婚約破棄、歓迎~自称聖女を返品不可で引き取って~

萩月

文字の大きさ
15 / 28

15

しおりを挟む
冬の城の執務室は、今日も平和で、そして暖かかった。

薪がパチパチと爆ぜる音。
子グマのポチが、床暖房(私の売上による成果物)の上で「ぷぅ……」と寝息を立てる音。
そして、オルグレン様がカリカリと書類にサインをする音。

「……平和ですね」

私がティーカップを置くと、オルグレン様が顔を上げた。

「ああ。お前が開発した『床暖房』は偉大だ。ポチが野生を忘れて溶けている」

「閣下もだいぶ溶けていますよ。眉間のシワが消えています」

「……ふん」

彼は照れくさそうに鼻を鳴らし、マリーが焼いた新作のスコーンに手を伸ばした。
外は猛吹雪だが、ここは楽園だ。
私の計算では、今年の冬は過去最高益を叩き出す予定である。

その時だった。

『――たのもう!! たのもうー!!』

窓の外、遥か下の城門の方から、何かを喚くような声が聞こえてきた。
風の音に混じって聞こえる、場違いに甲高い声。

「……なんだ?」

オルグレン様が鋭い目つきになり、窓へと歩み寄る。
私もオペラグラス(観劇用だが、今は監視用)を片手に窓辺へ立った。

眼下に見えるのは、雪に埋もれかけた一台の白い馬車。
そして、門の前で騒いでいる二つの人影。

オペラグラスの倍率を上げる。
レンズの向こうに、見覚えのありすぎる顔が映し出された。

鼻水を垂らしながら必死に門を叩く、金髪の男。
寒さで震えながら、ガタガタと踊るように動いているピンク色の女。

「……あ」

私は思わず声を漏らした。

「……知っている顔か?」

オルグレン様が、低い声で尋ねる。
その手には、いつの間にかスコーンではなく、護身用の短剣が握られていた。

「ええ、残念ながら。……あれは、野生のサル……いいえ、我が国の王太子殿下と、その愉快な仲間です」

「……撃ち落としていいか?」

「お待ちください。国際問題になります(心情的には許可したいですが)」

私は冷静に止めた。
それにしても、本当に来るとは。
私の燃やした手紙が、彼の中では「情熱的な招待状」に変換されていたのだろうか。

「……どうする? 入れるか?」

「いいえ」

私は即答した。
そして、ニッコリと微笑んだ。

「ここは『冬の城』。アポイントメントのない訪問者は、たとえ王族だろうと通さないのがルールですよね?」

「……俺が決めたルールだが、お前が言うと別の意味に聞こえるな」

「少し、頭を冷やしていただきましょう。……マリー! 『遠見の魔道具』を持ってきて!」

***

一方、城門前。

「開けろ! 開けないか! 僕は王太子だぞ! ギルバートだ!」

ギルバートは、凍りついた鉄の門をガンガンと叩いていた。
手袋は濡れて冷たいし、自慢の金髪はカチコチに凍ってツララになっている。

「ギルバート様ぁ……もう無理ですぅ……私、凍死しちゃいますぅ……」

ミナが雪の上にへたり込む。

「頑張れミナ! これはダーリからの試練だ! 『私への愛があるなら、この寒さを乗り越えてみせろ』というメッセージなんだ!」

「そんなメッセージいりませんよぉ! カニ! カニ食べさせて!」

門番の兵士たちは、そんな二人を冷ややかな目で見下ろしていた。
彼らは厚手の毛皮を着込み、微動だにしない。

「おい、聞こえないのか! ここを通せと言っているんだ!」

「……身分証を」

門番の一人が、無機質に告げた。

「だから! 僕の顔が身分証だ!」

「……確認できません。鼻水で顔の判別が不可能です」

「なっ……!?」

ギルバートが袖で顔を拭おうとした時、門柱に取り付けられたスピーカー(魔石式拡声器)から、ノイズ混じりの声が響いた。

『――本日の受付は終了いたしました。御用の方は、また来世お越しください』

冷たく、事務的で、しかし聞き覚えのある声。

ギルバートが弾かれたように顔を上げた。

「ダ、ダーリ!? その声はダーリだろう!? 僕だ! ギルバートだ!」

『……あら? 雑音が混じっていますね。ただいま、当城は非常に多忙を極めております。物乞いの方はお引き取りを』

「物乞いじゃない! 迎えに来たんだ! 君を!」

ギルバートはスピーカーに向かって叫んだ。

「分かっているぞ! 君は素直じゃないから、僕を拒絶するフリをしているんだろう? でも、本当は泣いて喜んでいるはずだ!」

『…………』

沈黙。
そして、スピーカーの向こうから、ズルズルッという音が聞こえた。
何かをすする音だ。

「……なんの音だ?」

『失礼。熱い紅茶を飲んでいました。……ああ、温かい。このスコーンも絶品ですわ』

「!?」

『外は寒そうですね。ここは暖炉があって、床もポカポカで、天国のようなんですけど』

完全なる煽りだった。
マウントだった。

「だ、ダーリ! 意地を張るな! 君だって辛いはずだ! こんな野蛮な地で、熊のような男にこき使われて……」

『ええ、こき使われていますわ。……「おやつは一日何回にするか」という議論で』

「は?」

『それでは、業務に戻りますので。そこをどいていただけます? 雪かきの邪魔ですので』

プツッ。

通信が切れた。

「ダーリ! ダーリィィィ!!」

ギルバートが絶叫するが、返事はない。
門は閉ざされたままだ。
無情にも、吹雪だけが激しさを増していく。

「……ギルバート様」

ミナが虚ろな目で呟いた。

「……私、もう限界です。……あの門を爆破してもいいですか?」

「ま、待てミナ! 聖女がテロを起こすな!」

***

執務室。

「……ふぅ。スッキリしました」

私は魔道具のマイクを置き、優雅にお茶を一口飲んだ。

「……性格が悪いな、お前」

オルグレン様が、少し引いた目で見ている。

「あら、ご褒美ですよ。彼らにとって『無視される』ことこそが、一番の薬ですから」

「だが、このまま置いておくと本当に凍死するぞ。……王族を殺すと、死体処理が面倒だ」

「そうですね。……では、あと三十分だけ放置しましょう」

「三十分?」

「ええ。彼らの骨の髄まで『北の厳しさ』と『私のありがたみ』を刻み込むための冷却期間です」

私は窓の外を見た。
雪の中で身を寄せ合う二つの人影は、まるでコメディ映画のワンシーンのようだ。

「……それに、今のうちに準備をしておかないと」

「準備?」

