婚約破棄された悪役令嬢~金貨と狂犬大公、どちらが効率的ですか?〜

萩月

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それから、数年の月日が流れた。

バルトアン帝国、皇城。

かつては「鉄と筋肉の魔窟」と呼ばれたこの城は今、大陸一「効率的」で「清潔」で、そして「ご飯が美味しい」場所として知れ渡っていた。

「皇后陛下! 北の国境警備隊より報告です! 予算内での砦改修工事、完了いたしました!」

「よし。次は東の街道整備計画です。ヨハン宰相、進捗は?」

「は、はいぃ! 資材の調達コストを二割削減し、工期を三日短縮しました! ……僕、もう計算ドリルを見なくても暗算ができます!」

「素晴らしい成長です、ヨハンさん。ご褒美に胃薬をどうぞ」

「ありがとうございますぅぅ!」

執務室の中心で、私は次々と飛んでくる書類を捌いていた。

私の名は、クリスティーン・フォン・アイゼンガルド。
この帝国の皇后であり、実質的な――裏の支配者である。

「ふぅ……。午前中のタスクは終了ですね」

私はペンを置き、カレンダーを見た。
今日は結婚記念日だ。
あれから四年。
私のスローライフ計画は完全に消滅したが、代わりに手に入れた「激務だけど充実した日々」は、案外悪くない。

その時。

ドタドタドタドタッ!!

廊下から、聞き覚えのある「破壊的な足音」が近づいてきた。
ただし、サイズは小さい。

バンッ!!

「ママ上ぇぇぇ!!」

「お母様、計算の時間ですわ!」

飛び込んできたのは、二人の小さな怪獣たちだ。

一人は、黒髪赤眼の男の子。レオンハルト(三歳)。
もう一人は、銀髪眼鏡の女の子。マリー(三歳)。

私たちの愛しき双子である。

「レオン、マリー。執務室では静かにと、何度言いましたか?」

「だっていう! パパ上が『男は扉を蹴り開けろ』って!」

「お母様。お兄様が花瓶を割りました。損害額は金貨二枚と推定されます。私の沈黙料としておやつを倍増してください」

……頭が痛い。
見事に、父親の「筋肉」と母親の「守銭奴」を受け継いでしまっている。

「レオン。扉を蹴るのは敵のアジトだけにしなさい。修理費がかさみます」

「はーい」

「マリー。兄の失敗をゆすりのネタにするのはやめなさい。それは外交カードとして取っておくものです」

「さすがはお母様。勉強になります」

やれやれ、と私がため息をついていると、背後からさらに大きな足音が響いた。

「ガハハハ! 元気でいいじゃねぇか!」

現れたのは、私の夫であり、この国の皇帝マクシミリアンだ。
数年経ってもその筋肉は衰えるどころか増強されており、皇帝の威厳(という名の威圧感)もマシマシになっている。

「マクシミリアン。貴方ですか、レオンに変な教育をしたのは」

「おう。将来有望だろ? 昨日なんか、積み木を素手で粉砕してたぞ」

「教育的指導が必要です。……それで? 今日は『あの方たち』が来る日では?」

「ああ、もう着いてるぞ。中庭だ」

私たちは子供たちを連れて、中庭へと向かった。

そこには、見違えるように逞しくなった二人の男女が待っていた。

「クリスティーン様! ご無沙汰しております!」

「お久しぶりですぅ、お姉様!」

日に焼けた肌、引き締まった体、そして実用的な作業着。
そこにいるのは、かつてのヒョロヒョロ王子とワガママ令嬢ではない。

バルトアン帝国・王室御用達「清掃部隊長」フレデリックと、「洗濯部隊長」リリーナである。

「まあ、フレデリック殿下。随分と……野生化しましたね」

「ハハッ! 殿下はやめてくださいよ。今の僕はただの『掃除の鬼』ですから! 見てくださいこの箒捌き! 塵一つ逃しませんよ!」

フレデリックは自慢げに箒を旋回させた。
その動きには無駄がない。

「私もよぉ! お姉様、見て! この上腕二頭筋!」

リリーナが袖をまくると、そこには美しい力こぶが。

「洗濯板で鍛え上げたの! もうどんな頑固な汚れも、私の拳(こぶし)……じゃなくて手洗いで一撃よ!」

「……素晴らしい適応力ですね」

あの後、彼らは借金返済のために必死で働き、気づけば「働く喜び」と「筋肉の素晴らしさ」に目覚めてしまったらしい。
祖国オルコットからは廃嫡されたが、今ではこの城の不可欠なスタッフとして、幸せに(?)暮らしている。

「レオン様、マリー様! 高い高いしまーす!」

「わーい! フレデリック、もっと高く!」

「リリーナ、私の服のシミ抜きをお願いできるかしら?」

「任せて! 完璧に落としてあげる!」

かつての因縁の相手が、今は子供たちの良き遊び相手だ。
人生とは、本当に計算できないものである。

「……平和だな」

マクシミリアンが、私の隣で目を細めた。

「ええ。騒がしいですが」

「お前は、後悔してねぇか?」

「何をです?」

「スローライフだよ。……結局、お前を一番働かせちまってる」

彼は少し申し訳なさそうに言った。

私は眼鏡を直し、庭で走り回る子供たちと、汗を流して働く元婚約者たち、そして平和な青空を見上げた。

「……計算してみましょう」

私は指折り数えた。

「労働時間は増えましたが、精神的ストレスは九割減です。食事の満足度は五百パーセント上昇。資産は国家予算レベルで安定。そして何より……」

私は夫を見上げた。

「愛する家族の笑顔という『プライスレス』な配当が、毎日支払われています」

「……お前なぁ」

マクシミリアンは顔を赤くして、ガシガシと頭を掻いた。

「そういうとこだぞ。……ったく、敵わねぇな」

「ふふ。私の勝ちですね」

「ああ、完敗だ。……愛してるぞ、クリスティーン」

「私もです、マクシミリアン」

彼は人目も憚らず、私を抱き寄せ、口づけを落とした。

「ヒューヒュー! パパ上とママ上がラブラブだー!」
「お兄様、見ちゃいけません。これは『大人の教育』です」
「きゃー! 私たちも見習わなきゃね、フレデリック様!」
「そ、そうだね! 僕たちも筋肉キスを……!」

周囲の騒がしい野次も、今は心地よいBGMだ。

かつて、婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれた私。
前世の記憶も、チート能力もないけれど。
計算機と、少しの度胸と、そして最強のパートナーがいれば、人生はどうにでもなる。

「さて、午後からは予算会議ですよ、陛下」

「げっ。マジかよ」

「サボったら、今夜の夕食は『ゆでた雑草』に戻します」

「わ、わかったよ! やるよ!」

尻に敷かれる皇帝陛下の姿に、兵士たちが笑う。

これが、私の選んだ道。
これが、私の手に入れた幸せ。

私は眼鏡をキラリと光らせ、高らかに宣言する。

「悪役令嬢? いいえ、私はただの――幸せな合理主義者ですわ!」
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