなりますわ。……さあ、食べて!」
無理やり口に押し込まれたクッキー。
カッサン殿下の脳内を、伝説の塩の旨味と、極楽鳥の卵の濃厚なコク、そしてチップの狂気的な情熱が駆け抜けました。
「…………っ!! う、美味い。悔しいが……愛などなくても、このサクサクがあれば生きていける気がする……!」
殿下は涙を流しながら、一心不乱にクッキーを貪り始めました。
その姿を見て、チップは満足げに麺棒を振りました。
「ふふ、いいわ。皆、いい音を鳴らしている。……辺境伯様、見てください。これが私の望んだ風景ですわ」
「……ああ。騒がしいが、悪くないな。……チップ。改めて誓おう。俺は一生、貴様がこの音を鳴らし続けられるよう、最高のオーブンであり続けると」
ガレット辺境伯は、チップの粉まみれの手を取り、その甲にそっと唇を寄せました。
チップは一瞬だけ、焼き上がりのクッキーを見つめる時のような、熱っぽい視線を彼に向けました。
「……期待しておりますわ、私の『副夫(サブ・ハズバンド)』様。冷めたオーブンなんて、私、すぐに買い替えてしまいますからね?」
「……肝に銘じておこう」
披露宴は夜通し続き、一万枚のクッキーは、夜明けを待たずにすべて人々の胃袋へと消えていきました。
残ったのは、会場を埋め尽くしたクッキーの「破片」と、顎を使いすぎて心地よい疲労感に包まれた人々の笑顔だけ。
それは、バニラ領の歴史に語り継がれる、「最も硬く、最も香ばしい」伝説の夜となりました。
チップ・チョコラート。
彼女のサクサクとした人生は、今、最強の伴侶(とオーブン)を得て、さらなる高みへと焼き上げられようとしていたのです。
本日は、バニラ辺境伯ガレット様と、自称「クッキーの嫁」ことチップ・チョコラート様の、世にも奇妙な結婚披露宴。
招待客は、王都の貴族から近隣の領民、そして「サクサク」の音に導かれた近衛騎士団まで、数千人に及びます。
しかし、会場に足を踏み入れた人々が目にしたのは、優雅な音楽や色とりどりの花々ではありませんでした。
「……おい、あれを見ろ。山だ。クッキーの山が聳(そび)え立っているぞ!」
会場の中央には、高さ三メートルを超える巨大なピラミッドが鎮座していました。
それはすべて、チップがこの三日間、不眠不休で焼き上げた一万枚の『特製・祝福のサクサククッキー』で構成されていたのです。
「皆さま、本日はお集まりいただき感謝いたしますわ! ですが、余興やスピーチなんて時間の無駄ですわよ。私の愛の結晶が湿気る前に、さっさと食べて、その顎に私の情熱を刻み込みなさいな!」
壇上に立つ新婦・チップは、純白のドレス……ではなく、汚れ一つない真っ白な「最高級シルク製エプロンドレス」を纏っていました。
その手にはブーケではなく、黄金に輝く「特注・チタン製麺棒」が握られています。
「チップ。一万枚は流石にやりすぎではないか。貴様、昨夜は一睡もしていないだろう。目の下に微かにクマができているぞ」
隣に立つ新郎・ガレット辺境伯が、心配そうに声をかけました。
彼は漆黒の正装に身を包んでいましたが、その背後には「クッキー運搬用」の巨大な籠が備え付けられていました。
「辺境伯様、何を仰るのです。職人にとってクマは勲章ですわ。それに、この一万枚を完璧な状態で提供するために、私は今、アドレナリンがバターのように沸騰しておりますの。……さあ、披露宴開始の合図を!」
「……ああ。分かった。……全員、突撃せよ! ただし、整列して一人三枚までだ!」
ガレット辺境伯の号令と共に、披露宴は一瞬にして「配給所」へと変貌しました。
貴族も領民も関係ありません。人々は飢えた狼のようにクッキーの山へと群がりました。
「……パキィィィンッ! サクサクサクッ!」
「……バキィィィッ! ボリボリッ!!」
会場中の至る所から、これまでに聞いたこともないような多重奏の咀嚼音が鳴り響きます。
数千人が同時にクッキーを噛み砕く音は、もはや大砲の斉射のような迫力で、王都から嫌々やってきたカッサン殿下の鼓膜を震わせました。
「……ひ、酷い。これは結婚式ではない。これは……食感の暴力だ。なぜ皆、あんなに幸せそうに、あんなに硬いものを噛んでいるんだ……」
カッサン殿下は、隅の方で震えていました。
そこへ、巨大なクッキーの入った籠を背負ったシュガーさんが現れました。
「殿下、何を呆けているんですか。ほら、これ、師匠からの『慈悲』ですわよ。食べて、その貧弱な顎を鍛え直してくださいな」
「シュ、シュガー……。君、その肩幅、以前より広くなっていないか?」
「生地を五万回捏ねれば、誰だってこうなりますわ。……さあ、食べて!」
無理やり口に押し込まれたクッキー。
カッサン殿下の脳内を、伝説の塩の旨味と、極楽鳥の卵の濃厚なコク、そしてチップの狂気的な情熱が駆け抜けました。
「…………っ!! う、美味い。悔しいが……愛などなくても、このサクサクがあれば生きていける気がする……!」
殿下は涙を流しながら、一心不乱にクッキーを貪り始めました。
その姿を見て、チップは満足げに麺棒を振りました。
「ふふ、いいわ。皆、いい音を鳴らしている。……辺境伯様、見てください。これが私の望んだ風景ですわ」
「……ああ。騒がしいが、悪くないな。……チップ。改めて誓おう。俺は一生、貴様がこの音を鳴らし続けられるよう、最高のオーブンであり続けると」
ガレット辺境伯は、チップの粉まみれの手を取り、その甲にそっと唇を寄せました。
チップは一瞬だけ、焼き上がりのクッキーを見つめる時のような、熱っぽい視線を彼に向けました。
「……期待しておりますわ、私の『副夫(サブ・ハズバンド)』様。冷めたオーブンなんて、私、すぐに買い替えてしまいますからね?」
「……肝に銘じておこう」
披露宴は夜通し続き、一万枚のクッキーは、夜明けを待たずにすべて人々の胃袋へと消えていきました。
残ったのは、会場を埋め尽くしたクッキーの「破片」と、顎を使いすぎて心地よい疲労感に包まれた人々の笑顔だけ。
それは、バニラ領の歴史に語り継がれる、「最も硬く、最も香ばしい」伝説の夜となりました。
チップ・チョコラート。
彼女のサクサクとした人生は、今、最強の伴侶(とオーブン)を得て、さらなる高みへと焼き上げられようとしていたのです。
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