「はい。彼らを迎え撃つための、最強の布陣です」

私はニヤリと笑った。

「閣下。……一番上等な服に着替えてください。髪もセットします。ポチにもリボンをつけて」

「な、なぜだ?」

「見せつけるんですよ。私たちがどれだけ『優雅で』『幸せで』『充実しているか』を。……彼らが嫉妬で狂うくらいに、圧倒的な格差を見せつけてやるのです!」

私の目には、メラメラと復讐……いや、教育的指導の炎が燃えていた。

「……分かった。お前の好きなようにしろ」

オルグレン様は諦めたように溜息をつき、しかし少し楽しそうに口元を歪めた。

「ただし、俺の髪をセットするのはお前だぞ。……他の奴に触らせたくない」

「! ……はい、承知いたしました(不意打ちはズルいですわ)」

こうして、門の外では極寒の耐久レースが、門の中では優雅なファッションショーが始まった。

三十分後。
完全に冷え切り、鼻水も凍って喋れなくなった王太子一行の前に、ついにその門が開かれることになる。

ただし、それは救済の門ではない。
さらなる絶望(マウント合戦)への入り口だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済】監視される悪役令嬢、自滅するヒロイン

curosu
恋愛
【書きたい場面だけシリーズ】 タイトル通り

悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。 一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。 ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。 帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!

居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。 父親は怒り、修道院に入れようとする。 そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。 学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。 ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。

赤毛の伯爵令嬢

もも野はち助
恋愛
【あらすじ】 幼少期、妹と同じ美しいプラチナブロンドだった伯爵令嬢のクレア。 しかし10歳頃から急に癖のある赤毛になってしまう。逆に美しいプラチナブロンドのまま自由奔放に育った妹ティアラは、その美貌で周囲を魅了していた。いつしかクレアの婚約者でもあるイアルでさえ、妹に好意を抱いている事を知ったクレアは、彼の為に婚約解消を考える様になる。そんな時、妹のもとに曰く付きの公爵から婚約を仄めかすような面会希望の話がやってくる。噂を鵜呑みにし嫌がる妹と、妹を公爵に面会させたくない両親から頼まれ、クレアが代理で公爵と面会する事になってしまったのだが……。 ※1:本編17話+番外編4話。 ※2:ざまぁは無し。ただし妹がイラッとさせる無自覚系KYキャラ。 ※3:全体的にヒロインへのヘイト管理が皆無の作品なので、読まれる際は自己責任でお願い致します。

とある伯爵の憂鬱

如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です

しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

貴方のことなんて愛していませんよ?~ハーレム要員だと思われていた私は、ただのビジネスライクな婚約者でした~

キョウキョウ
恋愛
妹、幼馴染、同級生など数多くの令嬢たちと愛し合っているランベルト王子は、私の婚約者だった。 ある日、ランベルト王子から婚約者の立場をとある令嬢に譲ってくれとお願いされた。 その令嬢とは、新しく増えた愛人のことである。 婚約破棄の手続きを進めて、私はランベルト王子の婚約者ではなくなった。 婚約者じゃなくなったので、これからは他人として振る舞います。 だから今後も、私のことを愛人の1人として扱ったり、頼ったりするのは止めて下さい。

婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです

藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。 家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。 その“褒賞”として押しつけられたのは―― 魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。 けれど私は、絶望しなかった。 むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。 そして、予想外の出来事が起きる。 ――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。 「君をひとりで行かせるわけがない」 そう言って微笑む勇者レオン。 村を守るため剣を抜く騎士。 魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。 物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。 彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。 気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き―― いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。 もう、誰にも振り回されない。 ここが私の新しい居場所。 そして、隣には――かつての仲間たちがいる。 捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。 これは、そんな私の第二の人生の物語。

処理中です...