婚約破棄、歓迎~自称聖女を返品不可で引き取って~

萩月

文字の大きさ
18 / 28

18

しおりを挟む
「の、乗り換える……だと……?」

塀の上からその言葉を聞いたギルバート殿下は、あまりのショックにバランスを崩した。

「うわぁぁぁっ!」

ドサッ!!

彼は見事な背面跳びで雪だまりの中に落下した。
しかし、誰も駆け寄らない。
ミナは新しい恋(オルグレン様)に夢中だし、私は寒くて動きたくないし、オルグレン様はミナを引き剥がすのに必死だからだ。

「おい、離れろ! くっつくな!」

オルグレン様が困惑しきった声を上げる。
魔獣には滅法強い彼だが、「ピンク色のフリルを着た軟体動物(ミナ)」への対処法は知らないらしい。

「いやですぅ! 私、決めましたもん! この逞しい腕にぶら下がって生きていくって!」

ミナはコアラのように、オルグレン様の太い腕にしがみついている。
その力は、火事場の馬鹿力というか、玉の輿への執念というか、凄まじいものがあった。

「ねえ、ダーリ! 助けろ! こいつをどうにかしろ!」

オルグレン様が私に助けを求める。
その目は「熊の方がマシだ」と語っていた。

「……そう言われましても。野生動物の捕獲は、閣下の専門分野では?」

「これは動物じゃない! 言葉の通じない未知の生物だ!」

確かに。
ミナとの会話は、基本的にドッジボール(ボールをぶつけ合うだけ)だ。

そこへ、雪まみれになったギルバート殿下が這い上がってきた。

「ミナ……! 嘘だろう!? 僕たちは『真実の愛』で結ばれていたんじゃないのか!?」

殿下が涙ながらに訴える。
しかし、ミナは冷ややかな目で元カレ(数秒前まで現カレ)を見下ろした。

「愛? 愛じゃお腹は膨れませんよぉ、ギルバート様」

「なっ……!?」

「ここに来るまでの道中で思い知りましたぁ。寒くて、お腹が空いて、死にそうになった時、ギルバート様は何もしてくれなかったじゃないですかぁ!」

「そ、それは……僕だって寒かったし……」

「でも!」

ミナはうっとりとした顔で、オルグレン様の二の腕(丸太サイズ)をスリスリした。

「この人は違います! 熊をワンパンで倒すんですよ!? この筋肉があれば、どんな魔物が出ても安心だし、遭難してもおんぶしてくれそうだし、何より……」

ミナはチラリと城の方を見た。

「このお城、すっごく豪華じゃないですかぁ! 床暖房もあるし、ご飯も美味しいし、お金持ちの匂いがします!」

本音が漏れた。
ダダ漏れだ。

「つまりミナ様は、『王太子の肩書き』よりも『辺境伯の武力と財力(と暖房)』を選んだ、ということですわね」

私が解説を入れると、ミナは悪びれもせず「えへへ」と笑った。

「私、正直者なんですぅ。……ねえ、オルグレン様ぁ。私と結婚したら、毎日楽しいですよぉ? ドレス選びとか付き合ってあげますしぃ」

「いらん! 間に合っている!」

オルグレン様がブンブンと腕を振るが、ミナは離れない。
吸盤がついているのだろうか。

「ひどい……ひどいよミナ……!」

ギルバート殿下が膝から崩れ落ちた。

「僕が……僕が王位継承権を危ぶまれてまで、君を選んだのに……! 君のために、ダーリという最高に便利な女を捨てたのに……!」

「あら、本音が漏れていますわよ殿下」

私は冷たくツッコミを入れた。
この男もこの男だ。
結局、私を「便利な道具」としてしか見ていなかったことを自白している。

「あーあ、聞こえちゃいましたぁ。ギルバート様、サイテー」

ミナが舌を出す。

「お前が言うな!」

殿下の絶叫がこだまする。
まさに地獄絵図だ。
美しい雪景色が台無しである。

「……もういい、実力行使に出る」

オルグレン様の堪忍袋の緒が切れた。
彼はミナがしがみついている腕に力を込めた。

「そこをどけ、ダーリ。こいつを空へ投げる」

「えっ」

「城壁の外までぶん投げれば、戻ってこれないだろう」

本気だ。
この人の目は、ミナを「処理すべきゴミ」として認識し始めている。
