無能な私を捨ててください!と婚約破棄を迫ったら溺愛?

萩月

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「……決まりましたわ。今日の私は、公爵令嬢としてのプライドを捨て、一人の『不道徳な女』として歴史に名を刻みますの」

豪華な夜会服に身を包んだルルナは、馬車の中で固く拳を握りしめていた。
今日の装いは、あえて夜の闇に溶け込むような深い紫のドレス。
扇子を広げる仕草一つにも、どこか陰のある、不穏な空気を演出している。

「お嬢様、その……『不道徳』とは、具体的にどのようなおつもりで? まさか、他家のお菓子をポケットに詰め込むような、可愛らしい悪事ではございませんよね」

「失礼ね、セバス! そんな子供騙しじゃありませんわ。今日の私は……『浮気』を宣言しますの!」

「……はあ。それはまた、随分と大胆な」

セバスは遠い目をして、窓の外を流れる王都の夜景を眺めた。
ルルナのこれまでの「悪事」が、全て王子の溺愛によって浄化されてきたことを彼は知っている。
今回の作戦も、嫌な予感しかしない。

「いい? 王族にとって、婚約者の不貞は何よりの不名誉。こればかりは、あのアリス様でも笑って許せるはずがありませんわ。今日こそ、私は自由を掴み取りますのよ!」

夜会の会場に到着すると、そこはすでに多くの貴族たちで賑わっていた。
中心には、眩いばかりのオーラを放つ第一王子、アリスティアがいる。
ルルナは深呼吸をし、扇子で顔を半分隠しながら、優雅に、かつ傲慢な足取りで彼に近づいた。

「あら、アリス様。今日も大勢の女性に囲まれて、楽しそうですわね」

「やあ、ルルナ。待っていたよ。今日の君は……まるで夜の女神のようだ。そのミステリアスな色香に、僕の心臓は止まってしまいそうだよ」

アリスティアは平然と甘い言葉を吐きながら、ルルナの手を取って指先に口づけを落とした。
周囲の令嬢たちから、羨望と嫉妬の混じった溜息が漏れる。

(ふふん、今のうちに羨ましがっておきなさい。すぐに私は『最低な女』に成り下がるんだから!)

ルルナはわざとらしく彼の手を振り払い、冷ややかな視線を向けた。

「およしなさい。そんなお世辞、今の私には虚しく響くだけですわ。……アリス様、私、あなたに隠していたことがありますの」

「ほう、隠し事かい? なんだろう、僕に内緒で新しい可愛い趣味でも始めたのかな?」

「いいえ。……私、他に好きな方ができましたの。もう、あなたのことなんてこれっぽっちも愛しておりませんわ!」

会場が静まり返った。
婚約者である第一王子の目の前で、堂々たる「浮気宣言」。
これにはアリスティアも顔を強張らせ、怒りに震える……はずだった。

しかし、アリスティアの反応は、ルルナの予想の斜め上を突っ走った。

「……なるほど。僕以外の誰かに、君の心が奪われたというわけだね」

「そ、そうですわ! ですから、今すぐ婚約破棄を……」

「いいだろう。その男を今すぐここに呼びなさい。僕より優れた男なら、君を譲ることも……いや、やっぱり無理だけど、まずは会ってみたい」

アリスティアの瞳の奥に、暗い炎が揺らめく。
(あ、これ、相手を消すつもりだわ……!)と直感したルルナは、慌てて用意していた「浮気相手」を指差した。
会場の隅、豪華な装飾が施された鉢植えの中に生えている、一房の「草」を。

「私の愛する方は……あちらですわ!」

「…………え?」

アリスティアが、そして周囲の貴族たちが一斉にその「草」を見た。
それは、観賞用の花でもない、どこにでも生えていそうな、ただの青々とした雑草(のフリをした高級ハーブ)だった。

「私、気づいたんですの。言葉を解さず、ただ静かに佇むあの方こそが、私の魂の伴侶であると! アリス様のような騒がしい男より、あの草の方がよっぽど私を癒してくれますわ! オーッホッホッホ!」

渾身の高笑いを披露し、ルルナは勝ち誇った。
「草に恋をする狂った女」
これなら、王族の婚約者として不適格の極み。
アリスティアも、ドン引きして身を引くに違いない。

だが、沈黙の後、アリスティアから漏れたのは、震えるような感嘆の声だった。

「……素晴らしい。なんて純粋なんだ、ルルナ……!」

「……は?」

「君は、地位も名誉も、そして人間という枠組みすら超えて、生命の本質を愛そうとしているんだね。誰も見向きもしない道端の草にさえ、深い慈しみを与える……。その博愛の精神、まさに国母に相応しい聖母の輝きだ!」

「ち、違いますわ! 私は不実な女として……!」

「分かっているよ。君は僕に、『万物を愛する広い心を持ちなさい』と教えてくれているんだろう? ああ、君の教育はいつも独創的で、僕を飽きさせない。ますます君を離したくなくなったよ」

アリスティアはルルナの肩を抱き寄せ、熱っぽい視線で彼女を閉じ込める。

「君が愛するあの草も、明日から王宮の庭園で一番いい場所に植え替えさせよう。そして、君と僕と……あの草とで、三人で幸せな家庭を築こうじゃないか」

「草と家庭を築く!? 正気ですか、アリス様ーっ!」

ルルナの叫びは、周囲の貴族たちの「なんと風流な」「殿下と公爵令嬢の愛は、もはや哲学の域に達している」という賞賛の拍手にかき消されてしまった。

(どうして……! 草に浮気するって言ったのに、なんで好感度がカンストしてるんですの!?)

ルルナは、アリスティアの腕の中で絶望に打ちひしがれた。
一方、アリスティアは、ルルナが必死にひねり出した「嫌われるための努力」が愛おしくてたまらなかった。

(草に嫉妬するなんて、僕も随分と焼いているな。……でも、そんな君の奇行も、全て僕の腕の中に閉じ込めてあげるからね)

アリスティアの溺愛は、もはや常人の理解を遥かに超えた領域へと突入していた。
ルルナの自由への道は、またしても遠のいていくのであった。
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