無能な私を捨ててください!と婚約破棄を迫ったら溺愛?

萩月

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「……セバス、聞きまして? 今日の新聞の朝刊ですわ。『漆黒の慈悲、降臨。ルルナ様の一睨みで、魔獣は子犬に、枯れ木は花園に』。……これ、どこの異世界の英雄譚ですの?」


オーブライト公爵邸のテラスで、ルルナは震える手で新聞を広げていた。
魔獣退治から数日、彼女の評判は「無能令嬢」から「一国を救う暗黒の聖女」へと、凄まじい角度でV字回復を遂げていた。
望んでいた「嫌われ者」の座は、遥か彼方の地平線へと消え去っている。


「お嬢様、素晴らしいことではございませんか。今や街では、お嬢様の魔力を模した『黒い綿あめ』が飛ぶように売れているそうでございますぞ。その名も『聖女の深淵味』。なかなか風流な響きですな」


「風流なものですか! 私が求めているのは、罵詈雑言と冷ややかな視線ですわよ。……こうなったら、この新しく手に入れた『聖なる深淵』とかいう力を悪用して、今度こそアリス様を恐怖のどん底に陥れて差し上げますわ!」


ルルナは立ち上がり、黒い扇子を力いっぱい広げた。
以前の「自称・悪役令嬢」だった頃とは違い、今の彼女の体からは、本物の威圧感がダダ漏れになっている。
本人はそれを「邪悪なオーラ」だと思い込んでいるが、周囲から見れば「神々しすぎて直視できない後光」にしか見えていないのが、この喜劇の悲しいところである。


「見ていなさい。今日、アリス様が王宮へ招待してくださった茶会で、私はこの力を使って、会場の空気を氷点下まで凍りつかせて差し上げますわ。……オーッホッホッホ!」


数時間後、王宮の空中庭園。
アリスティアは、ルルナが到着するのを今か今かと待ちわびていた。
その背後には、ルルナの「聖女覚醒」を快く思わない一部の保守派貴族たちが、ヒソヒソと陰口を叩きながら控えている。


「殿下、あのような不吉な色を放つ女性を王妃に迎えるなど、断じて……」


「黙れ。彼女の放つ色が不吉だと言うなら、君たちの淀んだ心根は下水の色だ。……おや、噂をすれば。僕の愛しい闇がやってきたようだね」


アリスティアが顔を輝かせた先、ルルナが黒いドレスを翻しながら、悠然と歩いてきた。
彼女の足元からは、薄暗い影が触手のように伸び、周囲の草花に触れていく。


(……よし、作戦開始ですわ! この『深淵の力』で、この美しい庭園を毒々しい沼地へと変えて差し上げますわ。そうすれば、アリス様も私の異常性に気づき、ついに『君とは結婚できない』と仰るはず!)


ルルナは心の中で邪悪な呪文(をイメージしたポエム)を唱え、魔力を指先に集中させた。
「枯れなさい! 全て黒く染まって、人々の心を絶望で満たしなさい!」と念じながら、地面を強く踏みつける。


その瞬間、ルルナの影から爆発的な銀色の閃光が走り、庭園全体を飲み込んだ。


「……え?」


ルルナが目を開けると、そこには絶望の沼地など微塵もなかった。
それどころか、季節外れの希少な花々が一斉に開花し、空気は天上の香りに満たされ、枯れかかっていた噴水の水は、飲むだけで病が治りそうなほど澄み渡った聖水へと変貌していた。


「……あ、あ、ああああ!? 違いますの! 私は毒沼を作りたかったんですのよ!? どうして、どうしてこんなに健康的な空間になりますの!?」


「……素晴らしい。ルルナ、君という人は……!」


アリスティアが、感動のあまり膝をついた。
周囲の貴族たちも、その圧倒的な生命の波動に当てられ、「ああ……心が洗われる……」「今までお嬢様を疑っていた自分が恥ずかしい……」と、次々に改心し、涙を流し始めている。


「……アリス様。違うんですの。これは、その……植物たちを無理やり成長させて、彼らの自由を奪うという非道な行いですのよ! 私は植物界の独裁者ですわ!」


「独裁者……。君に支配されるなら、この庭園の草花も本望だろうね。見てごらん、あのバラたちが、君に感謝を捧げるように花首を垂れているよ」


アリスティアはルルナの手を取り、熱い視線を送る。


「君の力は、もはや『浄化』を超えて『創造』の域に達している。……ルルナ、君が何を言おうと、君がこの国にとっての『太陽』であることを、もう誰も否定できない。……もちろん、僕にとってもね」


「……太陽? 私、闇を背負っているはずですわよね?」


「ああ、そうだね。君は『夜の太陽』だ。僕の暗い情熱を照らし出す、唯一無二の光……。さあ、ルルナ。この奇跡の庭で、僕との婚約期間を『前倒し』にする契約を結ぼうじゃないか」


「前倒し!? 結婚を早めるんですの!? 婚約破棄じゃなくて!?」


ルルナの悲鳴が、美しく咲き誇るバラの香りに包まれて霧散していく。
彼女が「悪の力」として振るった魔力は、皮肉にも彼女を「神聖化」させるための最強のツールとなってしまった。


テラスの隅で、その様子を冷ややかに見つめていた一部の反逆派貴族たちは、完全に戦意を喪失していた。
「……あんな力を見せられて、どうやって『不吉だ』と言えばいいんだ」「むしろ彼女を敵に回したら、一瞬で『良い人』に改造されてしまいそうだ」


ルルナは、アリスティアの腕の中で、自分の「悪役令嬢としての死」を悟った。
どれだけ性格の悪さをアピールしても、世界がそれを「愛の表現」や「高潔な慈悲」へと無理やり変換してしまう。


「……セバス。私、もう疲れましたわ。聖女として生きるなんて、悪役令嬢の百倍くらい肩が凝りますわよ」


「お嬢様。その肩凝り、殿下のあの扇子マッサージでほぐしてもらうのがよろしいかと。……おや、殿下が既に準備万端でお待ちですぞ」


「マッサージはいりませんわ! 私を嫌って、嫌って、どこか遠くの修道院へポイ捨てしてくださいましーっ!」


ルルナの叫びは、もはやアリスティアにとっては「甘いおねだり」にしか聞こえない。
「開花した力」は、二人を逃れられない運命の鎖で、より一層固く結びつけたのであった。
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