それはまずい。聖女殺害の汚名は、外交問題に発展しかねない。

「お待ちください、閣下! 投げるのはポチとのボール遊びだけにしてください!」

「だが、離れないんだ! 精神的に気持ち悪いんだ!」

「分かります! 分かりますが、我慢してください!」

私は必死に止めた。

その隙に、ミナがとんでもないことを言い出した。

「分かりましたぁ! じゃあ、勝負しましょう!」

「は?」

ミナはビシッと私を指差した。

「そこの悪役令嬢! 貴女と私、どっちがこのお城の奥さんに相応しいか、勝負ですぅ!」

「……なぜ私が?」

「だって、貴女もこの筋肉男のこと、狙ってるんでしょう? さっき大広間でベタベタしてましたもん!」

「狙ってません。業務提携です」

「嘘だぁ! 目がハートになってましたよぉ!」

なってない。
絶対に断じてなってない。
……まあ、看病の時は少しキュンとしたかもしれないが、あれは吊り橋効果の一種だ。

「勝負内容は『どっちがオルグレン様を喜ばせられるか』対決です!」

ミナは勝手にルールを決め始めた。

「私が勝ったら、この人は私のもの! そして貴女は城から出て行って、雪山で遭難してください!」

「命がけの罰ゲームですね」

「貴女が勝ったら……うーん、ギルバート様をあげます」

「いりません!!」

私は即座に叫んだ。
粗大ゴミを押し付けないでほしい。

「ダーリ、受けて立て」

横からオルグレン様がボソッと言った。

「え?」

「お前なら勝てる。圧勝できる。だから、勝って俺を守ってくれ。……あのピンク色の生物に寄生されたら、俺は死ぬ」

オルグレン様が、かつてないほど真剣な、縋るような目で私を見ている。
あの「北の氷壁」が、涙目だ。

(……はぁ。仕方ない)

私はため息をつき、扇子をパチンと閉じた。

「分かりました。その勝負、受けましょう」

「やったぁ! 自信あるんですぅ、私!」

ミナが無駄に胸を張る。

「ただし」

私は氷のような冷笑を浮かべた。

「私が勝った場合の賞品は変更します。ギルバート殿下はいりません。代わりに……」

私はミナと殿下を交互に見た。

「お二人に、この城の『雪かき』と『トイレ掃除』を、春が来るまでやっていただきます。無給で」

「ええーっ!?」

「嫌なら帰ってください。今すぐ」

「や、やります! やればいいんでしょう!」

ミナは後には引けなくなったようだ。
暖かい城に残るためには、勝つしかない。

「ギルバート様、手伝ってくださいねぇ! 愛の力(笑)を見せるときですよぉ!」

「うぅ……ミナ……君のためなら……でも、やっぱり僕のことは捨てないで……」

殿下は未練がましくミナの後ろをついていく。
もはやプライドも何もない。

こうして。
「聖女VS悪役令嬢」の、仁義なき花嫁(?)対決が幕を開けた。

「……ダーリ」

オルグレン様が、私の袖を掴んだ。
解放された腕をさすりながら、不安げに聞いてくる。

「……勝てるよな?」

「当然です」

私は不敵に微笑んだ。

「閣下。私を誰だと思っているのですか? 十年間、あのワガママ王太子の相手をしてきた『プロの猛獣使い(人間用)』ですよ?」

「……頼もしい」

「それに」

私は小声で付け加えた。

「閣下の扱いに関しては、もう私の右に出る者はいませんから(主に餌付け的な意味で)」

「……ん?」

「さあ、戻りましょう。まずは作戦会議です。……相手は常識が通じないモンスターですから、こちらも全力で叩き潰しますわよ」

私の目は、完全に戦闘モードに入っていた。
執務室の書類仕事が溜まっているのに、こんな茶番に付き合わされる怒り。
それを全て、あの二人にぶつけてやる。

(覚悟なさい、お花畑カップル。……北の冬の厳しさと、私の事務処理能力の恐ろしさを、骨の髄まで教えてあげるわ!)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済】監視される悪役令嬢、自滅するヒロイン

