無能な私を捨ててください!と婚約破棄を迫ったら溺愛?

萩月

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「……もう、辞めますわ。今日、この瞬間をもちまして、私、ルルナ・オーブライトは悪役令嬢を廃業いたします!」


公爵邸の自室。ルルナは鏡の前で、手に持っていた特製の「鋭角アイライナー」と「ドス黒い口紅」をドレッサーに叩きつけた。
その背後では、セバスがいつものように無表情で(しかしどこか楽しげに)控えている。


「おや、お嬢様。あんなに熱心に取り組んでおられた『全人類から石を投げられようプロジェクト』を、ついに断念されるのですか?」


「当たり前ですわ! 見なさい、セバス。昨日、私が渾身の力で平民の子供から奪った飴玉が、どうなったか覚えていますこと!?」


「ええ。お嬢様が奪った瞬間、その飴玉が黄金に輝く『幸運の守り石』へと変質し、その子供の家の病弱なお母様を一瞬で完治させた挙句、その家が宝くじを当てて大富豪になったという、あのお話ですな」


「そうですわよ! あの子、泣くどころか『聖女様、僕の人生を変えてくれてありがとう!』って、私の足元に跪いて感謝の涙を流したんですのよ!? これのどこが悪役なんですの!?」


ルルナはソファに倒れ込み、クッションに顔を埋めた。
もはや彼女が何をしても、この「聖なる深淵」という名の理不尽な魔力が、全てを「奇跡」へと変換してしまう。
悪事を働けば働くほど徳を積み、嫌われようとすればするほど崇拝される。
これでは、悪役令嬢としてのキャリアは完全に詰んでいると言わざるを得ない。


「努力が、全て裏目に出るなんて。……私、もう疲れましたわ。これ以上頑張っても、きっとアリス様を喜ばせるだけですもの」


「お嬢様。……ようやく、ご自身の『才能のなさ』を認められましたな。悪役としての才能は皆無ですが、無自覚に人々を幸せにする才能だけは、この国一番でございますぞ」


「やかましいわよ。……あーあ、本当にどうしてこうなったのかしら。私はただ、アリス様の汚点になりたくなくて、彼が自分から私を捨てられるような状況を作りたかっただけなのに」


ルルナが力なく呟いた、その時。


「……ふふ。ようやく、降参してくれるんだね、ルルナ」


いつの間にか、部屋の入り口にアリスティアが立っていた。
警備を魔法で眠らせて侵入したのか、あるいはセバスが手引きしたのか。
彼は極上の、それこそ世界中の春を集めたような輝かしい微笑みを浮かべ、ルルナの元へ歩み寄った。


「ア、アリス様!? 人の部屋に勝手に入ってこないでくださいまし!」


「いいじゃないか。もうすぐ、この部屋の主は僕の王宮に移るんだから。……ルルナ、今、聞こえたよ。『廃業』するんだろう? 君がずっと続けていた、あの可愛いお芝居を」


アリスティアはソファの端に腰掛け、ルルナの肩を優しく抱き寄せた。
拒絶しようとする力すら、今のルルナには残っていない。


「……ええ。そうですわ。負けましたわよ。私がどんなに『ブス!』と罵っても、相手は『顔の産毛を褒められた!』って喜ぶんですもの。もう、馬鹿馬鹿しくてやってられませんわ」


「ははは! それは大変だったね。でも、君がその『悪役令嬢』という鎧を脱ぎ捨ててくれるのを、僕は首を長くして待っていたんだよ」


アリスティアは、ルルナの頬を包み込み、その瞳をじっと見つめた。


「これからは、無理をして嫌われようとしなくていい。君がそのままの君で、僕の隣にいてくれるだけでいいんだ。……魔力があろうとなかろうと、聖女であろうと魔王であろうと、僕が愛しているのは、この不器用で真っ直ぐな、ルルナという一人の女の子なんだから」


その言葉の響きが、あまりに心地よくて。
ルルナは、思わず彼の胸の中に顔を埋めてしまった。


「……本当、お馬鹿さんですわね、アリス様。私、これからもあなたを困らせますわよ? 魔法の制御ができなくて、お城の庭を勝手にジャングルに変えたり、あなたの朝食を激辛にしたりするかもしれませんわよ?」


「望むところだよ。ジャングルになったら二人で探検すればいい。激辛料理なら、僕が君のために新しい消火魔法を開発しよう。……君が僕の人生を彩ってくれるなら、どんなトラブルも僕にとっては『愛のスパイス』だ」


「……気持ち悪いですわ、相変わらず」


ルルナは小さく笑った。
ついに、重荷を下ろしたような気分だった。
悪役にならなくていい。嫌われなくていい。
ただ、目の前の男に、全力で愛されていい。
その許可を、ようやく自分自身に出せたような気がした。


「セバス、お茶を。……最高に甘いお茶を持ってきてくださいまし。今の私には、それくらいの贅沢が相応しいはずですわ」


「畏まりました。……殿下、お嬢様を宜しくお願いいたしますぞ。この方は、一度甘やかすと際限がございませんからな」


「分かっているよ。彼女を甘やかしてダメにするのは、僕の特権だ」


二人の甘い会話を背中で聞きながら、ルルナは心の中で、長年連れ添った「悪役令嬢・ルルナ」に別れを告げた。
明日からは、新しい自分。
最強の魔力を持ち、最強の王子に愛される、少しだけ傲慢で、最高に幸せな「王妃候補」としての人生が始まる。


だが、物語はこれで終わりではない。
「廃業」を宣言したルルナに対し、アリスティアはまだ「最後のお仕置き」を用意していたのである。
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