無能な私を捨ててください!と婚約破棄を迫ったら溺愛?

萩月

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「……もう、嫌ですわ。草にすら勝てないなんて、私の悪役令嬢としての才能は枯れ果てているのかしら」

オーブライト公爵家の自室で、ルルナは机に突っ伏して、深すぎる溜息を吐き出した。
窓の外では、昨日「浮気相手」として指名したあのハーブが、アリスティアの命によって特等席に植え替えられ、職人たちの手厚い保護を受けているのが見える。
もはや、嫌がらせどころか、王宮の緑化推進に貢献してしまった形だ。

「お嬢様、そう気を落とさないでください。草を愛でる公爵令嬢として、好感度は王都始まって以来の最高値を記録しております。ある意味、歴史に名を刻みましたぞ」

「そんな不名誉な歴史はいりませんわ! ああ、セバス……。私には何かが足りないのよ。もっとこう、見る者を震え上がらせるような、本物の『毒』が!」

ルルナが拳を握りしめて立ち上がると、扉がノックされ、一通の招待状が届けられた。
差出人は、イザベラ・ド・モンティーニュ侯爵令嬢。
代々文官を輩出する家柄で、彼女自身も「鉄の扇」の異名を持つ、社交界きっての厳格な令嬢として知られている。

「イザベラ様……。そうですわ、この方こそ私の目指すべき道! 彼女に『悪役令嬢としての心得』を乞うことにしますわ!」

「……お嬢様。彼女はただ、マナーに厳しいだけで、悪役を自称しているわけではないと思いますが」

「いいえ! あの方のあの鋭い目つき、隙のない所作、そして何より他者を寄せ付けない威圧感! 今の私に必要なのは、あの方の教えですわ!」

数日後、ルルナはイザベラの邸宅を訪れた。
応接室に現れたイザベラは、その噂通り、定規で測ったかのような完璧な姿勢で椅子に座り、鋭い眼光をルルナに向けた。

「オーブライト様。本日はどのようなご用件かしら? まさか、またアリスティア殿下との惚気話を聞かされるために、私の貴重な時間を割いたわけではないわよね?」

(……これよ! この刺すような言葉の刃! 素晴らしいわ!)

ルルナは感動に打ち震えながら、身を乗り出した。

「イザベラ様! お願いですわ、私に『悪の道』を教えてくださいまし! どうすれば、アリス様に心底嫌われ、婚約破棄を突きつけてもらえるようになれるのでしょうか!」

「…………は?」

イザベラの手にあった扇子が、パサリと床に落ちた。
鉄の扇と称される彼女が、これほどまでに呆然とした顔を見せるのは珍しい。
しかし、ルルナは必死だった。
魔力が開花しない自分が、どれほどアリスティアの足枷になっているか。
愛しているからこそ、彼に嫌われなければならないのだと、涙ながらに訴えた。

イザベラはしばらく沈黙を守っていたが、やがて眼鏡をクイと押し上げ、重々しく口を開いた。

「……なるほど。あなたのその『歪んだ献身』、理解できなくもないわ。いいでしょう。あなたがそこまで言うのなら、社交界の荒波を生き抜くための、本当の『威圧』を教えて差し上げますわ」

「本当ですの!? ありがとうございます、お師匠様!」

「師匠と呼ぶのはおよしなさい。……いい、ルルナ。悪役令嬢……いえ、高貴な女性が相手を屈服させるために必要なのは、言葉だけではないわ。道具よ。この『扇子』の使い方一つで、相手に与える恐怖は格段に変わるの」

イザベラは床に落ちた扇子を拾い上げ、優雅に、かつ鋭く広げて見せた。

「まずは、物理的なプレッシャー。相手が耳の痛いことを言ってきたら、言葉で返す前に、扇子で相手を叩くのよ」

「叩く……。物理的に、ですの?」

「そうよ。ただし、ただ叩くだけでは野蛮なだけ。優雅に、リズムを刻むように……。そう、パシッ、とね。これを私は『貴婦人の鉄槌』と呼んでいるわ」

(なんて恐ろしい……! アリス様を叩くなんて、そんな暴挙、並の令嬢には到底できませんわ。でも、だからこそ効くはず!)

ルルナは、イザベラから授けられた特訓に、寝食を忘れて没頭した。
扇子を広げる角度、閉じる時の音、そして「叩く」瞬間の手首のスナップ。
数時間の特訓の後、ルルナは確信に満ちた表情で立ち上がった。

「できましたわ、お師匠様! これならきっと、アリス様も私に愛想を尽かすはずです!」

「ええ。もしこれで彼が怒らなかったら、その時は……その男の方が少しおかしいと思った方がいいわね」

イザベラはどこか遠い目をしながら、ルルナを見送った。
彼女が本当に教えたかったのは「隙のない淑女の嗜み」だったのだが、ルルナの脳内ではそれが「アリスティア撃退術」として完全に変換されていた。

公爵家への帰り道、ルルナは馬車の中で何度も扇子の素振りを繰り返した。

「パシッ……。オーッホッホッホ! 見ていなさい、アリス様。次のデートでは、あなたの頬を……いえ、肩あたりをこの扇子で叩いて、私の横暴さを思い知らせて差し上げますわ!」

「……お嬢様。それは、一種の新しいコミュニケーションとして喜ばれる予感しかいたしません」

セバスの冷静な突っ込みも、今のルルナの耳には届かない。
彼女の手元には、イザベラから贈られた、芯に金属が仕込まれた特製の扇子が握られていた。

ルルナは知らない。
アリスティアが、最近ルルナが妙な特訓をしているという報告を受け、
「僕との触れ合いのために、新しい技術を習得してくれているんだね。なんて努力家なんだ!」
と、さらに期待を膨らませていることを。

「悪役令嬢の師匠」を得たルルナの暴走は、次なるステージへと向かおうとしていた。
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