curosu
恋愛
【書きたい場面だけシリーズ】 タイトル通り

悪役令嬢まさかの『家出』

にとこん。
恋愛
王国の侯爵令嬢ルゥナ=フェリシェは、些細なすれ違いから突発的に家出をする。本人にとっては軽いお散歩のつもりだったが、方向音痴の彼女はそのまま隣国の帝国に迷い込み、なぜか牢獄に収監される羽目に。しかし無自覚な怪力と天然ぶりで脱獄してしまい、道に迷うたびに騒動を巻き起こす。 一方、婚約破棄を告げようとした王子レオニスは、当日にルゥナが失踪したことで騒然。王宮も侯爵家も大混乱となり、レオニス自身が捜索に出るが、恐らく最後まで彼女とは一度も出会えない。 ルゥナは道に迷っただけなのに、なぜか人助けを繰り返し、帝国の各地で英雄視されていく。そして気づけば彼女を慕う男たちが集まり始め、逆ハーレムの中心に。だが本人は一切自覚がなく、むしろ全員の好意に対して煙たがっている。 帰るつもりもなく、目的もなく、ただ好奇心のままに彷徨う“無害で最強な天然令嬢”による、帝国大騒動ギャグ恋愛コメディ、ここに開幕!

居場所を失った令嬢と結婚することになった男の葛藤

しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢ロレーヌは悪女扱いされて婚約破棄された。 父親は怒り、修道院に入れようとする。 そんな彼女を助けてほしいと妻を亡くした28歳の子爵ドリューに声がかかった。 学園も退学させられた、まだ16歳の令嬢との結婚。 ロレーヌとの初夜を少し先に見送ったせいで彼女に触れたくなるドリューのお話です。

赤毛の伯爵令嬢

もも野はち助
恋愛
【あらすじ】 幼少期、妹と同じ美しいプラチナブロンドだった伯爵令嬢のクレア。 しかし10歳頃から急に癖のある赤毛になってしまう。逆に美しいプラチナブロンドのまま自由奔放に育った妹ティアラは、その美貌で周囲を魅了していた。いつしかクレアの婚約者でもあるイアルでさえ、妹に好意を抱いている事を知ったクレアは、彼の為に婚約解消を考える様になる。そんな時、妹のもとに曰く付きの公爵から婚約を仄めかすような面会希望の話がやってくる。噂を鵜呑みにし嫌がる妹と、妹を公爵に面会させたくない両親から頼まれ、クレアが代理で公爵と面会する事になってしまったのだが……。 ※1:本編17話+番外編4話。 ※2:ざまぁは無し。ただし妹がイラッとさせる無自覚系KYキャラ。 ※3:全体的にヒロインへのヘイト管理が皆無の作品なので、読まれる際は自己責任でお願い致します。

とある伯爵の憂鬱

如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。

善人ぶった姉に奪われ続けてきましたが、逃げた先で溺愛されて私のスキルで領地は豊作です

しろこねこ
ファンタジー
「あなたのためを思って」という一見優しい伯爵家の姉ジュリナに虐げられている妹セリナ。醜いセリナの言うことを家族は誰も聞いてくれない。そんな中、唯一差別しない家庭教師に貴族子女にははしたないとされる魔法を教わるが、親切ぶってセリナを孤立させる姉。植物魔法に目覚めたセリナはペット?のヴィリオをともに家を出て南の辺境を目指す。

貴方のことなんて愛していませんよ?~ハーレム要員だと思われていた私は、ただのビジネスライクな婚約者でした~

キョウキョウ
恋愛
妹、幼馴染、同級生など数多くの令嬢たちと愛し合っているランベルト王子は、私の婚約者だった。 ある日、ランベルト王子から婚約者の立場をとある令嬢に譲ってくれとお願いされた。 その令嬢とは、新しく増えた愛人のことである。 婚約破棄の手続きを進めて、私はランベルト王子の婚約者ではなくなった。 婚約者じゃなくなったので、これからは他人として振る舞います。 だから今後も、私のことを愛人の1人として扱ったり、頼ったりするのは止めて下さい。

婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです

藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。 家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。 その“褒賞”として押しつけられたのは―― 魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。 けれど私は、絶望しなかった。 むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。 そして、予想外の出来事が起きる。 ――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。 「君をひとりで行かせるわけがない」 そう言って微笑む勇者レオン。 村を守るため剣を抜く騎士。 魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。 物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。 彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。 気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き―― いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。 もう、誰にも振り回されない。 ここが私の新しい居場所。 そして、隣には――かつての仲間たちがいる。 捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。 これは、そんな私の第二の人生の物語。

処理中です...